世の中のPC用キーボードの99.99%は表面に何らかの文字が印刷/刻印されていますが、その常識から外れた「無刻印キーボード」というものがあります。その名の通り、キートップに何も書かれていない上級者向けの仕様です。

限定モデルや自作キーボードを除き、定番商品として無刻印モデルを長年ラインアップし続けているのは、PFUの高級キーボード「Happy Hacking Keyboard」(HHKB)シリーズぐらいでしょう。

Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S(日本語配列/無刻印))。キーボード本体は36,850円、無刻印キートップセットは7,590円

こだわりの道具として選ぶユーザーが多いHHKBのなかでも、無刻印モデルは特別な存在です。いつかはチャレンジしてみたい憧れのアイテムであり、使いこなせれば(ごく一部のディープなマニアから)一目置かれるかもしれません。

無刻印といえばHHKB、HHKBといえば無刻印。そんなHHKBでも、無刻印モデルはずっと英語配列ユーザーの特権でした。ところが、先日ついに日本語配列のHHKB用無刻印キートップセットが発売されたのです。

とは言っても、筆者はHHKBを使い始めて半年足らずの初心者。無刻印なんてまだまだそんな……と遠巻きに見ていたら、PFUさんから挑戦状(無刻印キートップセット)をいただいてしまいました。こうなったら覚悟を決めて挑むしかないでしょう。

2021年に発売された限定モデル「雪」は日本語配列でも無刻印キートップが提供されていたが、ついにレギュラーモデルでも選べるようになった

無刻印化は「いきなり全部無刻印にしない」のがコツ

筆者のスペックとしては、まずHHKB歴は5カ月ぐらい。普段使っているキーボードはHappy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S(会社用)とThinkPad トラックポイント キーボード II(自宅用)で、どちらも日本語配列です(英語配列も一応打てます)。

タッチタイピングはできますが意識的に習得したわけではなく、PCを使ううちに自然にできるようになっていた自己流。ホームポジションをあまり意識しておらず、一度ミスると復帰に弱いのが無刻印に挑戦する上では弱点と言えるでしょう。

実は5年ほど前、当時使っていたMacBook Proのキーボードに「ブラックアウトステッカー」(ファーイーストガジェット)というものを貼って無刻印化にチャレンジしたことがあります。その時の経験を活かし、一気に無刻印化するのではなく、見えるキーを段階的に減らしていく攻略法を使うことにしました。

日本語配列の無刻印は今のところ別売キートップのみで提供されており、英語配列のように出荷時から無刻印で組まれているモデルはない。自分でキートップを交換していく

初日は、まずQWERTYから始まるアルファベット部分を無刻印キートップに置き換えました。ここはどんなキーボードでも基本的に同じ並びですから、普通にタッチタイピングが出来ている人なら文字が無くなってもあまり支障はないはずです。

ついでに、EnterやShift、Deleteなど使用頻度が高く、さすがに覚えているはずだと思えるキーも抜いておきました。HHKBは一般的なキーボードよりもコンパクトに詰め込まれている分、このあたりの配列は少し特殊です。HHKBデビューと同時に無刻印に手を出そうというチャレンジングな方は、もう一段階刻んで最初はアルファベット部分だけの交換から始めることをおすすめします。

ステップ1:英字部分とEnterキーなどを無刻印キートップに変更。FnやCtrlなど、HHKB自体の操作に不慣れな方はもう一段階刻んだ方が良いかも

2日目は最下段のかな/英数切り替えやWindowsキー、無変換キーなどを外しました。元々、独自のアイコンが使われていて意味を覚える必要がある部分なので、HHKBを使い慣れた人なら外しても痛くもかゆくもないところでしょう。

この日、電話をしながらPCで軽くメモを取りたい場面があり、腰を据えて両手でじっくり文章を書く分には無刻印に対応できていても、片手でとっさにキーを叩くような場面では驚くほど打てなくなることに気付きました。「ながら操作」をする場面がある人は突然の事態であわてないように、ホームポジションを無視した状態で手探りで打つ難しさを一度確認しておいた方が良いですね。

ステップ2:最下段の特殊キーを無刻印キートップに変更。元々アイコンよりもキーの位置で役割を覚えていたので問題なし

4日目は最上段の数字キーを撤去。数字まで完全にタッチタイピングできる自信はないのですが、数字部分に両手(1〜5なら片手でも可)を置けば位置をつかめるのであまり問題にはなりません。ただ、この時点では一応目視でも数字キーをすぐ数えられるように、目印として「-」「^」「\」を残しておきました。

「Fn+数字」の各種記号(!や#など)は日本語配列のキーボードならみんな同じなのである程度覚えていました。余談ですが、日本語配列ユーザーが英語配列のキーボードを使うとカッコが打てない(1個ズレる)のって、あるあるですよね?

数字の刻印が無くなっても困らないと言いつつ、実はひとつ問題が。パスワード入力のように画面上の文字も隠されてしまう場面では、画面を見ても手元を見ても正しく打てているかまったく分からない状態になります。

むやみに手探りで間違え続けるとアカウントロックなどの危険がある場面では、素直に他のキーボードを併用した方が安全でしょう。私はノートPC+外部ディスプレイの組み合わせで運用しているので、PCのログオンだけはノートPC本体のキーボードを使うことにしました。会社のシステム部門に「文字のないキーボードで遊んでいたらPC使えなくなりました」なんて意味不明な供述はしたくないですからね!

ステップ3:数字キーを無刻印キートップに変更。数字入力だけでなく、記号やFnの操作に支障がないかを確認しながら進めると良い

普通のキーボードでも記号キーはそこそこ見て打ってしまうので、ここからが難しいんだよな……と思いながら、4日目の状態のまま1週間ほど経過。だいぶ慣れてきて、交換済みのキーに関しては問題なく打てるようになりました。

まだ完全無刻印化は早いと思いつつ、いつまでもこの状態で止まっていても仕方がないので、さらに厳選してノールックで押せそうな記号キーを7個外してみました。

ステップ4:残るは右側の記号キー。「これは見なくても分かるな」と思ったものを少しずつ外していく

「なんとなく右側のこの辺の記号は見ないと不安」というざっくりした認識から、使用頻度が高く、手が覚えているはずのキーを考えてみると、句読点やカッコを押せないはずはないだろうと判断したわけです。

この時点で残っているキーはわずか5つ。ここまで来たらあってもなくても同じじゃないかという気がしてきたので、思い切って外してしまいましょう。

ついに無刻印キーボードが完成。少しずつ慣らしていけば意外と普通に使える

完全無刻印化までに要した期間はおよそ2週間。取材や在宅勤務などで会社用のキーボードを使わなかった日もあるので、毎日使えばきっと1週間程度で無刻印に移行できるのではないでしょうか。

ちなみに、HHKBの無刻印化に挑戦するなら、私と同じ「日本語配列の白」が一番簡単かと思います。英語配列の場合はカーソルキーなど覚えるべき同時押しのパターンが増えること、墨色モデルでは特殊キーの色分けがないことが理由です。

無刻印キーボードはカッコいいだけ……じゃないかも?

さて、習得しておいてこんなことを言うのもなんですが、無刻印キーボードを使うメリットは結局「見た目がカッコいい」「ドヤ顔で使える」というだけなのではないかという意見も当然あると思います。

しかし、時間をかけて取り組んでみると、無刻印キーボードという存在自体はロマン以外の何物でもなくとも、「無刻印キーボードを使える人になる」ことには実益もあると気付きました。

取り外した「刻印あり」のキートップたち。ちなみに、交換前後のキーの保管用に箱は残しておいた方が良い。無刻印のキートップでも段ごとに形状の違いがあるため、うっかり混ぜてしまうとジグソーパズル状態になる

冒頭で触れたように、筆者は元々タッチタイピング自体はできましたが、自己流であまりきれいなフォームではなく、ホームポジションを意識できておらず変なクセが付いていました。目視に頼れない無刻印キーボードという荒療治の効果は大きく、これを使えるならある程度整ったタイピングができているはずという自信につながります。

また、無刻印キーボードの習得は、最近はやりのメタバースやVRと相性の良いスキルになるのではないかとも思います。画面表示と手の感覚だけを頼りに問題なくキーボード操作ができるということは、仮想キーボードやカメラを通した手元表示に頼らなくても普通にキーボードを使えるはず。VRゴーグルを被りながらでも現実世界と変わらない速度で作業できるという、意外な形で役立つ技かもしれません。

最後に補足として、キートップの交換方法を紹介。付属のキープラーで元のキートップを引き抜き、新しいキートップを手で押し込むだけ

キープラーの先端を開き、外したいキーの両脇に差し込む

キープラーを差し込んでからひねり、キートップの角に針金を引っかけながら真上に引っ張る