ルポ・生きづらさを感じる人々9 座間事件の容疑者とやりとりした女性、事件発覚後でも自殺願望には変化なし~千賀子の場合 - 渋井哲也
※この記事は2017年11月22日にBLOGOSで公開されたものです
神奈川県座間市のアパート内で男女九人が遺体で発見された事件で、死体遺棄の疑いで逮捕されたのは無職の白石隆浩容疑者(27)だった。遺体として発見されたのは10代~20代の女性八人と、20代の男性一人だ。
白石容疑者はTwitterを使って、自殺願望のある人たちとつながっていたとみられている。その白石容疑者とDMを交わしていた一人の女性、千賀子(仮名、30代、都内在住)が取材に応じた。事件後も自殺願望に変化はなく、「こんな世の中でどうやったら自殺しないで生きられるのか教えてください」と話している。
容疑者と「安楽死」をキーワードにつながる
事件が発覚した当初、白石容疑者が使ったのは「自殺サイト」ではないかと見られていた。しかし、捜査が進むにつれて、利用したのは、SNSの一つTwitterだったことが明らかになった。
白石容疑者は複数のアカウントを使っていた。8月には「死にたい」というアカウントを、9月には「首吊り士」というアカウントを開設した。このうち、「首吊り士」のプロフィールには「首吊りの知識を広めたい 本当に辛い人の力になりたい お気軽にDMへ連絡ください」と書かれていた。そんな「首吊り士」は、自ら様々な言葉で検索し、自殺を考えている人を物色していた。
10月2日午前10時2分。「首吊り士」から、千賀子にダイレクトメッセージが届いた。芳子がツイートをしていた「安楽死」というキーワードに関心をもったようで、「首吊り士」は
とつぶやいていた。
「“精神疾患では安楽死ができない”とツイートした。(「首吊り士は)それをみて、DMをしたのではないでしょうか。安楽死にも興味を持っていたのではないでしょうか。自殺を募集している子だけに接触しているわけではないようでした」
こんな返事もあった。
これに対して、千賀子は
と送った。すると、
と返事が寄せられた。千賀子の関心事項に、「首吊り士」本人も同調して、共感的なやりとりを続けた。
事件の報道ではハッシュタグ「#」が注目を浴びた。特に「#死にたい」や「#自殺」が話題となった。八王子の女性のツイートに「#自殺募集」があったことも要因の一つだろう。しかし、「首吊り士」のアカウントからは、ハッシュタグだけでつながったわけではないことがわかる。関心のあるキーワード「安楽死」のツイートを検索し、反応したのではないだろうか。「#死にたい」などのハッシュタグがなくても、この千賀子にDMを送っていたからだ。
自殺の方法についてやりとりする二人
千賀子は首吊りをしたものの、未遂となった経験を話し始めた。
すると、「首吊り士」も未遂経験を話した。
と話が続く。自殺を考えている人にとっては、同志のように感じるやりとりではないだろうか。
翌10月3日のDMでは、自殺の方法についての意見が書かれていた。
その理由についても書かれていた。
飛び降りについてもこうあった。
千賀子は6月に市販薬を大量に飲んで自殺を図っている。時期は明示していないものの、このときの体験もDMで送っている。
ダイレクトメールのやりとりがなくなったのは....
DMのやりとりは10月2日から始まったが、4日までの三日間で終わった。それは、そのときに話した未遂によって病院に入院していることを伝えたからだ。白石容疑者はこの時期、殺害相手を物色していたことだろうが、千賀子は入院していたことを伝えたことで諦めたのか、返事がなくなった。
「DMでは嫌な感じがしませんでした。怖いという印象はなかったです。私は殺されてもいいとは思っていました。しかし、“会いたい"とか“好きだ"とか“付き合いたい"というDMを送っていると報じられていますが、そんな”かまってちゃん”のような態度の変化があったなら会いません。でも、”かまってちゃん”とは一線を画していたように感じた」
家族も学校にも居場所はない
11歳のころ、千賀子は初めて「死にたい」と思った。小学校5年生の頃だという。母親からは、殴る・蹴るの虐待を受けた。父親は家庭を顧みない。そうした家庭環境が大きな要因だ。
母親は進路にも口を出した。大学では心理学を専攻したいと思ったが、母親は「あなたは人の心はわからない」「人助けはできない」とまで言われた。むしろ、母親は「東大以外は大学ではない」といい、なかでも医学部を勧めてきた。結局、母親が勧めた東大には行かず、私大で心理学を学ぶことになった。
一方、学校では「いい子」を演じていた。成績もよく、クラスでは頼られた。クラスにはいじめがあったが、巻き込まれないように、常に傍観者の立場を守っていた。
1994年11月の愛知県西尾市のいじめ自殺が起きる。関連の報道を見た千賀子は、「自殺したい」気持ちをあらためて自覚した。千賀子は中学時代に、屋上に昇って死のうと考えたこともあるが、実行はしていない。
当時は、インターネットが盛んではなく、中1から書いていた日記に本心を綴っていた。しかし、入院中には本心ではないことを書いたことがあった。
「本音を言えばいじめられると思っていたから、本心を書くために日記をつけました。でも、入院中に“退院して死ぬか、入院継続するか選択してください”と言われて、入院することにしたとき、私は自分に嘘をつきました。本心を出せる自分は死んだと思った」
自殺をしたい気持ちの拠り所は?
一方、大学2年生のころ、地元の友人が自殺をした。親しくしていた男性だった。初めての葬儀で、どう振る舞っていいかわからなかった。
「彼女と揉め事があったと聞きました。お酒と薬を飲んで、屋上から飛び降りたそうです。大人たちが泣いているシーンはドラマでしか見たことがなかったので、葬式自体がトラウマになりました。遺された人の気持ちがわかった。死にたい気持ちに蓋をしないといけない」
心理学を学んでいるのに、身近な人を助けられなかったと思い、自分を責めた。そして突然、児童相談所でボランティアをするようになった。
「殺人で遺された人は犯人を恨めばいい。しかし、自殺の場合は?自殺は自分にかえってくる。責任追及は自分にくると思いました。でも、責任を背負って生きていくことにした」
自分は死にたいと思いながらも、死ぬのはいけないと思うようにしていた。それでも、死にたい感情は抑えきれず、何度も過量服薬するようになり、ときに救急車に運ばれて病院に行き、生死をさまよった。
職場でのセクハラやパワハラがあった。また、家庭内では夫からはDVがあった。警察に相談するものの、解決はしていない。離婚も手間がかかり、死ぬほうが楽だとも感じるようになっていた。
ネットの書き込みを規制しても事件は防げない
たまたま、座間市の死体遺棄事件があったが、事件前から千賀子を取材することになっていた。
「白石容疑者とやりとりしていたことは親しい友人は言ったのですが、それ以外の人にはそもそも、自分の暗い面を話しはしていません。自分から閉ざしていたのかもしれません。私は生きていることに意味を感じていないので、(白石容疑者と実際に会って)殺されたとしても、それはよかった」
事件の被害者たちが、どんな思いだったのかはわからない。ネットでは「危険性を知らなかったのか?」との声も聞こえる。しかし、自殺願望が強ければ、危険とわかりつつ行くこともある。このあたりの心理をわからなければ、いくらネットで自殺に関する書き込みを規制しても、類似の事件を防ぎようがない。