※この記事は2017年10月31日にBLOGOSで公開されたものです

トム・ハンクスとエマ・ワトソンという人気俳優が出演するサスペンス映画「ザ・サークル」が11月10日に公開される。映画が表現するのは、世界トップのSNS企業「サークル」の光と影だ。地球上のすべての人々が自らの生活を公開して、共有することを理想に掲げ、テクノロジーの力によって社会を変革していこうとする最先端企業。その経営者(トム・ハンクス)の野望と新人社員(エマ・ワトソン)の葛藤を描いている。

映画の中では、政治とSNSの関係が重要なテーマとして登場する。SNSを積極的に活用すれば、人々の政治参加が促され、社会がより良くなっていくという理想が追求される。だが、SNSの発展によって、本当に政治は改善されていくのだろうか。むしろ、悪い影響を増幅しているのではないか。来日したジェームズ・ポンソルト監督にインタビューし、「SNSと政治」の関係について聞いた。

――SNSと政治の関係といえば、昨年の大統領選挙が想起されます。トランプ氏はツイッターを駆使して大きな影響を与えましたし、フェイスブックでは大統領候補をめぐる「フェイクニュース」が深刻な問題となりました。このような動きについて、どう考えますか?

ポンソルト:選挙前は、トランプが大統領になるなんて、誰も信じていなかった。攻撃的ないじめっ子であり、人種差別主義者、男尊女卑的である彼は、世界中を不安な情勢に陥れています。選挙期間中には、ロシアがフェイスブックなどのSNSを使って、対立候補のクリントンを攻撃したのではないかと言われています。実際にSNSでは、虚偽情報を拡散するキャンペーンが行われていました。

しかし、SNSにすべての罪をなすりつけるわけにはいかないでしょう。6200万人がトランプに票を投じたのは事実ですし、クリントンのことを人間的に好きではない人も多かったわけですから。

トランプ大統領の誕生は「SNSが生んだ最悪の結果」の一つかもしれません。しかし大きな悲劇は、人々の政治参加を促します。ベトナム戦争や9.11がそうでしたが、今回もそうでしょう。アメリカ人の多くは、トランプが自分たちの価値観を代表するとは思っていません。その結果として、人々の政治への意識が高まっているのを実感しています。

――有権者の政治参加は、日本でも大きな課題とされています。特に、選挙に行かない若者にどうやって政治に関心を持ってもらうのか。その点、この映画ではSNSを活用して投票を義務化する案が示されます。このような案は、現実の社会でも受け入れられるでしょうか?

ポンソルト:少なくともアメリカでは、その民主主義的な考え方と矛盾するので、受け入れがたいでしょうね。やはり、人々が自発的に政治の問題に気づいて、政治参加に目覚めていくのが望ましいと思います。そして、トランプ政権の誕生を受けて、その兆候は現れています。

――今後、アメリカの政治はどうなっていくでしょう?

ポンソルト:アメリカ人の多くは、進歩的でグローバルな視点を持った、人間性と愛に溢れる人々です。ただ、ごく一部の裕福なエリート層が政治をコントロールしようとしています。大部分の労働者階級や中産階級の人々ではなく、自分たちの利益ばかり重視してしまう。そして、投票をコントロールするために、偽情報を流すキャンペーンを行うわけです。

私の知り合いで南米からの移民がいます。現在は移民として暮らしていますが、トランプ政権のせいでアメリカに住む権利を剥奪されるかもしれない。いまや私たちの身近な生活に衝撃を与えるほど、大統領の振る舞いが影響力を持ってきているのです。

トランプは誰に対する敬意もありません。そんな「愚か者」がアメリカの代表者となってしまっている。でも、アメリカはそこまでレベルが低い国ではないでしょう。今後、目が覚めたアメリカ人は変わっていくと思っています。

自分たちを相互に監視する状況を作り上げてしまっている


――この映画では、大衆の「すべてを知りたい」という欲望と個人の「プライバシー」の対立がテーマとなっています。現在のテクノロジーからすれば、映画が描いた「すべてをシェアする世界」はいま出現してもおかしくないと感じました。

ポンソルト:ここで描かれたアイデアの多くは すでに実際に起こっています。そして、これから起こるものもあれば、ブラックジョークのようなもの、ぞっとするようなものもある。現実の世界とまさに重なっています。サークルは、最先端のインターネット企業という設定ですが、北カリフォルニアを拠点とする2、3の有力会社にあたります。いま、この映画を世に送り出すことは、まさにタイムリーといえるはずです。

――問題は、人々の意識が「ザ・サークル」のような世界を認めるのかということですが、映画と同じ世界は現実化するのでしょうか?

ポンソルト:それはどうでしょうね(笑)。人間には「すべてを知りたい」という欲求が本質的にあると思います。かつてジョージ・オーウェルの『1984年』が出版された時代には、人間のすべての情報にすぐアクセスできる全知全能のツールはありませんでした。しかし、今は「スマホ」という全能の神が私たちのすぐ手元にありますよね。

『1984年』では、顔のないファシスト的政府が監視ツールを利用し、すべての市民をモニターして統治する世界が描かれました。スノーデン事件で明らかになったように、アメリカのCIA(中央情報局)やNSA(国家安全保障局)が一般市民の情報を収集し、監視しているという現実もあります。

しかし今は、私たち自身がビッグ・ブラザー(『1984年』に登場する国民を監視する独裁者)になっています。市民の側が自ら、自分たちを相互に監視する状況を作り上げてしまっている。

スマホがあれば、簡単に録音や撮影ができるし、購入記録も残ります。オンラインのアイデンティティと呼べるものはすべて記録されていくわけです。私たちは、かわいいものが大好きで、それらをシェアして「いいね!」したい。私たちは自分自身で今の状況を作り上げています。

グーグル、アップル、フェイスブック、ツイッター。こうした世界的なIT企業は、私たちのすべての情報を把握しています。彼らの権力と資金力は先例がないほどです。私たちは、IT企業のトップは倫理観を持って行動すると思い込んでいますが、企業にはそういう責任はありません。最高の収益を目指すのが企業というものです。

歴史を紐解いてみれば、「お金を儲けること」と「一般市民の権利を守ること」の2つは相容れないということが証明されています。そうなると、未来はいったい、どういう社会になっていくのでしょう。

▼映画公式サイト:『ザ・サークル』

▼予告動画