※この記事は2014年01月04日にBLOGOSで公開されたものです

瀧本哲史氏(編集部撮影) 写真一覧
インターネットとともに日本に本格上陸したグローバル資本主義の時代をどうやって生き抜いていくのか、20~30代の若者向けに解説した「僕は君たちに武器を配りたい 」は、「ブラック企業」や「コモディティ」というその後、時代を読み解くキーワードとなった言葉を輩出。瀧本哲史氏の初の著書でありながら、11万部を超えるベストセラーとなり2012年の「ビジネス書大賞」を受賞した。京都大学で教鞭をとる瀧本氏(京大客員准教授)は、該博な知識とマッキンゼーなど実業の世界の最前線で働いた経験を活かした授業で、同大でナンバーワンの人気教官という顔をもつが、本業は、エンジェル投資家。日本では珍しい、創業者と数人の賛同者しかいないようなベンチャー企業のごくごく初期のアーリーステージに資金を提供する投資家である。

その瀧本氏が2年ぶりに新著を書き下ろした。最新作「君に友だちはいらない」は、刺激的なタイトルと、巨匠・黒澤明監督の60年前の名作「七人の侍」の映画シーンをモチーフにした表紙カバーが強烈なメッセージを放つが、本書のテーマは、不可能を可能にするチームのつくり方(チームアプローチ)である。グローバル資本主義下の日本で、既存の組織や企業が効力を失い、いっぽう会社で働く社員は、まるで非正規雇用者のように、買いたたかれる。そんな過酷な時代をよりよく生きるための具体的なサバイバル法を提唱している一冊でもある。この作品に込めたメッセージや制作の過程について、瀧本氏が語る。(取材・執筆:永田 正行【BLOGOS編集部】)

自分一人でなにもできない、まだ力のない若い人、コミュニケーションが苦手な人こそチームを作れ


――今回の「君に友だちはいらない」の執筆の動機にもなったという瀧本さんのデビュー作「僕は君たちに武器を配りたい」(ボクブキ)の反響から聞かせてください。

瀧本哲史氏(以下、瀧本):「この本は東大や京大で教えている教官がビジネスエリート向けに書いた本。そういう人には武器になるかもしれないが、そうではない《弱者》には、何の役にも立たない、それよりも友だちが欲しい。誰かとつながりたい! 承認されたい! タイトルをもじって《僕は君たちに友だちを配ってほしい》」という声。Twitterでそうつぶやいている方がいて、それが大量にリツイートされていました。

今回の本「君に友だちはいらない」は、このような反応をされた読者の方々への回答でもあるんです。本書のタイトルは「君に友だちはいらない」。このタイトルは逆説的で、中身をストレートに表現しているのは英語の副題「The Best Team Approach to Change the World」なんです。徒手空拳でなにも武器をもたない若い人、高学歴でもない(かりに高学歴でも、すでにこの日本でも、東大を出て弁護士になっても定職にありつけないという「高学歴ワーキングプア」が始まっていることは前著で書きましたが)「弱者」を自認する方こそ、ともに戦う本当の仲間をつくれ、というのが本書のテーマなんです。

――では、本当の仲間とは?

瀧本:これまでの日本では、組織の中に属して決められたことを、より正しくより効率よく履行すれば何の問題もなかったんです。そういう仕事をするテンプレートな人材を、テンプレートな大学教育が養成して、テンプレートな大企業が画一的に採用して、世界市場を席巻した、安くて性能の良い日本製品をつくればよかったんです。ところが情勢は一変。安くて性能の良い商品をつくるポジションは、韓国や中国、台湾、インドなどの企業に奪われてしまった。パナソニックやシャープ、ソニーなど、かつて日本を支えた花形企業が苦境にあえいでいるのはそのせいです。

 そんな大企業が、社内で立ち上げるプロジェクトチームは、たいてい失敗する。新しい、これまで前例のない事業や商品を開発するのに、どんなチームを組成するかというと、メンバーは年次や部署で自動的に決まり、スキルも固定的であらたな能力を身につける必要もなく、一度その一員に選ばれたら、基本的にクビになることも、別の人にその地位を脅かされることもない。

 その結果、どんなことになるかというと、仕事は「やったふり」、仕事を「したつもり」で何の問題もなく、明確な成果を要求されることもない。「集団責任は無責任」という言葉のとおり、いったいなんのためのチームだったかそれも追及されない。考えようによってはとてもいい会社ですよね(笑)。こういうと、実際になんらかのチームに参加された経験のあるサラリーマンは、苦笑するはず。 しかし、これからの日本、とくに若い人たち、あるいはそれより大企業のマネージャーの責を担う方が、生き抜いていくためには、これまでになかった事業やプロジェクトをどうしても成功させなくては、明日はない。かといってこれまでの経験ではわからないこと、社内のリソースにないことに、どうやって取り組んでいけばいいのか?

はたして、そんなことが実現できるのかどうかもわからない「目標」にどう立ち向かえばいいのか?そんな目標に立ち向かうときには、メンバー自身も、はじめはいったい何をすればいいのかもわからない。

 私のかつて働いていたコンサルティング会社「マッキンゼー」の「パートナー」だったジョン・カッツェンバックとダクラス・スミスが、抜きんでた成果を上げたチームの条件を5つ挙げています

1、 少人数である
2、 メンバーが互いに補完的なスキルを有する
3、 共通の目的の達成に責任を持つ(コミットする)
4、 問題解決のためのアプローチの方法を共有している
5、 メンバーの相互責任がある

 表紙カバーは、黒澤明監督の名作「七人の侍」をモチーフにしました。60年前の1954年に公開された映画は、記録的な大ヒットとなりましたが、世界でも、この映画は手本とされて、イタリア映画の「黄金の七人」やハリウッド映画の「荒野の七人」がつくられた。黒澤が、スピルバーグやジョージ・ルーカス、フランシス・コッポラなどから尊崇の念をもたれているように、「七人の侍」が世界の映画界に君臨したんです。

 本書で詳しく書いていますが、この7人のサムライの成り立ちそのものが、不可能を可能にするチームアプローチの模範にもなっている。世界標準のチームアプローチは、マッキンゼーの二人よりもこの映画のほうが先駆なんです。暗中模索のなかで、勝利を勝ち取る、そのためのチーム作りについて、本では、そのほかのケーススタディとしていろんな事例を交えて書き進めていますが、「本当の仲間」とは、簡単に言えば、そういう過酷な試練に一緒に挑む「戦友」なんです。SNSで「いいね!」したり、ルームシェアして仲良く暮らしているのは、本当の仲間ではない。ともになにかに挑んでいる人。その戦いの中で、自分とは、いったいなにものなのか、大げさに言えば自分の天命を、本当の仲間は教えてくれます。

――瀧本さんは前著の「僕は君たちに武器を配りたい」でもまた今回の「君に友だちはいらない」でも、若者に対して、現代社会を行きぬくための“知恵”や“考え方”を伝えようとしています。その前提には、日本社会に対する厳しい現状認識があると思うのですが。

瀧本:これまでお話ししたとおりなのですが、この地球に誕生して70年で崩壊したかつての社会主義国のように、中央政府がすべてを決めるのではなく、資本主義の世界では、市場が、商品が良いか悪いか、高いか安いかを判断します。そうなると、成熟した商品は、必ず値段が下がっていく。同じ品質のものなら安いものが生き残る。そういうプロセスを経てすべての商品は“コモディティ化”していくのです。

 インターネットが世界中に張り巡らされ、資本主義が進化、グローバル化したことによって、コモディティ化の速度が上がり、ビジネスモデルや事業モデルの寿命がどんどん短くなっている。しかもコモディティとなるのは、商品だけでなく、人材、つまり働くあなたがたも、その危機に瀕していると指摘したのですね。

 ではどうすればいいのか、会社が存続するためには常にイノベーションを起こしていかなければならない。そのために必要なのが、非定型的、簡単に言えば「前例のない」ものに、挑んで恒常的に成果をあげるチームをつくる方法=チームアプローチなのだと思います。

――いまでいえばアベノミクスを掲げて求心力のある安倍政権、少し前までは、大阪で絶大な支持を得た橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表)のようなカリスマ型リーダーには否定的ですよね。明治維新を成し遂げた「群雄たち」を輩出したのは、全国に270もあり独自の文化を開花させた「藩」だったことを例に、「一人のカリスマ」から「地方群雄モデル」を提唱されています。

瀧本:それは、何が正しいのかは、僕にも、もちろん誰にも、わからないからです。何が正しいのかというのは、市場が決めていくもので、大きな組織や、中央政府が機能不全に陥っている今、様々なイニシアチブが成立し、とうてい不可能と思える実験に挑む。政治でいえば、実効性のある行政手腕を発揮した地方のリーダーが中央にデビューして辣腕をふるうしか日本は変わらないのでは。カリスマによる、熱に浮かされたような「グレートリセット」がどれだけ空虚なものなのかは、大企業のカリスマ経営が行き詰まりをみせているのと同根なのではないでしょうか。

カリスマがリードする世界というのは、官僚が勝手に「これは良いです」と決めていくモデルとほとんど変わりません。一人のカリスマよりも、常に競争が存在しているというモデルの方が世の中の健全な進歩に近いのではないかなと思います。

長年にわたって生き続ける本を作りたかった


――ネット上ですと「~になる10の方法」といった記事は人気が出ますし、書店でも具体的な「○○を目指すなら■■しろ」といった本が注目されます。そうした中でなぜ、「交渉思考 」や「決断思考 」、あるいは今回のチームアプローチのように、抽象度の高い概念を伝えていこうと考えたのですか? 

瀧本:はたして「なんとかになる10の方法」という類の本は、ほんとうに実効性はあるんでしょうか。一見実用的であったりするビジネス書はたくさんあります。なぜたくさんあるのか、といえば、どれもほんとうは役に立たないからです。こんなことを言うと、ビジネス本やノウハウ本の「ネタバレ」をしたみたいで怒られるかもしれませんが。たとえば、「ゴルフ上達法」や、ゴルフ専門誌が、何冊もでていて、スコアを10縮めるアプローチ、とか、ドライバーをまっすぐ飛ばす○×打法みたいな特集が組まれていますが、要するに、いくら読んでもアマチュアゴルファーの悩みが解決しないから、いつまでたっても似たようなハウツー本があるわけで。

 これまでの本でも、また大学の授業でも大切にしているのは、武器になるのは「リベラルアーツ」だ、と。これは教養と訳していいのかもしれませんが、ようは、一見すぐに役に立ちそうもない哲学や歴史学、といった学問のことなのですが、じつは大学時代の時間しか学べない、一見迂遠なものだけど教養を身につけることのほうが、実社会にでると、役に立つことになる。

本書の中で『アメリカン・マインドの終焉 』の筆者であるアラン・ブームの「教養とはほかの見方が存在しうることを知ること」という言葉を引きましたが、実社会にいるとき、そして新たなイノベーションを起こすためにも、自分と住んでいる世界(業界)とは違う地域や分野で生きている人をコミュニケーションできるかどうかが大切だというのは、おそらく10年、20年と働いている人ならわかると思います。

――そういう意味では、自己啓発本のような側面もあるわけですね。

瀧本:僕は本を何冊も何冊も量産するつもりはまったくありません。しかし、息の長い、ずっと売れ続ける本を作りたいとは思っているんです。例えば、図書館に置かれて10年後、20年後の読者が手に取った際に「この本は古い本なのにまったく内容が古くなっていない」という本を書きたかったんです。たとえば外山滋比古さんの「思考の整理学」のような。

――装丁にも非常にこだわりが感じられますよね。

瀧本:「書籍」という形態だからこそ出来ることに、こだわりをもって制作しています。パッケージや印刷の面白さ、デザインのよさ、造本のたしかさとか。このインタビューの直前に「東洋経済」の書評欄の方の取材を受けたんです。その方は、付箋を付けるのではなく気になったページを折り曲げながら読むそうで、「最近本は熱心に読んでるとすぐ壊れるので、本当に困るんですよね。この本は丈夫でよく出来てるわぁ」と言って感心してくれて、そんな感想はとてもうれしいです。

「僕は君たちに武器を配りたい」の時もそうだったのですが、こうしたコアな読書家や書店員の方に「この本はあらゆる部分にこだわりをもって作られている」ということを分かっていただくのが本懐というか……。じつは、この本の装幀をしてくれたブックデザイナーは、なんと、きちんと指定通りの印刷ができるのかどうか、わざわざ工場に行って印刷に立ちあったほど、こだわりがあるんです。

僕のデビュー作である「僕は君たちに武器を配りたい」は、無名著者の作品で、初版の部数もずいぶん絞られましたし、周囲から絶対に失敗すると言われていた作品でした。しかし、業界の常識は、外から見たら非常識である場合が多い。つまり、ありがちな本でなはく、またその業界のヒエラルキーに準じた本づくりではなく、業界の人がやっていないことを僕らはやろうと考えたわけです。つまり、本の製作過程そのものが、本書のテーマである、イノベーションをチームで実現するというプロジェクトそのものだったんです。

――瀧本さんと書籍を制作するというプロジェクト自体が、今回の書籍のテーマであるチームアプローチのモデルケースなんですね。

瀧本:そうですね。僕は、さきの「成果をあげるチームメンバーの条件」ではありませんが、ある特定の編集者としか仕事をしません。その編集者は、いずれも優秀な方ですが、どの著者と仕事をしても成功するわけじゃありません。しかし、もし僕と一緒に作った本が成功するのであれば、僕と編集者というチームに価値があるんだというふうに考えてもらえる。これが非常に重要だと思います。  これは編集者だけではなく、ライターや装丁家などについても同じです。彼らはそれぞれ優秀ですが、しかし、僕と一緒に取り組むプロジェクトだと、とても大きな成果を上げる。そのようなプロジェクトが成功するまでのプロセス自体を楽しんでもらえることが重要です。

――瀧本さんは書籍の中で「本を読んで満足して終わるのでは意味がない。本を読んで、何かを変えるきっかけしてほしい」と仰っています。確かに書籍を読んで得たノウハウを行動に移せなければ意味がありません。しかし、実際に行動を起こすためのマインドを獲得することこそが、最も難しいという側面もあると思うのですが。

瀧本:昔、東大で起業家教育のシンポジウムが行われました。当時ミクシィの社長だった笠原さんをゲストに呼び、企業を研究する模擬授業が行われ、スタンフォード大学の教授なども出席していました。 このシンポジウムの最後に質疑応答が行われたのですが、そこで、ある大学の教授が「実は今一番悩んでいることがあります。それは、どうすれば起業家精神を身につけさせることが出来るかがわからないのです」と、スタンフォード大の教授に質問したのです。それに対して、教授は以下のように答えました。「ちょっと質問の趣旨がよくわかりません。起業家精神がない人はやらなくてもいいじゃないですか」と。僕もそうだと思いました。

起業のマインドがない人は無理に高めなくてもいいのです。この本を読んだ人が全員、何らかのプロジェクトを立ち上げなくてもいい。でも本を読んだ誰かがが立ち上がれば、大成功でしょう。

あるいはこれを読むことによって、自分の周囲に壮大なビジョンをもったリーダーがいることに気づき、そういう人のところに馳せ参じるといった動きでも良いと思います。リーダーだけではなにもできないのですから。それは本書で書いたとおり、歴史上のリーダーたちの偉人伝はじつは後世つくられた「ストーリー」であって、ほんとうは一人で成し遂げた成果ではなく、むしろ複数の人々がかかわったチームの成功なのです。

アップルは、スティーブ・ジョブスと、スティーブ・ウオズニアックのサクセスストーリーとして語られていますが、じつは、アップルの大成功には、もう一人欠かせない人物、というか、本当の功労者がいるのです。

世の中このままでいいと思っている人は、この本を読まない方がいい


――若者に知恵やノウハウを伝えていく。瀧本さんご自身、高校生を対象とした「ディベート甲子園」などのNPO活動にかかわっておられますが、こうした教育への投資というのは、迂遠なようにも思いますが、あえてそれに挑むのはなぜでしょうか?

瀧本:世の中を変えるパラダイムシフトは常に若い人によって行われるからです。

――それで本当に世の中が変わると思いますか。

瀧本:思います。僕はエンジェル投資家として、お金はないけど、自身のノウハウや知恵を頼りに、新たなビジネスにチャレンジしようとしている人に投資することをビジネスにしていて、それでちゃんとリターンをいただいていますから。つまり、それは、そうやってこの世の中を変えている人がこの資本主義社会にいる証左ですよね。それを実感しているところが、今までビジネス書籍を書いてきた著者と違うところかもしれません。

――何冊も本を量産する予定がないとの事ですが、次回作について構想はあるのでしょうか。

瀧本:今は正直ないですね。「プレゼンテーション」に関する本を書こうという計画がありましたが、どうしても書かなきゃいけないということもないので、次回作は未定です。この「君に友だちはいらない」が最後になる可能性もあります。

――ただ、今後も若い人に自分のエッセンスを伝えて、自分と組めるパートナーを潜在的に増やしたいという思いはあるのでしょうか。

瀧本:「自分が儲ける」「そのためのパートナーを増やす」というのは、「世界を変える」という大きな目的の中のサブカテゴリーでしかありません。もともと僕は学者だったので、「世の中をよく理解して、世の中を良くする」ということに圧倒的に関心があります。

僕は、良いことをすればお金が儲かるという考え方をしています。つまり、どれだけ儲かったか、が僕の成績表なわけです。誰も必要としないものに投資すれば損をしますし、みんなが良いと思うものに投資したら儲かる。儲かっていないことは、間違っていることをしているということになるわけです。

――最後に未読の方にメッセージをお願いします。

瀧本:世の中このままでいいと思っている人は、この本を読まない方がいいと思います。「いまのままの世の中はよくない」「今の会社ではだめだ、将来はない」「何かを変えなければいけない、しかし、いったいどこから手を付けたらいいか分からない」そう考えている方々に、ぜひ読んでほしいと思っています。

プロフィール

瀧本哲史(たきもと てつふみ):東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーに入社。主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事。独立後は、企業再生やエンジェル投資家としての活動をしな がら、京都大学で教育、研究、産官学連携活動を行っている。全日本ディベート連盟代表理事なども務めている。





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