ウクライナ侵攻で“板挟みの苦しみ”…中国・習近平国家主席は「米国が勝つなら、なりふり構わずロシアを支援する」富坂聰教授が解説
写真・新華社/アフロ
ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、にわかに中国の動向に注目が集まっている。3月2日、ニューヨーク・タイムズ紙は、中国がロシアのウクライナ侵攻計画を事前に把握しており、「北京冬季五輪の閉幕前に侵攻しないよう、ロシア側に求めた」と報じている。
実際、五輪開幕の日である2月4日にはプーチン大統領が習近平国家主席と首脳会談をおこない、NATO(アメリカを中心とした軍事同盟)の拡大に反対する共同声明を発表している。
さらにウクライナに侵攻したロシアを、台湾統一を望む中国になぞらえ、台湾が “第2のウクライナ” となることを懸念する声も出ている。
世界は、中ロvs.欧米という新冷戦体制へと移行するのだろうかーー。だが、中国情勢を専門とする拓殖大学の富坂聰教授はこうした展望を一笑に付す。
「正直、『来たか』という感じです。まず、中国政府がウクライナ侵攻を事前に知っていたというのはあり得ないと思いますよ。
西側メディアは、中国を “悪のグループ” にまとめてしまいたいという動機が強いのでこんな報道が出るのでしょうね。
情報源は匿名の政府高官の証言だけ。新型コロナウイルスは武漢のウイルス研究所から流出したという説と同レベルの眉唾な話です。
中国外交部の華春瑩報道官は、定例会見で記者から『武器を裏でロシアに供与しているんじゃないか』と質問され、苦笑いしてました。メディアは大国同士の複雑な関係を、あまりにわかっていないんです」
富坂氏は、中国はむしろ今回のウクライナ侵攻で板挟みにあい、苦悩していると指摘する。
「たしかに中国は、NATOの東方拡大に反対です。NATOに加盟する中央・東ヨーロッパの国が続々と増えています。しかし、NATOとは、要するにアメリカなんです。
アメリカに牛耳られているから、ヨーロッパ内部でもNATOに対して疑問視する声がある。たとえばフランスのマクロン大統領は、『NATOはアメリカのためにあるので、独自に欧州軍を作る』と何年も前から言っています。
中国からすればNATOの拡大は“アメリカの手先”が増えているということで、ロシアが危機感を高めたことに理解を示しています。
ですが、中国は決して、EU諸国を敵対視しているわけではないんです」
中国はウクライナとの関係も良好で、EUとの関係性も重視しているという。
「ウクライナとは経済的な交流も深いですからね。中国は遼寧という空母を持っていますが、これはもともと、ウクライナの『ワリャーグ』という空母なんです。
ウクライナはロシアの強い反対を押し切って、この空母を中国に渡している。つまり特別に深い関係があります。
中国がロシアと手を組んでいるのは、あくまで “対米” という1点だけ。ロシアが主権国家たるウクライナに、軍事侵略をおこなうことには当然反対なんです」
3月3日には、国連総会でロシア非難決議が141カ国の支持をうけ採択された。中国とインドは棄権したが、これもただちに “親ロシア” を意味するわけではないという。
「中国とインドの外交方針は、『非同盟』なんですよ。これは1955年に開催されたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)以降の両国の外交の一番根っこなんです。
じつはロシアも、ソ連崩壊後は基本的に『非同盟』を重視するスタンスなんです。
先ほどの中露共同声明にも、『我々は非同盟の関係だ』とわざわざ書いているわけです。徒党を組んで、誰かをいじめるというのには、絶対参加しない国なんです。だから棄権しました」
一部メディアによると、ウクライナにおけるロシア軍の動きは停滞している。SWIFT(銀行間の国際決済システム)からの排除など、ロシアへの数々の制裁が実施されるなか、“軍事作戦” に要する時間が長引けば長引くほど、ロシアの国際社会での孤立は深まっていく。
「中国は、ロシアの孤立が決定的になって、アメリカ中心の世界にやられる展開となったときは、ロシアを助けるでしょう。ただそれをすれば、EUとの関係が悪化するのは必至です。
中国としては、ウクライナに軍事侵攻するというプーチンがとった最後の手段は受け入れられない。
でも、今回の件ではロシアに同情すべき点もあるので、西側諸国のような感じで思い切りこぶしは振り下ろせない。そういう板挟みの状態なんです」
ロシアに同情すべき点とはなにか。
「中国は、ゼレンスキー大統領をアメリカの手先だと考えていますから。アメリカの威を借りてミンスク合意(戦闘停止の取り決め)を反故にし、さんざんロシアを挑発した結果がこれだ、という認識です。
ゼレンスキーに倒れては欲しいとは思っていません。でも、彼が後悔する姿は世界に晒されてほしいと思っているはず。
EUの議会で、とある議員は『間違った情報を捏造して、イラクという国を “滅亡” させたとき、わが国のテレビ塔は国旗の色を変えたのか。国旗の色を変える前に、イラクの国旗さえ知らないだろう。イラクのときは何人死んだんだ、ウクライナどころじゃない』という趣旨の演説をしました。
中国の見方もまさに同じ。これまでアメリカは、さんざん戦争を仕掛け、主権国家を潰してきました。でも、今回はロシアが軍事侵攻してしまい、世界的にウクライナ=アメリカが正しいという風潮になってしまった。これに習近平国家主席は頭を抱えているわけです」
ウクライナ侵攻と台湾問題も混同すべきでないと指摘する。
「結局、中国からすると、ウクライナは国連に加盟している主権国家でしょう。それが攻撃を受けたのと、台湾の問題って根本的に違うんですよ。
要するに、台湾問題のルーツは共産党と国民党という2つの政党の喧嘩なわけでね。そこを混同されるのは中国としては困る。
中国が台湾と戦争すれば、もちろん勝てますよ。でも、その後2000万人の怒れる人々を抱えながら台湾を経営していくメリットは、中国にはほとんどありません」
ロシアとウクライナの間では停戦交渉が進められているが、両国の出す条件には大きな隔たりがある。中国が第三国として停戦を仲介すべきだという意見もあるが……。
「そういう交渉の “場” だけなら、中国も提供できると思います。だけど、基本的にロシアの懸念というのは、ロシアの体制保障ですからね。ロシアの体制保障には、NATO=アメリカの排除しかないんですよ」
“新冷戦” が起きないのは結構だが、今もウクライナでは犠牲者が増え続けている。1日でも早い停戦が待たれる。