ことに新聞業界では、新年になると「今年は○○の年になる」のような将来予測モノの記事を載せることがある。ただ、本連載は基本的に技術解説を旨としているので、予測モノの話はそぐわない。とはいえ、年明けぐらいはちょっと夢のありそうなことを書いてみてもよいのではないかと考えた。そこで、Twitterで話を聞きつけた「空戦AIチャレンジ」の話を。

WVRとBVR

航空機同士の戦闘には、視程内交戦(WVR:Within Visual Range)と、視程外交戦(BVR:Beyond Visual Range)という分類がある。映画『トップガン』でやっていたような、組んずほぐれつの格闘戦は、もちろん前者に該当する。しかし1990年代以降の主流は後者である。それでは派手なビジュアル要素を欠くので、映画の題材にはならないが。

視程内交戦を人工知能(AI : Artificial Intelligence)でやらせてみよう、という取り組みの一例が、米国防高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)の“AlphaDogfight Trial”。戦闘機パイロットが格闘戦を行う際のあれこれをAIに学習させて、シミュレータを操るパイロットと交戦させた。

視程内交戦の場合、「視程内」というぐらいだから、敵機を見つける際にはパイロットの目玉、業界ジョークでいうところのMk.1アイボールが重要な役割を果たす。『トップガン』を御覧になった方ならお分かりの通り、“マーベリック” や “アイスマン” は、機体を操りながら、首をぐるぐる回して周囲の状況を見ていた。

そこで、F-14みたいな複座機には意外なアドバンテージがある。乗員が2名いるということは、使えるMk.1アイボールの数が2倍になるということだ。また、F-35は単座機だが、AN/AAQ-37 EO-DAS (Electro-Optical Distributed Aperture System)のおかげで、“床を素通しにして真下を見る” という、他機には真似のできない仕掛けを持っている。

一方、我が国では防衛装備庁(ATLA : Acquisition, Technology & Logistics Agency)が「空戦AIチャレンジ」なるイベントをやるという。こちらのお題は、視程外交戦だ。視程外だから、Mk.1アイボールによる捜索は意味をなさない。自機が搭載するレーダーなどの各種センサー、あるいはデータリンクを通じて流れ込んでくる外部センサーからのデータに頼ることになる。

そして、彼我の状況を把握した上で優先順位付けをやって、順番に交戦していくことになると思われる。優先順位付けがキモになるところは、イージス武器システム(AWS:Aegis Weapon System)による同時多目標交戦と似ている。

BVR用空対空ミサイルのベストセラーといえば、レイセオン・ミサイル&ディフェンス製のAIM-120 AMRAAM(Advanced Medium Range Air-to-Air Missile)だが、これは開発当初から同時多目標交戦を想定していた。冷戦期に、多数のソ連軍機が押し寄せてくる“ゴリラ・パッケージ” への対処が求められたからだ。

F-15Eストライクイーグルが翼下に搭載する兵装群。パイロンの左側がWVR用のAIM-9サイドワインダー、右側がBVR用のAIM-120 AMRAAM。下にぶら下げているのは誘導爆弾GBU-31/B SDB(Small Diameter Bomb)


空戦AIチャレンジのポイント

そこで「空戦AIチャレンジ」のWebサイトを見ると、「機体に対して出力すべき行動判断」として、「進行方向の指示」「速度の指示」「射撃の有無と射撃対象の指示」を挙げている。

イージス艦が使用するSM-2に限らないが、艦載用の対空ミサイルは、発射機を目標の方向に指向してから撃つか、あるいは真上に向けて撃ち出した直後に目標に向けて急旋回する。ところが、航空機搭載用の対空ミサイルは基本的に、機体を敵機に指向してから発射する。

最近では、側方や後方にいる敵機に向けて撃てる格闘戦用の空対空ミサイルが増えている。だが、それをやればエネルギーと時間を余分に使う。視程外交戦では飛翔距離が長い分だけ、エネルギーの無駄遣いは避けたい。ミサイル発射前に自機を敵機に指向する方が望ましく、そこで機体の進行方向や速度をコントロールする要素が入ってくる。

また、Webサイトにも書かれていることだが、武器の射距離が短い視程内交戦と比較すると、武器の射距離が長い視程外交戦では、撃ってから結果が出るまでに時間を要する。すると、ミサイルを撃って結果が出るまでの間に、状況が変わってしまう可能性が高い。これも、戦術の組み立てに影響する要素となる。

そして、こちらが交戦を仕掛ければ、当然ながら敵も撃ち返してくる。敵機が撃ったミサイルがこちらに向けて飛んで来たら、回避行動をとらないと我が身が危ない。

かような事情から、同じ「空戦AI」でも、視程外交戦では“AlphaDogfight Trial”で課題にした視程内交戦とは違った難しさが出てくると思われる。そこで、どんなルールをどれだけ学習させて、「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を覚えさせるにはどうするか。優先順位付けのロジックをどう組み立てるか。なかなかチャレンジングなイベントになりそうだ。

F-35Aが初めてAMRAAMを試射したときの様子 写真: USAF


装備庁が、“AlphaDogfight Trial” に釣られて「うちも格闘戦AIのチャレンジ・イベントをやる」と言い出さずに、視程外交戦のイベントを実施すると決めたところは評価したい。「バスに乗り遅れるな」型の研究開発ばかりしていたのでは、ゲームチェンジャーを生み出すことなんてできないのだから。

もっとも、本当に重要なのは、まず「どういう航空戦(空中戦ではない)を実現したいのか」そして「航空戦を戦うための仕組み、システムをどう構築するか」を明確にすること。それがあって初めて、さまざまな研究開発の成果をどう活用できるが明確になる。技術開発が先行して「では、この技術をどう使おうか?」では順番が逆だ。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。