池上彰氏('14年)

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 10月31日に投開票される衆議院議員選挙。夜には各局MCを揃え、特番が放送される。その選挙特番の中で、もはや定番となりつつあるのが、テレビ東京の池上彰氏の番組。他局に負けない、池上氏×選挙の強みとは。放送コラムニストの高堀冬彦さんによる解説。

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怖いものなしの池上彰

 10月31日は衆院選の投開票日。テレビ各局は選挙特番を流す。

 テレビ東京は池上彰氏(71)をメインキャスターとして『TXN 衆院選SP 池上彰の総選挙ライブ』(午後7時50分)を放送する。テレ東は2010年7月の参院選から池上氏を選挙特番のメインキャスターに起用しており、2013年7月の参院選特番では民放トップの世帯視聴率10.3%をマークした(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

 失礼ながら、テレ東の選挙特番が他局に勝つことなど昭和期だったら考えられなかった。だが、2014年12月の衆院選もトップ。2016年7月の参院選、2017年10月の衆院選もテレ東は視聴率トップを獲った。

 なぜかというと、理由は単純明快。面白いからだ。2019年7月の『参院選ライブ』でも池上氏と自民党前幹事長・二階俊博氏(82)の白熱したバトルが見られた。

 選挙期間中に二階氏が業界団体の集まりで、「(選挙を)一生懸命頑張ったところに予算をつける」などと利益誘導とも受け取れる発言をしたことから、池上氏はこう斬り込んだ。

池上氏「予算をエサに選挙を有利に誘導しようとしたということじゃないですか?」

二階氏「そんなゲスなことを言っているわけじゃない!」

 二階氏は気色ばむ一方、池上氏は涼しい顔。政治家にこんなアプローチが出来るのは池上氏くらいだ。

 2014年12月の『総選挙ライブ』では、自民党が大勝したものの、投票率がさほど高くなかったことから、当時の安倍晋三首相(67)に向かって「投票率が低い中での勝利」と、冷水をぶっかけた。

 自民党にだけ厳しいジャーナリストなら珍しくないが、池上氏はそうじゃない。立憲民主党にも共産党にもメチャメチャ厳しい。怖い物なし。なので「池上無双(並ぶ者がいないほど優れていること)」と呼ばれている。

 池上氏はNHKの報道局社会部出身。ジャーナリストと呼ばれる人は無数にいるのに、どうして池上氏は特別な存在になったのか。

 筆者は2008年12月、池上氏にインタビューをさせてもらった。このとき、池上氏の人気の理由などが分かった気がした。

 まず、まったく気取らない人で、いい意味でただのオジサンである。

「テレビに出るのは恥ずかしい。ストレスも溜まります。あまり得意じゃないんです」(池上氏)

 これは大きな強みだ。庶民感覚を忘れていないからである。だから番組でも視聴者が聞いてほしい質問をしてくれる。

 キャスターやジャーナリストがスターやタレントを気取るようになってはおしまいだ。「そんな人いるのか」と言うなかれ。実際にいる。

 池上氏は腹も据わっている。NHKの広島県呉通信部にいた若き日、暴力団の儀式を取材した。上司から命じられたわけではない。自発的な取材だった。

「新聞記者と2人で行きました。1人では怖いから。ところが、その記者はいつの間にか消えてしまったんですよ」(池上氏)

 結局、暴力団取材を1人で成し遂げた。精神的にタフなのである。よく「池上さん、政治家にあんな厳しい質問しても大丈夫?」といった心配の声が上がるが、本人はまったく平気だろう。

 もちろん池上氏にも“弱み”はある。

「(現場取材では)子どもの遺体を見るときが、とりわけつらかったです」(池上氏)

 2010年以降、毎年8月にテレ東かBSテレ東の『池上彰の戦争を考える』に出演し、沖縄戦や東京大空襲などを報じてきた。涙を堪えているのが分かるときがある。

 人情家で知られる池上氏らしい。

『社会部』と『政治部』どちらがつくるかで変わる番組

『社会部』育ちの池上氏の登場まで、各局の選挙特番は『政治部』が仕切るものだった。政治部が中心となってつくる選挙特番がどんなものかというと、NHKの特番が典型例である。あまり面白くならない。そもそも面白くしようとしていない。

 2つの部の違いを簡単に説明すると、政策や政局を取材するのが政治部。一方、政治家の犯罪を取材するのが社会部だ。犯罪とは汚職などである。

 だから、どちらの部が仕切るかで、選挙特番の性質はまったく違ってくる。政治部は政治家とのパイプを太くするのが仕事だが、社会部は悪さをする政治家を攻めるのが役目だからだ。

 社会部育ちの池上氏が政治家をバッサバッサと斬るのは半ば当然のことなのである。

 選挙特番自体、昔と今では違う。1980年代までは特別に用意された別室で、専任のスタッフが他局の特番をこっそり見ていた。カンニングをしていたのだ。

 より正確に言うと、見ていたのは他局の「当確」。今と違って出口調査がなかったから、NHKを除くと、当確を打つのが不安だったのだ。当確を打ち間違えると、監督官庁の郵政省(現総務省)から指導を受けかねない。もちろん視聴者の信用も失う。

 さて、ここで1つの疑問が生じる。「選挙特番の制作準備はいつから始まるのか?」。今回の衆院選はほぼ任期満了だが、どの時期から準備が始まっていたのだろう。

 世間の選挙ムードが色濃くなったのは10月4日の岸田文雄首相(64)の誕生前後だが、そこから準備を始めては到底間に合わない。出口調査の用意もしなくてはならないからだ。

 では、いつ準備が始まっていたかというと、答えは“ずっとやっていた”。衆院はいつ解散になるか分からないからだ。

 もちろん、スタッフの規模は変わる。大所帯になるのは選挙時期が確実になってからだ。

 今は各局とも真面目な特番になったが、過去にはブッ飛んだものもあった。たとえば1983年12月の衆院選挙時にフジテレビが放送したのは『選挙でいいとも』である。司会はタモリ(76)。所ジョージ(66)らがゲストとして招かれた。

 1982年10月に始まった『森田一義アワー 笑っていいとも!』が人気になったのを受けて企画された。政治家が「友達の輪」をやった。バブル前夜で呑気な時代だった。

 今回の池上氏のライバルはやはりNHK出身者。テレビ朝日は10月から『報道ステーション』のキャスターに起用したばかりの大越健介氏(60)を選挙特番に登板させる。

 大越氏は政治部出身。池上氏の番組とはまったく違ったカラーになるはずだ。

 日本テレビは元NHKアナの有働由美子氏(52)と嵐・櫻井翔氏(39)に任せる。

 NHK時代の有働氏は記者ではなかったものの、専門分野を取材する際には、同期の政治部記者や社会部記者に個人的にレクチャーを受けていた。こんなアナ、まずいない。

 だから、ほかのアナとはリポートの濃さなどが違った。

 投開票日はNHK出身者によるトークバトルも見ものだ。

高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立