恐るべき浸透度「キャッシュレス決済」の落とし穴
キャッシュレス決済で、自分のお金を守れていますか?(写真:Ushico / PIXTA)
コロナ禍のニューノーマルを追い風に、キャッシュレス決済の利用率が上がっている。
キャッシュレス推進協議会のレポートによると、2019年には前年⽐2.7ポイント増の26.8%だったが、これはコロナ禍以前の数字だ。ステイホームでEC利用やモバイルオーダーなどが増えた2020年度は、30%超えをうかがう勢いとなるだろう。2025年までに決済比率40%という経済産業省のロードマップは、もはや手が届かない目標とは言えなくなった。
躍進を牽引したのは、国策も大きい。「キャッシュレス・ポイント還元事業」や「マイナポイント事業」等が次々打ち出され、“おトク”をアピール。それに乗った各決済事業者も、さらに独自のポイント上乗せや還元率アップキャンペーンを展開した。
とくに勢いがあったのはQRコード決済サービスだ。「決済動向2021年4月調査」(インフキュリオン)によると、QRコード決済は全年齢層で昨年から10%以上増加し、全体で 54%と過去最高を記録した。
個別サービスではPayPayが交通系ICカードを抜いて2位になった。また、別の調査ではキャッシュレス利用者の6割以上が「キャンペーンやクーポンをきっかけにキャッシュレス決済を選ぶ」と回答、それで選んだサービスとしては「PayPay」が圧倒的人気だったそうだ(「まねーぶ調べ」より)。その登録ユーザー数は、日本の人口約3分の1にあたる4000万人を突破したというのだから驚きだ。
数%のポイント還元やクーポンが簡単に決済行動を変えてしまうとすれば、いかにわれわれは“おトク”に弱く、たやすく誘導されてしまうかという証拠だろう。
「シロアリ支出」にご用心
筆者はたびたび「おトクの罠」についてお伝えしている。消費者に向かって「トクですよ」とアピールするものには、たいていお金を浪費させるためのトラップが隠れているという意味だが、キャッシュレス決済にはこれが多い。現金とは違い、IDやアカウントで個人を紐づけられているのだから狙い撃ちもしやすいのだ。
そもそも自社の決済手段をどんどん使ってほしいのだからサービスするのは当たり前なのだが、巧みに消費者を誘導する仕掛けを張り巡らせている。名づけて、気づかないうちにどんどんお金を使わせてしまう「シロアリ支出」。身に覚えがないか、自分の行動を振り返ってほしい。
先のインフキュリオンの調査で、キャッシュレス利用者の興味深い一面が報告されていた。特にQRコード決済アプリの利用者は、非利用者に比べ、生活全般でアプリを利用する率が顕著に高いというのだ。お店のアプリを入れてクーポンを提示する、アプリでネットショッピングをする、銀行のアプリで残高チェックをする、音楽や動画の視聴をするなど、生活サービス全般を積極的に使っている。
ということは、それだけ「オトクキャンペーン情報」を受け取る機会も多くなるわけだ。50円引きのクーポンが使えます、初めてサービスを利用する人に限り200ポイントをプレゼント、この期間だけ10%還元に――と、続々知らせがやってくる。
もちろん無視もできるが、“ポイ活”好きの人だと浮き足立つ。よく行く店のクーポンがやってきたりすれば、使わずにはいられない。これを「“もったいない”消費」と呼んでいるが、手元にあるものを使わないのはもったいないという行動で、ムダにしたくないと思ってしまう人の心理だ。
わざわざそれを使うために出かけ、ついでに他の余計なものまで買ってしまう。せっかく忘れていても「もうすぐクーポンの期限切れですよ」というお知らせまでやってくる。おまけに、そのクーポンを使おうとして、支払いのためにスマホ決済の残高をまたチャージしてしまうと、さらなる「シロアリ支出」の穴に落ちてしまうのだ。
いつまでたっても使い切れない小銭残高
割引クーポンを使うために、足りない残高をチャージしたとする。スマホ決済で支払うと、その額に応じてポイントが還元されるのはご存じの通りだ。特に、スマホ決済サービスはたびたび大盤振る舞いをする。PayPayが高還元率キャンペーンを武器にグングン利用者を増やしたというのは、先に書いた通りだ。
しかし、この還元された端数がくせ者。チャージは現金や銀行口座、一部のクレジットカードでできるが、細かい金額ではなく1000円以上の単位が多い。使う金額ぴったりチャージできることはまずないため、どうしても端数が残る。さらに、数%のポイントが還元されると、もっと細かい端数が加わる。小銭のような、なんとも半端なお金がアプリ内に残ることになるわけだ。
スマホ決済だけでなく、nanacoやWAONなどの電子マネーもしかり。細々した小銭がちょっとずつ残ってしまい、それを使うためにまたチャージをし、そこに新しくポイントが還元され、それを使うためにチャージをし――以下繰り返し。トクしたつもりが、なぜかお金を使わされ続けるわけだ。実にうまくできた仕組みではないか。ポイント還元は消費者のためならず、がしみじみ身に染みる。
キャッシュレス決済では「払った意識が薄いのでムダ遣いにつながる」と言われるが、コロナ下ではそれがますます加速した。まず、動画サイトやマンガアプリなどの月額課金の契約をした人は多いだろう。たいていの場合、「契約した月は無料」というケースが多い。「入り口無料方式」と筆者は呼んでいるが、おためし気分で気軽にエントリーさせるための手法だ。
人はいったん手に入れたものを失うのはもったいないと感じる、と先に書いた。それに加えて、今受けているサービスをやめるのがめんどくさい、快適な生活を変えたくないとの現状維持心理が働く。しかも、支払いはカードなどのキャッシュレス決済だ。「さあ、これからお金払いますよ」とは言わず、勝手に決済してくれる。まさに、見えないステルス消費だ。
もうひとつのステルス消費は、これもキャッシュレスならではのオートチャージ。
ICカードもスマホ決済アプリも、その設定をすれば残高が一定以下になったら親切にチャージをしてくれる。ということは、いくら使っても「残高が足りません」と止められることなく、それこそ無意識の支払いを続けてしまう。
チャージ元としてクレジットカードを紐づけている場合は、利用明細に「オートチャージ」としか表示されないので、結局何に使った支払いだったかはそれだけ見てもわからない。スマホ決済の中には銀行口座からのオートチャージができるアプリがあるが、もしどんどん決済していけば、口座残高もどんどん減っていくわけだ。
使った意識もないまま、ふと口座残高を確認したら激減していた――としたらこれほどぎょっとすることはない。消費はステルス、そしてじわじわ残高を食い尽くす、まさにシロアリ支出そのものではないか。
利用データから消費喚起につなげるあの手この手
国が進めるキャッシュレス化は、個人の購買データを利活用し、さらなる消費喚起につなげるためのものでもある。以前あるアプリの話を聞いた。
一見よくあるスーパーのポイントカードアプリで、レジで提示するとポイントが付く。レジを通すたびに、アプリの会員IDに紐づいて、購入した商品データがどんどん蓄積されていく。
ただ、ユニークなのは、買ったもののデータを基に栄養士のアドバイスが受けられ、足りない栄養素などを提案してくれるという点。健康意識の高い客は、次回の買い物で「足りない」といわれた食品を購入するだろう。客にとっては健康アドバイスが受けられ、店側は普段なら買わない上乗せの消費を期待できる。消費者にメリットを感じさせつつ売り上げも上がる、なかなかの仕組みではないか。
また、別のところで聞いた話だが、スマホ決済アプリなどの購入データを10年単位で蓄積していくことで、その人の将来の生活状況が推測できるようになるという。例えば、食事は外食あるいはコンビニの弁当をよく買っているとか、歩数アプリから日ごろあまり歩いていないとか、そういう生活習慣からAI判定をすれば、かなりの精度で将来の健康リスクも割り出せるのではないか。それを基に医療保険をお勧めするというビジネスも考えられるわけだ。
デジタル社会とともに、ポイント還元などの魅力もあるキャッシュレス決済は今後より深く浸透していくだろう。ただし、われわれは利用データを差し出した見返りに、そのメリットを受けているという意識はどこかで持っていたほうがいい。
加えて、必要がなかった消費に誘導されていないか、払った意識がないまま使いすぎていないか、改めて確認することも大事だ。その管理はアカウントとパスワードを知る自分自身にしかできないだから。