「頼んだのはその牛乳じゃない」なぜ夫の買い物は妻をイライラさせるのか
※本稿は、佐光紀子『なぜ妻は「手伝う」と怒るのか:妻と夫の溝を埋める54のヒント』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■妻からバッシングされがちな買い物
「はじめてのおつかい」というテレビ番組をご存じだろうか。
子どもが、親御さんに頼まれて、初めてひとりでおつかいに行く姿をテレビカメラが追うドキュメンタリーだ。大人と一緒ならなんのことはないタスクを、三歳、四歳の子が初めてこなすことで起こる大冒険。
買うものを忘れてしまったり、おつりを取り忘れたり、買ったものが重くて持ち帰るのがつらくなってしまったり。そんなトラブルを乗り越えようとする子どもたちを、親ではなく、お店や周囲の大人が助ける。
途中で、くたびれてしまって、道にへたりこんだり、一緒にでかけた弟がだだをこねたりする姿を、カメラが丁寧に映し出すという人気番組だ。
確かに初めておつかいに行く三歳児、四歳児にとって、おつかいは文字通り未知の世界だろう。だが、見方を変えると、三歳児、四歳児でも、こなせるのがおつかいだ、とも言える。初回は確かに大冒険でも、慣れてくれば、子どもたちも、近所のお店に牛乳を買いに行くことなど、苦もなくこなせるようになってしまう。
そういう意味で、おつかいは、子どものお手伝いの典型だ。子どもでもできるんだから、大人の夫にとっては朝飯前。そう言いたいところだが、実際は、夫が手を出したときに、妻のバッシングがひどい家事の一つが、買い物だ。
■妻が想定した“絶対の正解”を買わなければ感謝されない
夫の買い物ネタをよく取り上げている投稿サイト「ガールズちゃんねる」から、バッシング具合をいくつか引用する(この章での引用は特に断りがなければ同サイトより)。
・画像付きで買い物頼んでも違うの買ってくるからもうどうしたら……
・三つ頼むとそのうちの二つを忘れて、その代わり大量のお菓子を買ってくる。子供のおつかいみたいだなぁと思うことがある。
夫の買い物へのコメントで非常によく出くわすのが「違う」「間違えた」という言葉だ。
これは、彼女たちの頭の中に、絶対の正解があることを示している。彼女たちが買い物を頼むとき、頭の中には、ドストライクの商品が一つはっきりとイメージされている。
それ以外のものは全て、はずれであり、間違いなのだ。別の言い方をすると、彼女たちの想定している絶対の正解を買ってこなければ、感謝もされないし、喜んでももらえない。
子どもがおつかいでうまくいくのは、単体やごく少数のものを頼まれるからだ。そこには、子どもの自主性も独自の判断も、入り込む余地はない。言われたことをちゃんとやることが、買い物の最大のタスクなのだ。
そういう意味で、おつかいではあくまでも、ボスたる妻のご意向にあったものを外さずに買ってくることが求められる。買い物、特に頼まれたものを買ってくるというおつかいの作業は、独自性や任せてもらうタイプの家事シェアにはなりにくいことは、頭の片隅においておきたい。
■頼まれた商品を買ってくればいいわけではない
こと買い物に関して言うと、妻の中にある絶対の正解は、二つの要素から構成されている。
一つは商品そのものの選択。もう一つは「正しい」単価だ。この両方がクロスしたところが彼女のドストライクの正解となる。そして、このドストライクから外れればはずれるほど、「これじゃない!」「違うものを買ってきた!」という怒りは大きくなると、腹をくくった方がよいと思われる。
ストライクゾーンについて、ガールズちゃんねるに出てくる例から、いくつか具体的に考えてみたい。
(1)キャベツ
野菜の場合、商品の要素は振れ幅が小さい。キャベツと言われれば、キャベツ。ガールズちゃんねるでしばしばやり玉にあげられているのが、キャベツの代わりにレタスを買ってきたといった商品の取り違えだ。これは残念ながら論外。
・キャベツ買ってきてって言ったらレタスだった
・キャベツ切らして夫にキャベツ買ってきてとお願いしたのにレタス買ってきた。キャベツとレタスの見分けがつかないと言い訳してたけど、プライスカードに書いてるよ!
ありがちな取り違え例の代表は、キャベツとレタス、ブロッコリーとカリフラワー、ほうれん草と小松菜あたりか。子どもが間違えたのならば、笑いの種で済むところだが、相手が大人だと「常識がない」と受け止められ、怒りを買うことになる。
確信が持てない場合は、見栄をはらず、売り場で表示を確かめるか、写真で確認したいところだ。
■どうすれば「正しいキャベツ」を選択できるか
一方の単価については、イオンのネットスーパーを中心に、東京近郊の有機野菜専門店などの価格も参考にしてマトリックスを作ってみた(図表1)。
一口にキャベツと言っても、有機野菜か産直か、国内産かといった違いで価格に開きがある。同じスーパーでも、有機野菜は、通常の国内産とは別の棚にある。そして、有機野菜は、通常品より見てくれは劣るが、遥かに値が張る。
妻にとって「正しいキャベツ」を選択するには、妻の商品へのこだわりを認識していなければならない。例えば、日頃から有機野菜を使っているのであれば、選ぶべきは当然、高くて、恐らくは一般品より小ぶりの有機野菜ということになる。
一方で、普段有機以外の国内産を選んでいる妻の場合は、有機野菜を買っても喜ばれない可能性は非常に高い。一玉200円前後の国内産か産直品があったとすれば、そのどちらかならほぼ安全だ。
こと野菜に関しては、広めのストライクゾーンというものが存在せず、ドストライク一択なので、外したら、そこでゲームオーバーだ。有機野菜か通常品かを選び間違えるということは、妻の日頃の買い物へのこだわりに気がついていない(=私を理解していない)という解釈につながる。
ドストライクを外さないためには、野菜は、想定単価を確認しておくとよい。そして、実際の店頭で見つけたものが妻の想定単価と30円以上の乖離があったら、まずは、購入の意向を確認すると安全だ。
■「わが家の定番を理解していない」が怒られる原因
高すぎる買い物は日頃の妻の節約の努力をわかってくれていない、という思いにつながる。
同時に、安すぎるものに対して品質に不安を感じる女性は多いので、極端に安いときも、「すごく安いよ」と連絡を入れてみる方が問題は起こらない。もちろん、一玉で買ってきてと言われたのに、安い! と飛びついたら半玉だった……なども、評価の対象外になる可能性は高い。
野菜の買い物は、簡単そうでいて、ドストライクが狭い分、失敗する可能性が高い。一人で買い物に行く前に、妻の買い物に同行し、日頃のこだわりなどを確認することをおすすめしたい。
(2)牛乳
牛乳などの乳製品、豆乳などは、商品ベクトルの振れ幅が大きい。普通の牛乳の他に低脂肪、特濃など、脂肪分の含有率によって味が異なる。商品ごとに使用方法も異なり、好みも異なるので、「わが家の定番」を意識、確認したい。
こちらも、イオンのネットスーパーの商品を例に、牛乳マトリックスを作ってみた(図表2)。
・成分無調整だよ! 成分無調整! って頭に叩き込んだら間違えなくなったw
・牛乳ではなく特濃牛乳を買ってきた。本人は気を利かせて、少し高価な濃い牛乳を買ってきたつもりだったそうです。
・いっこいっこ全部指定せな分からんのか……めんどい。毎朝ヨーグルト、パン、牛乳、ウインナー食べてるよね? その辺の想像欠如に驚く。
・「家にあるのと同じもの」「いつも使ってるやつ」って言ってるのに! どんだけ普段食材とか調味料見ずに食べてるのかと思うと腹立ってくる。
もめ事の一つは「わが家の定番を理解せずに、無意識に食べている(あるいは使っている)」ことが、買い物でバレてしまうことにある。
これが普段、あれこれ考えて買ってきているのに、「どんだけ普段食材とか調味料見ずに食べてるのか」という怒りにつながるのだ。
■日頃の買い物行動を尊重する姿勢を見せることが重要
ご自身が主夫として家事を担っている、京都在住の家事ジャーナリストの山田亮さんは、わが家のスタンダードは、買い物を主に担っている人が強く意識しているだけで、他の家族はほとんど気にしていないと見る。
男か女かの問題は、もちろんない。主体的に買い物をしているかどうかの問題だ。
山田家では買い物を主にするのは、亮さん自身だ。ご家族は、山田さんが選んだものを黙って使っている。買い物をする側は、「黙って使っている=その商品を承認している」だと考える。もちろん、商品名なども頭に入っているものだと思い込んでいる。
しかし、実際には、パートナーやお子さんは、彼が日頃どんな商品をどういう基準で選んでいるかにほとんど関心を払っていないと亮さんは言う。「トイレットペーパーでも、妻は、自分がかわいいと思うものを買ってくる。そこに、僕が普段何を買ってきているか、それにあわせようなんていう発想はない」。
山田家の他のメンバーが、亮さんの買ってきたものを黙って使っているからといって、その商品を理解し、承認しているとは言えないのだ。もう少し言うと、「わが家の定番」を理解しているのは、実は、山田家では自分だけだと亮さんは明かす。「このあたりの情報共有が不十分な家庭は多い」と亮さんは指摘する。
ということは、普段買い物をしている妻以外のメンバーが「わが家の定番」を十分認識していないという事態は、それほど珍しいことではない。
しかし、絶対の正解をクリアすることを求める妻には、それが家事への意識の欠如、関心の低さ、ひいては自分の日頃の家事への評価の低さに見えてしまう可能性がある。したがって、もめないためには、写真などで確認し、彼女の日頃の買い物行動を尊重する姿勢を見せることが重要だ。
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佐光 紀子(さこう・のりこ)
家事研究家
1961年生まれ。東京都出身。1984年国際基督教大学卒業。2016年上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士前期課程修了(修士号取得)。繊維メーカーや証券会社で翻訳や調査に携わったあと、フリーの翻訳者に。翻訳をきっかけに、重曹や酢などの自然素材を使った家事に目覚め、研究を始める。著書に『キッチンの材料でおそうじするナチュラル・クリーニング』(ブロンズ新社)、『もう「女の家事」はやめなさい―「飯炊き女」返上が家族を救う』(さくら舎)、『家事のワンオペ脱出術』(エクスナレッジ)、『家事は8割捨てていい』(宝島社)、『「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす』(光文社新書)などがある。
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(家事研究家 佐光 紀子)