志村けんとの間に噂された確執…『全員集合』の快進撃を支え続けた盟友いかりや長介の知られざる“本音” から続く

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 霜降り明星せいやのふとした一言がきっかけとなり、一大ブームとなった「第七世代」。お笑い界を世代で分けて概観する画期的な言葉の発明によって、第一世代から第六世代までの大まかな分類が行われ、世代ごとの違いについても盛んに論じられるようになった。それでは、結局のところ「第七世代」の芸人にはいったいどのような特徴があるのだろうか。

 ここではお笑い評論家のラリー遠田氏の新刊『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社)を引用。第七世代の芸人が人気になる理由について紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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第七世代はひな壇でガツガツしない

 お笑いの歴史の中で、一度に多数の若手芸人が注目されてブームになる現象は何度もあった。ただ、第七世代の台頭は、これまでの若手芸人ブームとは質が違う。

 ここ数十年の間に、新しい世代の芸人は続々と出てきたが、第二世代の明石家さんまや第三世代のダウンタウンはいまだ現役でテレビの最前線に立っている。

 下の世代の芸人は彼らと共存することはできたが、彼らの地位を脅かすことはできなかった。

 だが、第七世代と上の世代との違いはもっと根本的なものだ。第七世代の出現によって、第一世代から第六世代までの芸人が一気に古いものになる可能性がある。

 上の世代の芸人との価値観のズレや考え方の違いは、すでにバラエティ番組でもたびたび話のネタになっている。

 たとえば、芸人が多数出演するひな壇番組に呼ばれたとき、上の世代の芸人は自分をアピールするために必死になる。自分が話すスキを見つけると、立ち上がって声を張り上げたりもする。

 だが、第七世代の芸人はそこまでガツガツしていない。ひな壇の片隅にのんびりと座っていて、自分の番が回ってきたら何か言えばいいや、という感覚の人が多い。


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 決してやる気がないわけではなく、考え方が根本的に違うのだ。『世代論の教科書』(阪本節郎・原田曜平著/東洋経済新報社)によると、1983〜1994年生まれは「さとり世代」と呼ばれる。1989年以降の生まれである第七世代は「さとり世代」とも重なっている。

 同書では、さとり世代の特徴として「『少子化』で競争が少ない」ということが挙げられている。

 日本の合計特殊出生率は70年代後半から減少を続けてきたが、その中でも少子化問題が表面化したのは、さとり世代が生まれた時期にあたる1990年の「1.57ショック」からだった。

 このとき、合計特殊出生率が1.57を記録し、これが丙午の迷信による出生数減によって合計特殊出生率が1.58だった1966年よりも低かったため、世の中に大きな衝撃を与えたのだ。

 さとり世代は人口が少ないため、受験勉強やスポーツのうえで、それまでの世代と比べて競争が激しくなかった。

 また、さとり世代の中でも1987年から2003年に生まれた人は、ゆとり教育を受けていて「ゆとり世代」とも呼ばれた。

 知識偏重型の詰め込み教育が問題視され、学習時間と内容が減らされた。

 そんな(ゆとり世代を含む)さとり世代は、競争しなければいけないという意識が薄く、他人を押しのけてまで自分の意志を通すことを望まない。

 第七世代の芸人がひな壇でガツガツしないのは、そのような理由もあると思われる。

YouTuberも芸能人も同列

 第七世代芸人の最大の特徴は、物心ついた頃からインターネットが身近にあったデジタルネイティブ世代であり、お笑い以外の文化にも幅広い関心を持っていることだ。

 具体的に言うと、上の世代の芸人と比べて地上波テレビを絶対視するような意識が薄く、YouTuberなどにも偏見を持っていない人が多い。

 実際、霜降り明星のせいやは「第七世代」という言葉を初めて口にした際、芸人だけではなく同世代のYouTuberとも団結していきたいという趣旨のことを語っていた。

 2017年、私は、のちに第七世代と言われるお笑いトリオの四千頭身を取材したことがあった。

 そのときに新鮮に感じたのは、取材の合間に彼らが雑談で「この前、コンビニに行ったらたまたまYouTuberの◯◯さんを見かけたんだよ!」「えっ、マジかよ! ◯◯さんを生で見られるなんてすごいじゃん」などと語り合っていたことだ。「◯◯さん」というのは、当時30代後半の私が聞いたこともないようなYouTuberの名前だった。

 20代前半の彼らが、人気YouTuberを芸能人のように考えているのは当たり前のことなのかもしれないが、曲がりなりにもプロの芸人である彼らにも、そういう感覚があるということに驚いた。

 今ではプロの芸人も続々とYouTubeに参入するようになり、たとえ上の世代の芸人であっても、YouTuberを頭ごなしに否定的に見るようなことはなくなってきた。

 だが、それはあくまでも、あとから知識として学んだことだろう。

 上の世代の芸人の大半は、YouTuberを芸能人と同列の存在として考えてはいなかった。

 娯楽が少ない時代には、テレビは流行の発信源として若者に不可欠なものだった。だが、今はそうではない。「芸人はテレビを目指すのが当たり前」という常識は彼らには通用しない。芸人の活躍の場はどんどん広がっていて、もはやテレビだけが絶対的な存在ではない。

 第七世代の中には、自身のYouTubeチャンネルで積極的に発信を行っている芸人が多い。単に流行っているから手を出してみたというレベルではなく、自分たちが面白いと思うことを表現するために主体的に取り組んでいることがうかがえる。

仲の良さを見せることに抵抗がない

 そんな第七世代の芸人は、これまでのテレビ界やお笑い界の常識に縛られず、自由な考え方をする人が多い。「芸人ならこう考えるべきだ」「テレビではこういうふうに振る舞うべきだ」といった旧来の考え方を真っ向から否定することもある。

 過去のお笑い界では芸人同士が対抗心をむき出しにして激しく対立していた。若手芸人の間でも「あいつらには負けない」と互いに意識し合うことが当たり前だった。

 しかし、第七世代の芸人同士は仲が良く、互いに助け合い、励まし合っている。コンビの2人が本当に仲がいいというケースも多い。

  ここで重要なのは、実際に彼らがプライベートで仲良くしているかどうかではない。単に普段は仲がいい人もいるというだけなら、上の世代の芸人もそれほど事情は変わらない。

 この件に関して、上の世代の芸人と第七世代の芸人との最大の違いは「芸人同士が和気あいあいとしている姿を人前で見せるべきではない」という美意識があるかどうか、ということだ。

ケンドーコバヤシが語る“戸惑い”

 上の世代の芸人は、お笑い界を厳しい競争社会であると捉えていた。そのため、そこでライバル同士であるはずの芸人が仲良く馴れ合っている姿を見せるのは、銃弾飛び交う戦場でふざけているようなもので、戦う者同士としてはあり得ない行動であると考えていた。

 だが、第七世代の芸人にはそういう感覚がない。芸人が仲良くしていてもいいし、それを人前で見せるのにも抵抗がない。

 そして、世間の人もそれを当たり前のように受け入れている。

 上の世代の芸人であるケンドーコバヤシは、そんな芸人観の変化に戸惑いを感じている。

〈「お笑いコンビは仲良くないとダメだとか、芸人はいい人じゃなかったらダメだとか、とにかく絶望的につまらない時代になっているな、とは思います。僕がデビューした頃の芸人って、言葉は悪いですけど『ならず者』みたいなやつしかいなかったですからね。養成所は少年院みたいな雰囲気でした。それが刺激的で面白かったし、そういうやつらに対して自分も『負けへんぞ』と思っていたんです」(Yahoo!ニュース特集「絶望的につまらない時代」――“Mr.やりたい放題”ケンドーコバヤシの流儀)〉

 一昔前にテレビに出始めた頃のおぎやはぎは「コンビ仲のいい芸人」というキャラクターで注目された。その頃には、コンビは仲が悪いのが当たり前だったので、仲がいいということだけで珍重されていたのだ。

 今では、コンビの仲がいいことは珍しいことでも何でもないので、それがことさらに取り上げられることもなくなった。

「芸人は努力を見せるな」は時代遅れ

  第七世代の芸人は、自分の目標について熱く語ったり、お笑いに真剣に取り組んでいる姿をさらしたりするのも平気だ。そこに一切の照れがない。

 お笑いの世界では昔から「芸人は人前で努力を見せるものではない」という不文律があったのだが、そんな考え方もいまや時代遅れになりつつある。

 お笑いコンテストなどの舞台裏にカメラが入り込み、壁に向かって必死で漫才の練習をする芸人の姿が放送されることも多い。

価値観が変化した大きなきっかけ

 この点で人々の価値観が大きく変化するきっかけの1つになったのが『M-1グランプリ』である。

 若手漫才師が日本一を目指して争う『M-1』は、島田紳助の発案により始まった。紳助は凄腕の芸人でありながら、天才的なプロデューサーであり、無類の「感動好き」でもある。

 紳助は『M-1』を単なる漫才の大会ではなく、一種の人間ドキュメントであると考えていた。

 若手漫才師が、優勝を目指して1年かけて努力を続け、己のプライドを懸けて真剣勝負を繰り広げる。『M-1』の生放送では、楽屋や舞台裏にまでカメラが入り込み、緊張する芸人の様子を映し出していた。優勝が決まった瞬間、芸人たちは感極まって握手をしたり、抱き合ったり、涙を流したりした。

 単なる漫才のコンテストを感動的な人間ドラマに仕立て上げたことで、『M-1』はお笑い界有数の人気コンテンツになった。『M-1』が始まった2001年当初、お笑いに感動の要素を持ち込むことは一種のタブーとされていた。

 だが、『M-1』があまりにも華々しい成功を収めたために、そこに感動的な演出があることが当たり前になり、見る側もそれを期待するようになった。

 第七世代の芸人は、物心ついた頃から『M-1』を見て育っているため、「感動路線」のお笑いに対して抵抗がない。

 むしろ、『M-1』を見続けて、素直に自分も熱い気持ちになり、優勝したいという夢を抱く。そして、一心不乱にそこに向かう。

 その過程に一切の照れがないというところが、第七世代の際立った特徴である。

第七世代が先輩からかわいがられる理由

 そんな第七世代の芸人は、上の世代の芸人と価値観の違いで激しく対立しているのかというと、決してそんなことはない。

  むしろ、テレビやライブで見る限りでは、第七世代の芸人は先輩芸人からも愛され、かわいがられている。

 少し前までのお笑い界では、駆け出しの芸人は先輩芸人に冷たく対応され、潰されてしまうのが普通だった。潰されても潰されてもはい上がってくる力のある芸人だけが、何とか生き残っていくことができた。

「いじられるのが上手い人しか生き残れない」という定説めいたもの

 具体的に言うと、2010年から2017年ぐらいまでのお笑い界では「若手芸人はいじられるのが上手い人しか生き残れない」という定説めいたものがあった。

 たとえば、この時期にテレビに出るようになったのが、バイきんぐの小峠英二や三四郎の小宮浩信である。

 当時の彼らはいじられ役として、ひな壇番組で先輩芸人にあれこれ責め立てられたり、ドッキリ番組でさまざまな罠にはめられたりした。

 そこで面白さが認められたことで、それ以外の番組にも出られるようになった。この時期には、原則として芸人の縦社会で先輩から「洗礼」を受けなければ、世に出ることができなかったのだ。

第七世代芸人の強み

 だが、第七世代の芸人に対しては、先輩芸人もそこまで厳しくはしない。むしろ、気を使って優しく振る舞うのが普通だ。

 そうなった理由の1つは、世の中の意識の変化だろう。セクハラやパワハラが深刻な社会問題として認識されるようになったことで、たとえ芸人同士の冗談半分のやり取りだとしても、高圧的な振る舞いを嫌悪する視聴者が増えてきた。

 多くの人が職場や家庭や社会でさまざまな抑圧を受けている。それを連想させるような言動は受け入れられにくくなった。

 また、上の世代の芸人としては、第七世代の芸人は歳が離れすぎているため、純粋にかわいく見えるということもあるようだ。

 たとえば、第二世代の明石家さんまや第三世代の松本人志にとって、第四世代から第六世代までの芸人は近い距離にいる後輩である。

 だが、第七世代の芸人は、そのさらに下の世代ということで「孫世代」にあたる。だから、彼らに対して厳しくするという感覚がない。

 一方、第七世代の芸人も、さんまや松本が血気盛んだった若い頃のことを直接は知らない。

 そのため、先輩芸人に対して過度に萎縮せず、フラットに接することができる。この点も第七世代の芸人の強みである。

【前編を読む】志村けんとの間に噂された確執…『全員集合』の快進撃を支え続けた盟友いかりや長介の知られざる“本音”

(ラリー遠田)