「壊れちゃうんじゃないか」。日本ハム・栗山英樹監督が何度も見た清宮幸太郎の涙
『特集:We Love Baseball 2021』
3月26日、いよいよプロ野球が開幕する。8年ぶりに日本球界復帰を果たした田中将大を筆頭に、捲土重来を期すベテラン、躍動するルーキーなど、見どころが満載。スポルティーバでは2021年シーズンがより楽しくなる記事を随時配信。野球の面白さをあますところなくお伝えする。
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今シーズン、日本ハムの監督として10年目のシーズンを迎えた栗山英樹監督。2016年には自身2度目のリーグ制覇を果たし、日本一も経験。だが、その後は優勝から遠ざかり、昨年もリーグ5位に終わった。はたして、今季はどのようにしてチームを立て直し、清宮幸太郎を筆頭とした次世代の主軸候補たちをどう育てていくのか。指揮官を直撃した。
日本ハムの指揮官として10年目を迎えた栗山英樹監督
── 監督として10年目のシーズンを迎えました。
「この何年か、苦しかったなぁ......。僕が悪いんですけど、でもこれだけ苦しんで、これだけいろいろなことを試させてもらって、それって本当に幸せなことだと思うんです。人間って苦しい時にしか成長しないって選手にはよく言うんですけど、じつは僕も同じで、成長しているかどうかはともかくこの数年、野球ってこうかもしれない、物事ってこうなのかもしれないと考えさせてもらう時間にはなりましたからね。この4年、ファンの人には申し訳ない結果になってしまったけど、だからこそ自分にとっての10年目は還元しなきゃ、恩返ししなきゃというシーズンなんです」
── 監督になって10年、ずっと一緒にプレーしている選手は10歳、トシを取っています。中田翔、西川遥輝、中島卓也、近藤健介ら、若い時からステップを踏ませて、ポジションを若いうちに掴んだ彼らは今もチームのど真ん中にいます。監督にはそんな選手たちのことが大人に見えますか、それともまだ子どもに見えていますか。
「そうね......大人にも子どもにも見えてないかな。『もう、オレの手から離れた』という感じ。その次の世代をつくらなきゃ、ということです。次の世代の選手たちが僕の手を離れた選手たちを越えていってくれれば、すごく強いチームになるはずですからね。(西川)遥輝とかコンちゃん(近藤)とか、もちろん(中田)翔も僕にしてみれば『もう、オレじゃねえだろ』って選手でしょ。自分たちでベースをつくって、さらに突き抜けなきゃ。その段階になったら僕は何もできません。自立している彼らは、ここから先は自分で突き抜けないと......。そのために『キミたちがヤバいと危機感を持てるような下の世代の選手をつくるからな』ということを意識しています」
── 監督1年目の2012年にリーグ優勝を果たして、その年の日本シリーズでジャイアンツに敗北。そこからいろんなことを積み重ねて、4年目の2016年、カープを倒して日本一を勝ち取りました。その直後、「このチームをぶっ壊す」と宣言しての再構築。そこからの4年目が昨年でしたが、結果は5位。優勝したホークスには20ゲーム差をつけられました。
「去年に関してはウチの形がつくれませんでした。ウチの場合はブルペンがしっかりしないとチームを落ち着かせることができません。ブルペンにケガ人が続出して、宮西(尚生)ひとりに頼らざるを得ない状況は苦しかった。いくつか、落としたことが痛かった試合はありましたが、ブルペンがしっかりしていればよくない流れを早めに止めることができるんです。
それが、相手に負けるよりも前に自分たちから負けてしまう試合が多かった。選手たちもどうやらそれはわかっているようで、伝え聞こえてくるのは、『自分たちから崩れて負けるパターンって、今まではウチが相手をそういうふうに追い込んでいたはずなのに、今は逆になってるよ』という声。つまり選手たちはどうしなくちゃいけないかをわかっていて、なんとかしようと思って戦っていたことは間違いありません。その先はこっちの問題なんでね」
── では、この4年間というスパンで考えると、監督の誤算はどこにあったのでしょう。
「誤算というか、反省すべきは、軸になる選手をつくり切れていないということです。チームにはでっかい木の幹が必要で、そのためにはやっぱり長打が必要なんですよね。タイシ(大田泰示)にしてもナベ(渡邉諒)にしても、数字は残ったけど、彼らが持っている長打力をまだ完全には引っ張り出せていない。その次の世代についても同じです」
── 去年も4番は中田翔選手でした。
「(中田)翔にしても、去年から4番にはこだわっていません。勝つ確率が高くなるなら、翔は1番でも2番でもオッケーだと考えています。10年前は、チームの幹をつくるために翔を4番に据えて、4番とは何かを体感させてきました。そこで彼が結果を残してきた以上、もう翔の打席数をいかに勝利に結びつけるかということを考えていい段階だと思っています。とすると、次は誰をチームの幹に据えるのか。去年はタイシを4番にしてもよかったんだけど、でも数字的に翔だった。タイシはまだ翔を越えていませんからね」
── 清宮幸太郎選手はいかがですか。
「この3年間、幸太郎はケガもあって1年を通して、ちゃんと野球がやれていません。去年はエラーしたり打てなかったりで、幸太郎の涙を何回も見ました。壊れちゃうんじゃないかと心配になるほどの追い詰められ方をしているように僕には見えて。でも、ここで楽をさせたらそうやって苦しんだ経験が活きないとも思っています。ここを絶対に逃がしてたまるか、ここを乗り越えることができれば幸太郎はこのチームの揺るぎない軸になれるんだからと、そう思ってやってきました」
── 実際、今年のキャンプではケガもなく過ごしてきました。オープン戦も出場機会が限られるなか、ギリギリのところで踏みとどまっているイメージです。
「そうですね。ただ、たとえば外の甘い球をレフト方向へ打つ姿を見ていると、その結果がヒットでも、幸太郎はどうしたくてああいう打球になるのかなってところは気になっています。たしかに外角の球を強く振って、それがファウルになる、というアプローチが去年はずっと続いていました。だからヒットが欲しいという気持ちはわかるんですけど、外角の甘い球はガーンとセンターへホームランを打つイメージでアプローチしてほしいんですよね。それをミスショットして、ファウルになって、結局、追い込まれて三振、というのが嫌なのかもしれませんが......」
── 昨年は96試合に出て、ホームラン7本、打率.190。この3年間、残した数字はほぼ横ばいでした。4年目の今年は、一気に突き抜けた数字を求められますからね。
「左方向へヒットを打つという結果が出るのはうまく打てているからだし、うまく打てるのは悪いことじゃない。本当に幸太郎のよさを出していくためには、まずは結果を残して、自分の心の中の突き上げのようなものをなくさせるという考え方もあります。結果が出て、それから自然と自分のよさが出てくるという。
だから幸太郎に関しては、細かいことは言わないほうがいいのかな。ホームランを30本打たなくちゃいけないバッターだし、打てるバッターです。"うまく打つ"先に"強く打つ"があればいいわけだし。こっちは幸太郎に限らず、30本のホームランを打てるバッターをつくらなきゃいけない。もちろんジェイ(野村佑希)だって、その(候補の)1人です」
── 清宮、野村、万波中正、樋口龍之介もいます。監督がいつもおっしゃっている、チームに眠っている"マグマ"ですね。
「まったく新しいものがいくつも目の前にあるんだから......。10年もやれば監督業ってこういうもんだよねって感じなのかと思いきや、全然、そんなんじゃないんです。今シーズン、ウチって前評判、高くないでしょ。だからこそおもしろいし、ドキドキ、ワクワクする。『しでかしてやるからな、見てろよ』みたいな感じが沸き上がってきます。
だってローテーションもまったくわからないし、野手のレギュラーにしても、彼らがヤバいと思う選手をつくる楽しさがある。選手を安心させない環境をつくるのは、こっちの誠意なんです。『監督、ムチャクチャするな』『まったく、ウチの監督はしょうがねえな』って思わせるくらいの厳しさがあってこそ、選手が成長するのに必要な環境が整うと思っているし、それこそが彼らに対する恩返しなんです。そうしないとみんな、さらに上へと一気に突き抜けられません」
◆ハム流育成法。どうやって高卒選手を不動のレギュラーにするのか? >>
── パ・リーグを制するには4年連続日本一のホークスを倒さなければなりません。打倒ホークスへ、今シーズンのファイターズはどんな戦いを挑みますか。
「ホークスの強さは何かというと、絶対的な競争が起こっているところだと思うんです。レギュラーがいつもピリピリしている。これこそがチームをもっとも強くする要因です。そういうレベルにウチのチームを持っていくためには、オマエを蹴落としてやる、と意気込む若手をレギュラーにぶつけるしかない。ウチが築いてきたスカウティングと育成は、ホークスのようにたくさんの選手を獲って激しい競争を起こす形ではなく、違った形で選手が一生懸命になる環境をつくるしかない。育成に関しては絶対に負けてたまるか、という思いはありますからね」
── つまり、何人もの競争の中から勝ち抜く1人をつくるのがホークスの育成なら、レギュラーに対して若い1人をガチンコでぶつけて1対1で競争させるのがファイターズの育成、ということですか。
「ホークスのようにすべてのポジションで激しい競争が起こって、何人もの中から勝ち抜いて出てくるレギュラーは当然、とんでもないレベルの選手です。だったらウチは二遊間のレギュラー2人に、どちらにもプレッシャーをかけられる、セカンドもショートも守れる若手を1人つくる。そうすれば1人で2人に危機感を持たせられるでしょ。そういう形をつくれれば理想的ですけどね」
2016年以来の優勝を目指す日本ハム・栗山監督
── 今シーズンの開幕3連戦の相手はイーグルスです。となれば、田中将大投手は第2戦に先発してくるようです。
「みんなが快刀乱麻を期待しているなかで、ウチがマー君(田中将大)に一泡吹かせたら、そりゃ、おもしろいよね。僕は彼が帰ってきてくれて本当によかったと思ってるんです。ウチの選手には『まさかマー君のことを好きに打っていいなんて思ってないよな』と言いますよ。『そんな野球でマー君に勝てますか』『この球だけ狙っていこうとか、ツーストライクまでは見ていこうとか、なりふり構わず徹底していかなきゃ、とても通用しませんよ』って。そういう野球をやらなきゃ勝てない相手がいてくれるというのは、成長する材料になるんです。だからマー君様々なんですよ。
すげえピッチャーの力を借りて、我々がどう成長させてもらえるか。何しろ僕が監督になってからの2年間、田中将大には一回も勝ててないんだから。みんなで心をひとつにしてマー君をやっつけるぞって、フォアボールを必死で取りに行く。......そういう野球って、いいじゃないですか。知恵を振り絞って、野球の原点に立ち返る。そうさせてくれるのがマー君なんです」
── 秘策はありますか。
「今年、どうやったら選手たちに野球の魂が伝わるかなと思って、野球マンガをオフに読み返してみたんです。『ドカベン』(作者・水島新司)とか『MAJOR』(作者・満田拓也)とか......そうすると、あらためて山田太郎とか茂野吾郎の魂が感じられた。野球に対する魂、仲間に対する魂、そういうものがなければ最後の最後に本当の力は出ないんだなって。『論語と算盤』(著者・渋沢栄一)もいいけど、野球マンガの話をしたほうが今の選手には伝わるのかもしれないなと思いました。
だから打倒マー君の秘策は、マンガよりも現実が先へ行くような、ムチャクチャをしてやろうかなと思ってます。采配も含めて、型にはまらないほうがいい。もっとも、僕の世代は『黒い秘密兵器』(原作・福本和也、漫画・一峰大二)なんですけどね。知ってます? 椿林太郎。黒い秘球、ゼロの秘球、魔の秘球、かすみの秘球。大リーグボールよりも前に秘球があったんですよ。読んでみて下さいよ、『黒い秘密兵器』。魔球? 違う違う、魔球じゃなくて、秘球です(笑)」