ヤクルトの春季キャンプ(沖縄・浦添市)の練習が始まるのは午前9時。選手たちはそこに向けて、それぞれが忙しく準備している。8時過ぎに室内練習場の前に立っていれば、まずはバント練習を終えた山崎晃大朗が姿を見せ、次にストレッチ用のマットを抱えた内川聖一を見ることができる。

 内川は昨年オフにソフトバンクを退団し、今季からヤクルトの一員となった。背番号7の新しいユニフォームを身にまとい、21年目の現役生活をスタートさせた。


今シーズンからヤクルトでプレーする内川聖一

「よくウチに来てくれた。内川が入ったことでたくさんのプラスが考えられますからね」

 杉村繁打撃コーチはそう言って目を細めた。ふたりは横浜(現・横浜DeNA)時代に同じユニフォームを着たことがあり、じつに11年ぶりの再会となった。

「久しぶりに接しましたが、いい意味でまったく変わってなかったです。野球に取り組む姿勢など、非の打ちどころがない。去年、一軍出場はありませんでしたが、内川ほどの選手になればブランクは関係ない。スイングは相変わらずコンパクトで無駄な動きがなく、逆方向に打たせれば日本一だし、練習を見ていると8割は芯でとらえている」

 そして杉村コーチは「若い選手に与える影響にも期待しています」と話し、こう続けた。

「内川には右打者としての構えや軌道、ミートポイント、バッティングに対しての考え方......これから実戦に入っていけば、試合への取り組み方など、参考になることは多い。なによりソフトバンクで日本一を何度も経験している。その経験を伝えてくれたらありがたいですよね。

 ウチには左打者に青木(宣親)というすばらしい見本がいます。これで左右の歴代有数のヒットメーカーが揃った。若い選手たちにとってはこんないい環境はない。コーチからよりも、選手からのアドバイスのほうが感じ方も違ってきます。ふたりの背中を見て、しっかり吸収してほしいと思います。村上(宗隆)たちの若い世代がもっと成長して、いい競争が生まれれば野村(克也)監督の頃のような強いヤクルトになるんじゃないかと楽しみにしています」

 これまで内川は通算2171安打を放ち、首位打者2回、最多安打2回のタイトルを獲得。青木は日米通算2478安打を放ち、日本では首位打者3回、最多安打2回を記録している。

 キャンプを見ていると、内川加入の効果をさっそく感じることができる。西浦直亨が内川の打撃練習に見入っている姿はとても印象的で、スイングから打球の行方まで目を離さず追いかけていた。

 内川はプロ8年目に打率.378で首位打者を獲得し、一躍球界を代表するバッターへと成長を遂げた。今年プロ8年目となる西浦も飛躍のシーズンにしたいところだ。

 また6年目の廣岡大志は、積極的に内川に近づき、質問を繰り返していた。

「同じ右打者で実績もすごいですし、教科書みたいな方が同じチームなのでプラスしかないです。聞きたいことは全部聞いて、吸収していこうとやっています」

 先日は一死三塁で、内野の守備位置が下がっている場面での打席について、内川に質問したという。

「内野ゴロでも1点が入る時に、どういう心理で打席に立っているのかを聞きました。僕はゴロで1点だと思うと、それを意識しすぎるあまり(体が)前に出てしまうので......。もう少し簡単にゴロを打つためにはどうすればいいのか。打ち方というよりも、考え方の部分を聞きました。内川さんは『そういう時は詰まったろ』くらいの気持ちでいいんだよと」

 今回のキャンプにはOBの古田敦也氏が臨時コーチとして選手たちにアドバイスを送っていた。

「若い選手というのは劇的に伸びる瞬間があるので、それを信じて頑張ってくれたらと思います」

 このキャンプでの内川と青木の練習する姿を見れば、若い選手が劇的に伸びる瞬間の手助けになってくれるのでは......と期待は膨らむばかりだ。

 青木は、朝は誰よりも早くトレーニングルームに来て、自転車を漕いだり、ストレッチをしたり、体幹強化に励んでいる。その姿を見るだけでも大きな刺激となるはずである。

 2月18日、グラウンドで山田哲人と村上が打撃練習をしている時だった。そのうしろで内川と青木がふたりのバッティングを見ながら話し合っていた。

 内川に打者としてのチームでの役割について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「自分自身がどういう役割を担うのかは、開幕直前にならないとわからないので、そこはこれから考えます」

 チームのなかでどういう存在でありたいかについて聞くと、「今は新しく入った選手なので、周りの選手が自分に興味を持ってくれているというだけの話ですので......」と言い、こう続けた。

「右打者と左打者って似ているところもありますけど、違うところもあると思っています。そういうなかで、右打者として今までやってきたことや経験したことを、聞かれれば伝えたいと思っています。

 また伝えることで、『自分はあの時はあんなことをやっていたな』と思い出すことがたくさんあるのではないかと......。伝えることで、若い選手たちプラスになればうれしいですし、僕自身も思い出すことがあればいいなと思っています」

◆内川聖一が明かす現役続行を決断した要因>>

 内川には2年連続で最下位に沈むチームに、勝者のメンタリティーを伝えることも期待されている。

「ただ、僕自身は勝者とは思っていません。ソフトバンクは4年連続日本一になっていますが、そこにいたというだけの話ですから。僕が経験したことが必ずしもすべてではありません。ヤクルトというチームに入団して、試合をしていくなかで自分の感じたことなどを伝えながら、もっとヤクルトのことを知りたいと思っています」

 2月23日の巨人との練習試合。内川は5番を任され、1回裏二死一、二塁の場面で、2ボールから3球目を「きちんとワンスイングで打ち返すことができました」とセンターへタイムリー安打を放った。

 試合後の囲み会見で、5番に座ったことについてこう話した。

「5番という打順を打つことの意味というか、やっぱり青木さんがいて、テツト(山田哲人)がいて、ムネ(村上宗隆)がいて......そのあとを打つバッターの重要性を感じましたので、そこは大変だなと思いました(笑)」

 内川と青木という"生ける教材"は、ヤクルトにとって大きな武器となるはずだ。