旅客機の降着装置は、胴体後部に車輪のない「前輪式」のものを採用しているのが一般的です。このレイアウトは離着陸時、とある条件下では、「尻もち」を起こしやすいというデメリットも。それでも採用される歴史や背景を見ていきます。

最初は尾輪式だった「飛行機の降着装置」

 現代のジェット旅客機は、多くの人員を一度に運べるよう巨大な胴体をもっています。たとえば、ボーイング787-8であれは全長約56.7m、エアバスA350-900は全長約66.9m、「ジャンボジェット」の最新版であるボーイング747-8にいたっては全長76.2mもあります。

 それらを地上で支える、降着装置「ランディング・ギア」は、胴体中央部の主脚と、機体前方にある前脚から構成されていることは、空港で地上を移動しているシップ(旅客機)を見れば一目瞭然です。地上では、機体は地面とほぼ水平になるため安定感がありそうな一方で、後ろに脚がついていないので、離着陸の際、姿勢維持を誤ってしまうと、いわゆる「尻もち」をついてしまうことになります。そもそもなぜ、このようなレイアウトとなったのでしょうか。


NCAのボーイング747-8型機。同型機は、2021年2月に「しりもち」事故を起こしている(2020年、乗りものニュース編集部撮影)。

 歴史をたどると、世界最初の飛行機である「ライト・フライヤー」は、ランディング・ギア(とは呼べないのかもしれませんが)には車輪ではなく、そりを用いており、ほぼ水平に離陸し、砂地に着陸していました。

 その後の飛行機は、飛行場として草地を使用することが多かったことから、主翼下と尾部にそりをつけるタイプが多く、これが発展し、ほぼ同じ位置に車輪を付けた「尾輪式」と呼ばれるスタイルに進化しました。代表的な例としては、「零戦(零式艦上戦闘機)」が挙げられます。同機が地上において「尻下がり」で駐機している様子を、写真や映像などで見たことがある方も多いでしょう。

「尾輪式」のメリット でもなぜ「前輪式」に?

「尾輪式」降着装置の最も大きな利点は、主脚以外のランディング・ギアを軽量化できる点にあります。航空機は空を飛ぶため、軽量化は最大の課題であり、不要なものは極力なくした方が、効率よく空中に浮かび上がれます。

 草創期の旅客機でいえば、DC-3などのようにプロペラの回転力で飛行するモデルの場合、プロペラ径が大きい方が、より推進力が高まるメリットがあるものの、あまり大きすぎると、今度は地面に接地してしまう恐れが生じ、それを防ぐためには降着装置を長くするしかありません。その点、尾輪式であれば、前脚式と違って地上滑走時などではプロペラが上向きになるため、前脚式よりも足を短くすることができ、かつ離着陸時にプロペラが地面に接触する危険性を低減できるメリットがあるのです。

 とはいえ、このスタイルは、地上走行時には進行方向が見にくいという欠点があります。また駐機時も、床が斜面になるため、旅客が乗るにも、荷物を載せるにもあまり都合がよくないというデメリットもあります。


尾輪式の降着装置を採用しているダグラスDC-3(恵 知仁撮影)。

 現代の旅客機で一般的な、機体の前方に車輪付きの脚を装備した「前輪式の飛行機」は、1930年あたりから実用化されたと記録されていますが、最初は脚を降ろしたまま飛行する「固定脚」でした。飛行機が、より速く、より高く、より重く、より遠くへと発展する過程で、空気抵抗を減らすために、降着装置が引き込み式に発展すると、前輪式の利点が大きくなってきました。

 前輪式であれば、機体の姿勢が最初から水平であるため、乗り降りのしやすさが向上することはもちろん、離陸時の前方視界もよくなり、機首をあげるタイミングが尾輪式より容易につかめます。これは極論ですが、水平姿勢から十分な速度を得ることができれば、機体に迎角を与える(機首をあげる)操作をしなくても空中に浮き上がることさえ可能です。

 ほかにも、重心位置が主脚の前にあるので、万が一着陸時にブレーキをかけすぎても、前脚が折れない限り、その減速の衝撃を受け止めてくれるために、前につんのめってしまうこともありません。加えて地上走行時の操作性も、尾輪式と比較して前輪式の方が優れています。また前輪式の方が前方視界を広く採れるため、パイロットが離着陸時に直進を維持しやすく、それでいて死角が少ないことから、万一の際も停止しやすいのです。

いいことばかりとは限らない?「前輪式」のデメリットとは

 このように前輪式のレイアウトはメリットが多いのですが、注意しなければならないポイントもあります。それは、離着陸時には機首を上げているために、たとえば風向や風速が急激に変化した場合は、適切な機首の上げ下げや方向制御が不可欠となることです。

 尾輪式の場合であれば、万が一機体後部から着陸しても機体後部の車輪が受け止めてくれますが、前輪式では迎角をとり過ぎると機体の尾部をすってしまいます。それを防ぐには、空気抵抗の観点からいえば胴体断面の円の大きさを絞っていけばよいのですが、それをしすぎると客席のキャパシティと両立しません。そのため、大型機ほど垂直尾翼のあたりの線は直線的で、下部が上に絞られている設計が多いです。これは離着陸時に機首を上げることから尾部が滑走路面を擦らないようにする工夫ですが、ある意味で機内容積と尾部のアウトラインの両立を図った苦労の跡とも言えるでしょう。

 現代の旅客機では、一部のモデルで、万が一「尻もち」してしまった際にも機体の破損を最小限にする工夫も備わっています。たとえばボーイング777の機体延長タイプである777-300などでは、機体後部の下部をよく見ると三角の出っ張りが見えます。また、ボーイング767やコンコルドでは後部に、引き込み式の板を装備しています。これらは万が一「しりもち」を起こしても大丈夫なように取り付けられている、いわば「緩衝材」といえるもので、まずはこの金具が受け止めてくれることとなります。「テールスキッド」と呼ばれるこの装置の起源は、アメリカの爆撃機「B-29」になりそうです。

試作段階でテストされる「尻もち対策」

 実は、大型ジェット旅客機でも、試作段階における最低速度離陸などの試験の際には、滑走路面と胴体の距離を最小限まで近づけて、離陸迎角をとるテストも実施されています。この際、試験用に尾部に特別な補強をして、そこが火花をちらす……という映像を筆者(種山雅夫:元航空科学博物館展示部長 学芸員)は見たことがあります。


ANA機の胴体後部。多くの旅客機では、胴体の後方が絞られており、なおかつ上に上がっている(2020年、乗りものニュース編集部撮影)。

 余談ですが、双発プロペラ機の前輪式の旅客機で、前輪が出ないまま無事に着陸した例がいくつかあります。近年であれば2007(平成19)年に高知空港で起きた「全日空機胴体着陸事故」が記憶に新しいところです。

 このときは主脚で着陸後、可能な範囲で機首を上げつつ減速したことから大事に至りませんでした。ジェット旅客機の場合は、着陸の際に「尻もち」を起こしてしまうと、機体構造を構成する外板が損傷する可能性があるため、機体全体の強度を確保してからでないと運用できなくなってしまいます。

 旅客機の外板はこれまで、アルミニウム合金である「ジュラルミン」が主体でしたが、最新鋭機の一部では、より軽くて強度の強い、複合材(カーボン)に変わってきています。ただ、複合材は摩擦への耐性は、ジュラルミンほど強くないと聞いていますので、この辺りのリカバリーが今後どうなるのか、筆者は興味をもっています。