軍事パレードに「ハリボテのミサイル」を並べるしかない北朝鮮の行き詰まり
■5年ぶりに開かれた党大会を記念する軍事パレード
北朝鮮の首都平壌(ピョンヤン)にある極寒の金日成(キム・イルソン)広場で1月14日夜、軍事パレードが行われた。北朝鮮の朝鮮中央通信と朝鮮中央テレビが15日に報じた。
軍事パレードは、5年ぶりに開かれた朝鮮労働党大会(5日〜12日に開催)を記念するもので、党の創立75年に合わせた昨年10月以来である。金正恩(キム・ジョンウン)総書記ら党幹部が出席した。
金正恩氏は党大会で委員長から総書記に選出された。総書記は父親の故金正日(キム・ジョンイル)氏と祖父の故金日成氏が就いていたポストで、自分が父親や祖父と同じ実力者であることを北朝鮮国内に強くアピールしたことになる。今回の党大会は党の指導力の強化が目的のひとつなのだろう。
■過去5年間の経済計画は「ほぼすべての部門で未達成だった」
9日の朝鮮中央通信によると、金正恩氏は党大会でアメリカの政権交代に初めて言及し、こう語った。
「だれが大統領になっても米国のわが国に対する政策は絶対に変わらない」
「米国は最大の主敵だ。米国を制圧して屈服させることに力を尽くす」
「核兵器を小型化して能力もさら高め、首都ワシントンを射程に捉えた核による先制・報復攻撃能力の獲得を目標にする」
金正恩氏は相変わらず威勢がいいが、虚勢を張っているのに過ぎない。北朝鮮の内情は、かつてないほどの厳しさに直面しているからだ。
国連安保理による経済制裁によって国内の経済が行き詰まり、そこに水害と新型コロナが追い打ちをかけている。事実、党大会などで金正恩氏は過去5年間の経済計画の目標が「ほぼすべての部門で未達成だった」と認めている。
その結果、北朝鮮の国民は貧困にあえいでいる。少し前だが、金正恩氏が涙声で国民の生活を窮乏から救うための方策を訴えていたテレビ映像が印象的だった。核・ミサイル開発に投じる莫大な資金があるのなら、なぜそれを国民のために使わないのか。ここに金正恩政権の問題点がある。
■頼りのトランプ氏が大統領を退くことに焦っている
軍事パレードには「北極星5」と表記された弾道ミサイルが初めて登場した。昨年10月の軍事パレードで公開された新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星4」の改良型だ。胴体が太くなり、弾頭も長くなっている。多弾頭化と射程延長を施した可能性がある。
しかし、軍事的な脅威とはいえない。北極星4、5とも発射実験は確認されていない。つまりハリボテなのだ。前回のパレードに登場した新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)は欠陥でも見つかったのか、姿を見せなかった。
金正恩氏はこれでアメリカを威圧したつもりなのだろうか。米朝首脳会談をシンガポール(2018年6月)とベトナム(2019年2月)で行い、頼りにしていたトランプ氏が大統領を退くことにかなり焦っているように思える。
■経済難の責任をとって実妹の降格人事に踏み切ったが…
なかでも興味深いのはあの実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏の扱いである。朝鮮労働党大会の人事では、党第1副部長の金与正氏が政治局員候補から外された。政治局員候補は指導機関のメンバーで、そこから外れるのは降格人事である。
金正恩氏は金与正氏を昇格させるとみられていた。金与正氏が北朝鮮の国政に貢献し、昨年10月の党創設75年行事も総括していたからだ。
それだけに予想外の人事だった。なぜ、金正恩氏は妹を降格させたのか。前述したように北朝鮮は経済政策に行き詰まり、国民は貧困にあえいでいる。その経済難を招いた責任を問う姿勢を国民に示すため、実妹の降格人事に踏み切ったのだと、沙鴎一歩は考えている。
しかしながら、金与正氏は依然としてナンバー2の地位にある。138人の党中央委員の21番目にその名を連ね、党大会の間は終始、金正恩氏に近い席にいた。伝えられたテレビ映像にも金正恩氏の後方に座る彼女の姿が映し出されていた。
■「核・ミサイルにしがみつく北朝鮮の旧態依然たる姿」
1月16日の産経新聞の社説(主張)は「金氏が総書記に 対北圧力を強めるときだ」との見出しを付け、中盤でこう指摘する。
「北朝鮮は14日、軍事パレードを実施した」
「浮かび上がるのは、国連制裁や新型コロナウイルス禍による体制の動揺を乗り切るため、正恩氏個人の独裁色の強化で虚勢を張り、核・ミサイルにしがみつく北朝鮮の旧態依然たる姿だ」
「独裁色の強化」「虚勢」「核・ミサイルにしがみつく」と社説として許されるぎりぎりの非難の言葉を並び立てる。拉致問題で北朝鮮を厳しく批判してきただけはある。
産経社説は主張する。
「今求められるのは国際社会による対北圧力の強化だ。核・ミサイルを放棄し、日本人拉致被害者を全員解放しなければ厳しい制裁が続き、国が立ち行かなくなると独裁者に自覚させる必要がある」
なぜ、北朝鮮は「核・ミサイルの開発」にしがみつくのか。金正恩氏が軍事力の強化こそが、自国を発展させる一番の近道だと信じ切っているからだ。金正恩政権の弱さは、核兵器にしか活路を見いだせないところにある。国際社会はその弱点をうまく突き、国際社会の中での国のあるべき姿を示すべきである。
産経社説が主張するような「圧力を強める」ことではなく、核・ミサイルの開発を止めて国際社会の仲間入りを果たせれば、各国から経済援助も受けられ、近い将来には貿易相手国としても認められる。そうすれば北朝鮮の経済は潤って国民生活が豊かになる、と理解させることが必要だ。
■「北朝鮮は米新政権との対話を期待している」と朝日社説
次に1月11日付の朝日新聞の社説を見てみよう。北朝鮮の対米政策をこう指摘している。
「また米国に対して『誰が政権の座についても実体は不変だ』として、今月発足するバイデン政権への警戒感を示した」
「勇ましい言葉とは裏腹に北朝鮮が米新政権との対話を期待しているのは間違いない」
沙鴎一歩も金正恩氏の本心はアメリカとの再交渉にあるとみる。バイデン政権への勇ましい言葉は国内向けのプロパガンダであり、今後のアメリカの出方次第では制裁を少しでも緩和させて経済を立て直すために必ず対話に乗ってくるはずだ。
■「軍事的挑発で危機をあおる瀬戸際戦術」は限界にある
朝日社説は指摘する。
「北朝鮮はこれまで、米政権の交代があるとみると、軍事的挑発で危機をあおる瀬戸際戦術を繰り返してきた」
「今回、静観を保っているのはバイデン新政権の出方を慎重に見極める狙いもあるのだろう。党大会そのものも、米大統領選の結果を踏まえるために日程を設定したとみられる」
バイデン政権の発足にからめて、北朝鮮がミサイルを打ち上げる可能性もあるだろう。金正恩氏はそうした節目にミサイルを打ち上げることによって「北朝鮮との交渉を忘れるな」と訴えたいのだ。
朝日社説は主張する。
「北朝鮮が新政権との交渉を実現したいのなら、少なくとも、危険な行動を自制し続ける必要があることを自覚すべきだ」
「バイデン政権には、対話と圧力を駆使して北朝鮮の危険性を和らげ、北東アジアの安定を図る周到な外交が求められる」
北朝鮮に自覚を強く求めるところは、前述の産経社説と同じだ。自覚を強要してもあの金正恩氏のことだ。それを逆手に取ってまた勇ましい言葉を乱発するに違いない。ここは国際的融和がいかに大切であり、北朝鮮の利益につながるかを金正恩氏に理解させるすべを探るべきである。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)