ついに英国で新型コロナウイルスのワクチン接種が始まった。しかし、4人に1人が「受けたくない」と回答しており、特に若者の間でワクチンへの興味は冷ややかだという。いったい現地で何が起きているのか。在英ジャーナリストのさかいもとみ氏が解説する――。
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英国のボリス・ジョンソン首相 - 写真=AFP/時事通信

■日本も供給予定のワクチンが初承認

世界に先駆け、英政府の認可機関「医薬品・医療製品規制庁(MHRA)」が承認したのは、米製薬大手ファイザーとドイツのビオンテック(BioNTech)というバイオ医薬品会社が共同開発したワクチン「BNT162b2」だ。4000万回分(2000万人分)を発注しており、日本でも2021年に供給を予定している。

英政府は最初の入荷分である80万回分が到着してまもなく、12月8日から英国全土で接種を開始。最初の週だけで数万人がワクチン接種を終えている。しかし、国の計画によると、「全員接種」を目指すのではなく、「当面の対象は50歳以上でそれ未満は全く白紙」という対応となった。

接種計画から排除される格好となった若者たちは目下、どういう反応を見せているのだろうか。

■死亡者数が6万人に達する深刻な状況

英国では3月から5月にかけて、ケアホーム(老人ホーム)のスタッフが外部から持ち込んだウイルスで感染が広がり、多くの老人が命を落とした。死因がコロナウイルス感染という例も多いが、コロナ禍で他の疾患への治療が十分に受けられず結果として亡くなったケースもあった。

英政府がワクチンの使用承認を急いだ背景としては、これらケアホームでの感染を食い止め、死者や重篤患者の発生を最小限に抑えたいという考えによる。

英国では新型コロナウイルスによる死者は12月4日、ついに累計6万人の大台を突破、今も1日当たりで300人前後が亡くなっている。

「英国がワクチン使用承認一番乗り」となれた背景には、英国の欧州連合(EU)からの離脱「ブレグジット」も大きく関係している。もともと英国で使われる医薬品は、EUの機関の一つである「欧州医薬品庁(EMA)」の承認を得たのち、使用が許可される格好となっている。

ところが英国がすでにEUからの脱退を正式に決めており、今年いっぱいは移行期間に当てられている。英保健省は11月末、EMAの決定を待たずに英国の独自機関「医薬品・医療製品規制庁(MHRA)」がワクチンを承認できるよう特別ルールを発動していた。

■マイナス70度で保冷、GPSもつける厳重ぶり

最初の到着分はイングランド各地に設けられる50カ所を含む英国全土の医療機関等計70カ所の「ワクチン接種ハブ」に運ばれ、12月8日には一般市民への接種が始まった。

「BNT162b2」の保存にはマイナス70℃(許容範囲は±10℃)の環境が必要で、ドライアイスが入った専用の保冷箱にワクチンを975本ずつ詰めて出荷されている。この保冷箱には、温度だけではなく箱の現在地を常に追跡するためのGPS付き温度センサーが付いており、万一、強奪や紛失があっても追える仕組みが整っている。

保冷箱に入ったワクチンの使用期限は10日間とされる。ただ、ドライアイスを追加すれば最大30日まで使用期限を延ばせるほか、ファイザー社によれば「解凍後は、冷蔵条件(2〜8℃)で最大5日間保存できる」とのことだ。しかし、受け取る側となる英国の保健当局は「一度箱を開けてしまうと、温度管理が難しい」と考えており、当面は「ワクチン接種ハブ」での接種を優先するという。

■いくつから受けられる?接種の順番は

では、これらのワクチンが入荷した後、どんな順番で接種が進んでいくのだろうか。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sudok1

ワクチン接種の優先順位

1番目:ケアホームの入居者(40万人)と職員(150万人)
2番目:80歳以上の国民(330万人)、医療・ソーシャルケア従事者(70万人)
3番目:75歳以上の国民(220万人)
4番目:70歳以上の国民(330万人)、重篤な基礎疾患がある者
5番目:65歳以上の国民(340万人)
6番目:16〜64歳で、コロナにかかると既往症の悪化もしくは死亡に至るリスクのある者
7番目:60歳以上の国民(370万人)
8番目:55歳以上の国民(430万人)
9番目:50歳以上の国民(470万人)

「ワクチン接種の第1段階(Phase I)」における接種を受ける順番は、予防接種・免疫合同委員会(JCVI)が推奨し、政府が決定することになっている。ただ、現状のケアホームへの配送システムでは、低温を維持したまま、必要な本数ずつに分けて配布するのは困難と判断。当面は「ワクチン接種ハブ」に行ける高齢者や医療従事者等への接種を進めている。

また、接種2週目となった14日には、一部のかかりつけ医のいる小規模なクリニックでの接種も始まった。

■若年層への接種は未定

では、ケアホームにいる入所者への接種はどうなるのだろうか。

今の見通しでは、ファイザー製ワクチンの適切な分配方法について検討を進める一方、本格的な接種実施には、輸送時の温度管理が厳しくない、オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカが開発を進めるワクチンの承認が待たれるところだ。

英国へのワクチン第2便以降の到着スケジュールは明確になっていない。マット・ハンコック保健・社会福祉相は「12月中にさらに数百万本が届く」としているが、接種を行う医療機関等への配布は年明けになる見込みだ。英スカイニュースは、「50歳以上の接種(つまり、第1段階全体)は来年4月をメドに完了するとの見通し」と伝えている。

つまり、この施策で進むとなると、当面50歳未満の健常者には接種の機会が与えられない。英保健省は、年長者から接種を進め、優先順位9番目となる50歳以上の国民への接種まで済ませられれば「コロナによる死亡者を99%防げる」との見方を示しているからだ。若年層向けには「ウイルスの安全性をさらに確かめてから実施する」との考えを示しているにとどまり、現状では全国民へのワクチン接種完了への道筋は立っていない。

■4人に1人が「受けたくない」と回答

こうした事実が明るみに出る中、筆者は若者たちが「接種できないことに対する不満」をどうぶつけてくるのか、手を尽くして探してみたところ、全く予想外の声が聞こえてきた。

曰く、「コロナにかかったとしても軽症で終わる」、「感染対策をしっかりしているので不安はない」、「陽性者追跡アプリを入れているが、実際に陽性者が引っかかってきたことがないので、コロナが差し迫った身近なものとは思えない」など、ワクチン接種への興味が感じられる答えは聞かれなかった。

ロンドン市役所が行った市民を対象としたワクチンの接種に対するアンケートの結果を改めて読んでみた。それによると、「ワクチンを受けたい」との回答は66%にとどまる一方、「受けたくない」との答えは25%近くに上っている。また、「受けたくない」との回答者のうち、およそ半数は「政府の接種ガイダンスが信じられない」または「製薬会社が信用できない」のどちらかを答えたという。

■ネットに蔓延する陰謀論

また、45〜54歳のほとんどが「受けたくない」と回答した。これでは、政府が50歳未満の国民に対する接種を積極的に進めなかったところで大きな騒ぎにはならないだろう。

国民がワクチンを打ちたがらない別の理由もある。

実は、英国のみならず欧米各国では程度の差こそあれ、「コロナウイルスの存在は製薬会社などによる陰謀により作られたもの」という説がインターネット上で蔓延(まんえん)しており、これを信じてワクチンを打ちたがらない層がいるという。

各国の保健当局は、「こうした陰謀論はフェイクニュースである」と一生懸命に打ち消しを行っているが、若年層の約15%が「ワクチンは製薬会社を儲(もう)けさせるためのもの」と信じている、という調査結果も出ており、各国の保健当局はさらなる「情報戦略」に追われることになりそうだ。

■費用は無料、サッカー場や大規模施設が候補に

ワクチンの接種については、NHSから「接種の優先順位」に応じて、各住民に対して「接種場所と日時等が示された招待状」が送付される見込みだ。なお、ワクチン接種費用の自己負担金はゼロ(無料)だ。

今後、各年齢層ごとに接種が進められるわけだが、2000万人を超える人々に対し、4カ月余りで接種を終える計画だとすれば、50カ所の「ワクチン接種ハブ」だけでは対応が間に合わない。

英高級紙ガーディアンによると、保健省はまとまった量のワクチンが届く予定の来年1月以降に「接種イベント会場」として、プレミアリーグ「マンチェスターシティー」本拠地のエティハド・スタジアムをはじめ、現在はコロナ専用病院「ナイチンゲール病院」となっているロンドン最大の見本市会場エクセル・ロンドン、そのほか競馬場や大規模屋内競技施設など計6カ所の使用を計画しているという。ソーシャルディスタンスの維持のため、他人との距離を前後左右に2メートルずつとる必要があることから、こうした巨大な施設を使う計画が持ち上がるのも不思議ではない。

■「拒否すればレストランや映画館から締め出し?」

このほど内閣に新設されたワクチン展開担当相に就任したナディム・ザハウィー氏は11月30日、「ワクチンの接種を拒否した者は、パブやレストラン、映画館やスポーツ観戦から締め出される」と声明。一時は、接種済みであることを示す「ワクチンパスポート」が発行される可能性を述べる報道さえもあった。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dorian2013

これに対し、マイケル・ゴーブ内閣府担当閣外相は、ザハウィー氏発言の翌日となる12月1日、「政府がワクチンパスポートを導入する考えはない」と同氏の発言について改めて否定。「ワクチンは一人でも多くの人々が受けることを期待する」と国民に対して訴えた。

ただ、ザハウィー氏の訴えは示唆に富む。

「多くの飲食施設や娯楽施設がワクチン接種済みの顧客だけを入れたいと考えるだろう」「免疫保持を示すパスポートは、人々を正常な暮らしに戻すのに有益だ」とする持論を述べた上で、「スマートフォンのアプリを使って、証明できるような仕組みも作るのが望ましい」といったアイデアを示している。

■航空業界は一足先に「接種証明書」を準備

ジョナサン・バン・タム副主任医務官は「ワクチンパスポート」にあたる証明書の発行について明確に否定しなかったものの「IT技術を応用して、どんなワクチンをいつ接種したかを示せるような仕組みを作るのは必要なことだろう」と述べている。

一方、航空業界では世界共通で使える検疫パスポートの実用化を目指している。国際航空運送協会(IATA)は11月下旬、「トラベル・パス」と称するアプリのリリースについて発表。予防接種の証明と検査結果が表示されるほか、入国規則や最寄りの検査所の詳細が記載されるとしており、早ければ来年1月中に導入される見込みだ。

こうしたアプリのおかげで国際間の旅がより自由にできるようになる、と喜ぶべきだろう。しかし、英国の若者の中にはワクチン接種はおろか、新型コロナウイルスの存在自体を信じていない人々が一定数おり、「飛行機に乗るために、接種が義務化されるのはとても不愉快」との声も聞こえている。

■日本への導入はどうなる?

冒頭でも触れた通り、日本も同じワクチンを来年上半期に導入する。ワクチンのないこの冬は国民がそれぞれ感染対策を充分に行いながらやり過ごすしかない。接種する上での安全性もまだはっきりしない中、しばらくは「ウィズコロナ」の窮屈な暮らしを強いられる、と覚悟するしかないのだろうか。

日本は6000万人分(1億2000万回分)の供給を受けることでファイザー社と基本同意している。厚生労働省は、超低温冷凍庫を3000台確保する一方、10月の段階で「実施主体となる市町村が接種を迅速に開始できるよう、必要な人員体制の確保などを求める通知も出した」(時事通信、12月3日)

ファイザーは「民間部門にはワクチンを卸さない」という方針を固めている。日本の仕組みから考えると、民間の医療機関ではなく、各自治体にある保健所もしくは保健所が設置する「接種センター」のような施設で打つことになるようだ。

■「10万円給付」でもかなり混乱したが…

しかし、ワクチンが入荷していよいよ一般市民に接種をとなる段階で、「接種該当者に対し、いかに知らせて、かつ時間通りに接種に来てもらうか?」という課題が浮かび上がってくる。

日本では、10万円特別定額給付金の手続きをめぐり、かなりの混乱があったわけだが、もしワクチンの場合これに「年齢層ごとに打つ」という条件が付くとなると、行政や保健所等が「接種のお知らせ」を作って送るにしてもかなりの工夫が必要になってくるだろう。

それに加え、ファイザー製ワクチンに関しては、一旦解凍すると4〜6日しか持たないという有効期間の制約がある。これらの条件をクリアするとなると、接種する側、される側の双方にかなりのプレッシャーがかかると予想される。

英国では接種の従事者として、医師や看護師はもとより、医学生や獣医師まで動員。研修を受けさせて、広い会場で一気に打つ、という作戦を組みつつある。果たして日本はどのような作戦で「ワクチン接種という大イベント」に立ち向かうのだろうか。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)