現代の大ヒット曲と昭和の名曲、時代を超えた共通点を発見したのはAIだった(記者撮影)

「ドルチェ&ガッバーナの曲」として、2020年に社会現象と言えるほどの大ヒットとなった「香水」(瑛人)が、1986年発売の名曲「天城越え」(石川さゆり)と、実は似ている?――。

NTTデータグループとビルボードジャパン(運営:阪神コンテンツリンク)は9月、チャートデータと脳情報を組み合わせた新たな音楽ヒットの分析方法と、未来の音楽トレンド予測技術の開発に成功したと発表した。

研究に用いたのは、NTTデータの「Neuro(ニューロ)AI」という技術。脳の血流の変化を計測すると、その変化から人が「女性を見ている」「ビーチを見ている」「怖いと思っている」といったことがわかる。このように、脳に隠れた情報を読み出す技術を用い、人の脳活動を予測するのがNeuroAIだ。すでに、動画広告の分野では広告効果の評価サービスとして活用されている。

「香水」と「天城越え」はジャンル、曲調、テンポ、歌手の性別も異なるが、曲を聴いたときの脳の反応が近いと推定された組み合わせの一つだ。研究を担当するNTTデータ経営研究所・情報未来イノベーション本部の茨木拓也氏は「脳の1カ所が反応しているからこう、といったものではなく、全体のパターンでとらえている」と説明する。

「白日」の類似曲にはEDMの名曲も

ビルボードはCD販売数に加え、ダウンロードやストリーミング再生、Twitterへの投稿、ミュージックビデオ視聴、カラオケ歌唱の回数など、複数の指標を基にした複合チャート「Billboard JAPAN HOT 100」を発表している。ストリーミングから人気に火が付く楽曲が増えるなど、多様化が進んだ音楽業界において、ヒット曲を浮かび上がらせる重要なチャートだ。

ビルボードは、過去の実績を基にしたチャートだけでなく、未来のヒット曲を予測できないか模索していた。そこでNTTデータに声をかけ、2019年9月に共同研究開発がスタートしたという。

共同研究では、2016年12月から今年5月まで、チャートにランクインした2185曲を対象に脳活動を予測した。成果の一つが、脳の反応パターンが近い曲の組み合わせだ。「香水」は「天城越え」以外に「桜」(コブクロ)や「Lemon」(米津玄師)、「全力少年」(スキマスイッチ)などの人気曲と脳の反応が近いことがわかった。

それ以外でも、ストリーミングを中心にロングヒット中の「夜に駆ける」(YOASOBI)は「夏のどこかへ」(WANIMA)などが類似曲だ。「白日」(King Gnu)は「Waiting For Love」(Avicii)や「メロス」(水曜日のカンパネラ)などの曲と類似性があることがわかっている。

これらの組み合わせも、ジャンルや曲調、ボーカルの性別、言語も異なるなど、人力で共通点を見出すことは難しい。ヒット曲を研究し続けているビルボード事業部長の磯崎誠二氏も「これらが同じジャンルだと提示しても、ユーザーは納得しにくいだろうなと。説明も難しいと思った」と印象を語る。

確かに、脳の反応パターンのため、「この点が似ている」などと言語化することはできないが、従来の人間の主観的な評価とは根本から異なる、新しい評価軸とも言える。「言葉で説明できないことは弱点だが、魅力でもある」(茨木氏)ようだ。

現在、普及が進む音楽ストリーミングの各サービスは、ユーザーの履歴データやAIを駆使して、より好みと思われる楽曲をレコメンドしている。だが、脳情報を活用することができれば、今まで聴いてこなかったようなタイプの音楽から、お気に入りの楽曲を見つけることも期待できそうだ。

4カ月先までチャート上位の曲を予測

もう一つの研究の成果が、ヒット曲のトレンド予測だ。

研究では、脳情報や歌詞、コード進行、アーティストの前週のチャートデータを基に、毎週どのような特徴を持った曲がチャート上位にランクインするかを定量的に示すモデルを構築した。このモデルが過去、どのように変化したかを学習することで、どんな特徴を持つ曲が未来のチャートの上位にランクインするか予測している。

現在、4カ月ほど先までは高い精度で予測できるという。この予測を基に、たとえばテレビCMのタイアップ曲を複数の候補から絞り込む場合、どの曲が最も放映時のトレンドに合っているか、という視点で選ぶことが可能になる。

業界ではこれまでも、データを基にヒットを狙う取り組みが行われてきた。過去20年間のヒット曲を分析し、キャッチーなコード進行に、変動が少なく口ずさみやすいメロディ、サビでの印象的な歌詞の繰り返しといった要素を盛り込み、ヒットを狙うプロジェクトなどがあった。未来のトレンドが把握できるようになれば、ヒット曲を狙うプロセスもさらに多様化しそうだ。

ビルボード事業部の植田匠人氏は、トレンド予測によって、楽曲制作に科学を持ち込めると指摘する。「これまで、プロデューサーなどが『この曲がよい』と感覚で選んでいたものが、脳情報を基に、どの曲がよりトレンドに合っているか判断できるようになる。ヒット曲を生み出すためのサービスを提供していくことが、研究の一つの出口になる」(植田氏)。

今後はレコード会社や音楽出版社、音楽事務所、広告代理店に向けて、アーティストの発掘・育成やマーケティング支援など、共同研究に基づくトライアルサービスを提供していく方針。脳情報の活用で、音楽業界に新たなヒットの方程式を作り出せるか。前例のない挑戦は、これからが本番だ。