新型コロナウイルスの感染者数が減少に転じ、各国では経済活動が再開されつつある。イギリスでは、7月4日の再開に向け、パブをはじめとする飲食店が徹底した対策を打ち出している。「ここまでして飲みたいの?」と言いたくなるようなパブの対策を紹介しよう--。
写真=EPA/時事通信フォト
ロンドンの公園でくつろぐ人々(イギリス・ロンドン)2020年5月30日 - 写真=EPA/時事通信フォト

イギリス名物「パブ」は今後どうなる?

新型コロナウイルスの感染状況が、各国でずいぶんと抑えられてきている。第2波への懸念が残り、まだ多くの国で警戒が続いているものの、日本では既に緊急事態宣言が解除となったほか、欧米諸国でも行動制限が徐々に緩和されつつある。

欧州で新型コロナによる死者を最も多く出してしまったイギリスでも、ようやく社会生活が戻ってこようとしている。政府はビジネスに対する悪影響を覚悟の上で、かなり遅いペースで緩和措置を進めているが、そんな復興の最中でイギリスを代表する飲食店形態「パブ」がどのように復活を果たすのか。その過程について見ていきたい。

■時間帯によっては身動きがとれないほど大混雑

そもそも「パブ」とはどんなところなのか。

最近では日本でも、スポーツ中継の観戦を見るスポットとして足を運ぶ人々も増えている。本家のイギリスのパブでも近年ではスポーツ観戦の場というイメージが強いが、本来は街の人々がビールを飲みながら、おしゃべりを楽しむというスポットだ。また、週末になると小さなお子さんを連れて食事に来るファミリーの利用も多く、ファミリーレストランのような使われ方もしている。

ただ、時間帯によっては激しく混み合い、「3密」どころか身動きがとれないほどの大混雑となる。パブはそうした場だと理解している当局は、今回のコロナ禍において「営業再開を積極的に急がない」と腐心した様子がうかがえる。

パブ各店舗は再開をめぐり、取り組み可能なあらゆる形の感染防止策を取ることとなった。これは政府の指針に従うという意味合いもあるが、むしろ「しばらくの間、顧客が他人との距離(ソーシャルディスタンス)を気にする」といった背景のほか、「店の従業員を感染から守る」という意味合いもある。その結果「ここまでしてビールを飲みたいのか?」と思うほどの防止措置が山盛りとなっている。

■ソーシャルディスタンスを「監視」するスタッフも

では、イギリス大手のパブ店舗ネットワークを持つ「JDウエザースプーン」がwithコロナでの再開で打ち出した施策をざっと紹介してみよう。

・顧客は店に着いたら、備え付けの消毒液を使って手を消毒
・注文するバーカウンターまでは一方通行で進む
・スタッフはマスク、手袋とゴーグル着用
・注文は、スクリーン(透明のついたて)の後ろに立つスタッフに
・支払いは現金でなく、カードや携帯払いが望ましい(専用アプリでの注文を奨励されている)
・飲み物は別のカウンターから出てくる、もしくは店員が運ぶ
・テーブルの間隔は可能な限り広げる、もしくは間についたてを立てる
・顧客は「密の防止」のため、屋外のビアガーデンへ出るのが望ましい
・スタッフは顧客がソーシャルディスタンスを守っているかを「常に監視」
・食事のメニューは使い捨てバージョンを制作
・塩やコショウ、ケチャップなどは瓶入りでなく、小袋で提供

パブでは従来、自分で自由に空いている席を探し、そこのテーブルに書かれた番号を記憶したのち、バーカウンターでスタッフに飲み物と食べたいものを注文する。注文品の総合計をカウンターで支払い、飲み物はその場で引き取り、食べ物はテーブル番号を伝えて待つとやがてそこに届けてくれる--というのが一連の流れだ。

筆者撮影
ラグビー観戦の前にパブでビールを楽しむ人々(感染流行前) - 筆者撮影

順番を待つ間、見知らぬ人とおしゃべりしながら待ったりするが、他人との距離を2メートルも空けるのでは、列を作るスペースを設けるにも無理がある。そこで考案されたのが「アプリで頼んで、注文品をテーブルで待つ」という方法だ。

■店内にいながら、注文も決済もアプリで完結

日本では、ほとんどの飲食店で「店員が注文を取り、食事が終わったらレジでお金を払う」という格好で運営されている。もっともファストフード系のお店では自動販売機による食券方式もあるが、食券を買った顧客がどこに座って何を食べるか、と確認する作業が残る。

withコロナのイギリスパブでは、これを一気にショートカットして「アプリに誘導し、注文と決済を一気に済ませる」というところへの到達を目指す。これならウイルスの伝播のリスクがある現金への接触が防げるだけでなく、会計の手間の解消、注文取りにあてる人手の削減など、あらゆるところで省力化ができる。あるいはこれがwithコロナの時代における「ニューノーマル」で生まれる新たな常識となるかもしれない。

コロナ禍の中、スマホアプリ経由でデリバリーの注文を新たに試みた人も多かったことだろう。これはイギリスに限らず日本を含む各国の人々がごく普通に行った形で、これにより、顧客の実店舗への来店が期待できない中、飲食店の収入確保に一役買った。だからイギリスのパブでの新たな試み、とうたったところで「アプリ経由でのデリバリーを店内でやろう」という考え方にすぎない。しかし、これまでリアル店舗でスマホ併用での注文、会計といった格好の取り組みは意外と少なかったのではないだろうか。

■ビールを樽ごと買って家飲みを楽しむ強者も

新型コロナの感染が広がるや否や、イギリスの人々はいきなり「パブでの酒飲み」が禁じられた。あらゆるタイプの飲食店が閉鎖を命じられたからだ。3月下旬から8週間近くの間、公園での短時間運動くらいしか認められず、交流を目的とした他人との接触が禁じられたため、スーパーでビールを買って手酌で飲む以外方法がなかった(5月下旬にようやく緩和され、他人とも公園などでビールが飲めるようになった)。

川沿いでビールを楽しむロンドン市民(筆者撮影)

日本でもコロナ禍のさなか、オンライン飲み会が存分に市民権を得たが、イギリスでも「ネットを介した知り合いとの飲み会」がずいぶんとはやった。パブ向けに売れなくなったビールを樽ごと通販で買って、それに蛇口を付けて自宅で楽しむ強者もいたという。「オンライン飲み会なら、帰る時間を気にしなくて良いし、飲酒運転のリスクもない」(60代男性)。酒飲みの考えには国境がない。

イギリスの場合、普段からこうした「友だちとの飲み」を楽しむ年齢層が意外と高い傾向がある。そもそもデジタルデバイスに弱いとされる高齢者がネット飲み会に回ったケースも結構あったという。「パブでは絶対に一緒に飲めない、遠いところにいる友だちともネットでつないで飲めた」との声も聞く。

ネットでの飲み会に慣れた高齢者たちが、パブで再会して「デジもの自慢」をするかもしれない。筆者は、パブで仲間同士集まる一方で、その場で遠くの知り合いや友だちとZoom(ズーム)などでつなぐ「ネットとリアルのハイブリッド飲み」がパブで始まる気配を感じている。

■プレミアリーグは観客を入れて再開予定

パブと共に、多くのイギリス国民はプロサッカー・プレミアリーグの早期再開を期待している。今のところ、6月17日に再開初戦が行われる運びとなっている。

プレミアリーグの中継は通常なら、有料チャンネルでしか見られないため、パブでご贔屓(ひいき)チームの試合を見に行く、というファンも多い。今年に限って、多くの試合を無料地上波でも中継するというアナウンスも出ているため、パブでの「観戦客による3密」を避けようとする動きがある。とはいえ、パブでのサッカー観戦もほどなくして実現しそうで、ようやく人々が「日常に戻る」ことを実感するのではないだろうか。

では、イギリスにあるパブが政府の号令とともに一斉に営業を再開するかと言えば、答えはノーだ。これは、各店舗の面積や構造によって、いわゆるソーシャルディスタンスの確保ができない、あるいは、距離確保のためにテーブルや椅子を減らした結果「対応客数の減少で、運営コストが出ない」といった問題があるからだ。そうした中、パブ再開日と目されている7月4日に「再開が難しい」と訴えているパブは全体の6割以上に達している。

■「2メートルのソーシャルディスタンス」は長すぎる?

ちなみに、イギリス政府が提唱する「2メートルのソーシャルディスタンス」が長すぎる、という意見もある。実は世界保健機関(WHO)の推奨は1メートルで、2メートルを標榜するのはイギリスのほか、欧州では他にスイスくらいで、その他の国は1〜1.5メートルにとどまる。

そうした背景もあり「せめて、政府の提唱を1メートルに削ってくれれば……」と訴える声も聞かれる。そうすれば、各テーブルの距離確保が容易となり、外すべき椅子の数も減らせるからだ。

ただ、イギリス国民に対する調査によると「他人との距離を2メートルとるよう心がけている」との回答が98%にも達しており、第2波への懸念と合わせ、この時期に「ソーシャルディスタンス」が短くなることは考えにくい。

これまで述べたように、イギリスのパブは少なくないハードルは残っているものの、着実に復活への道を歩んでいる。

「再開の日には、世界最大級のパーティーをやる」と豪語するパブも出てきた。まもなく訪れる再開の日。果たしてどんな騒ぎになるのだろうか。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)