コロナで加速、なぜ高齢者は若者の7倍もデマを拡散するのか
■なぜ必要ないとわかっていても買い占めてしまうのか
トイレットペーパーが買えない! という問題に今直面している人が、多いのではないでしょうか。一方、家に多量のストックをもつ人が多いのも事実で、これは、新型コロナウイルスの流行とともに起こった象徴的なできごとの一つです。トイレットペーパーに加え、最近ではある特定の食品等がスーパーの陳列棚から消えることも珍しくありません。その背景には、「新型コロナウイルスに対する免疫をあげる」といった理由があるのだとか。
今や多くの人が、トイレットペーパーやこれら特定の食品が、新型コロナウイルスと直接的な関係がないことをきちんと知っています。それでも、この現象はいまだ解消されず。諸外国でも同じ現象がみられ大きな社会問題の一つになっています。なぜこんなことがおこるのでしょうか?
その答えは、近年「フェイクニュース」として注目されている虚偽情報の拡散が原因です。なぜ虚偽情報はこんなにも人の心と行動を動かし、あっという間に広がるのでしょうか?
■嘘の情報のほうが6倍速く多くの人に伝わる
2018年Science紙に、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者らが、2006年から2017年までの300万人のツイッターユーザーの間で拡散した12万6000件のニュース項目を調査した結果を発表しています。
それによると、正しいニュースは、虚偽のニュースに比べて拡散するのが遅く、そのニュースが到達した人数は、虚偽ニュースより少ないことが明らかだったのです。実際、正しいニュースは、人気のあるものでも1000人以上に到達することがめったになかったのに対し、虚偽のニュースの上位1%は1000〜10万人に到達していました。また、正しいニュースが1500人の人に伝わる時間の6倍の速さで、虚偽のニュースは伝わったのです。さらに、情報がリツイートされる見込みについては、虚偽のニュースがリツイートされる見込みは正しいニュースより70%も高かったというのです。
■虚偽を広めるのはbotではなく、人の弱さ
ツイッターには、自動的に投稿を行う「ボット」というものが存在します。このボットが、虚偽ふくめたニュースの伝わり方に影響している可能性も考えられます。そこで上記MITのチームは、ツイッター上の「ボット」アカウントを特定し、ボットのデータを除去しても、フェイクニュースは正しいニュースよりも速く広く伝わることを明らかにしました。そしてフェイクニュースが伝わりやすい理由は、機械ではなく人間にあると述べています。
この研究では、なぜ人が虚偽情報を拡散しやすいのかの理由も明らかにしています。研究者たちはツイートに対して感じる「目新しさ:novelty」が、虚偽のニュースでは、特に突出していることを見つけたのです。そして、ツイートに含まれる言葉を分析すると、虚偽のニュースは、恐怖、嫌悪、驚きといった感情を植え付けるようなものであるのに対し、真実のニュースは、悲しみ、喜び、信頼などの感情を生じさせるものであることが多かったことも明らかにしています。結局、情報に対する「目新しくて、ネガティブな内容」であることが、虚偽のニュースを注目しやすくしているのです。
■虚偽ニュースを伝えるのは非インフルエンサー&高齢者
インフルエンサーという言葉が広まり、インフルエンサーマーケティングというものまで存在しています。虚偽ニュースもこのような人たちによるものがあるのでしょうか? 研究によると、答えは違います。むしろ逆であり、虚偽ニュースを伝える人の特徴は以下のような驚くべきものなのです。
2.フォロー数が少ない
3.ツイートの頻度が低い
4.認証ユーザーの割合は少ない
5.アカウントの保有期間が短い
6.高齢者
ここで高齢者がでてくるのが一つ特徴的かもしれません。研究によれば、65歳以上の高齢者層は、18歳から29歳の人よりも嘘の情報を7倍多くシェアしており、45歳から65歳の2倍以上、30歳から44歳の3倍以上のフェイクニュースをシェアしていたということも明らかになっています。
高齢者と若者のSNS等に対するリテラリシーの程度が異なることに加え、高齢になるほど自身の考えの柔軟性が減る分、思い込んだことを変更しづらいという特性があるのかもしれません。また、高齢者にかかわらず、知り合いや話し相手が少ないといった孤独感の強さが、インターネットへのアクセスを増やし、いいね、等を通じて拡散をする原因になっていることも考えられます。
■脳は「目新しさ:novelty」に反応する
脳は、コンスタントにさらされている情報に対しては、反応が徐々に減っていきます。ところが、予期していなかった「新規性」を持つ情報には、大きく反応します。実際、新しい情報に対しては、その情報自体が報酬として作用することがあり、ドーパミンが増加することや、一人ひとりの性格特性としての「新規性探求度合」と前頭前野や大脳基底核などのドーパミン作動性経路上にある脳領域が関連していることが明らかになっています。また、新規性が高くネガティブな情報等、人の感情に強く訴えかけてくる刺激的な情報は長期記憶として脳に刻まれやすいとことも明らかになっています。
新しい現象に対する恐怖心が、人の脳や心に強く影響し、虚偽の情報が広まります。そこから生まれる恐怖感に対して、一時的な安心感という報酬を得るための購買行動は、結局なにも解決せず、社会全体を見渡した時に、状況を悪化させるだけなのでしょう。「ネガティブな新規性の高い情報」に弱い心と脳をうまくコントロールすることで虚偽情報に振り回されないことが、今個々人にもとめられている重要なことの一つといえそうです。
・Andrew Guess, Jonathan Nagler and Joshua Tucke, Less than you think: Prevalence and predictors of fake news dissemination on Facebook,Science Advances 09 Jan 2019
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細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
博士(医学)
東京大学大学院総合文化研究科研究員/科学技術振興機構さきがけ研究員/帝京大学医学部生理学講座助教。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知行動医学卒業後、英語学習による脳の可塑性研究を実施し、研究成果が多数のメディアに紹介。その研究をきっかけに、「目標達成できる人か?」を脳構造から判別するAIを作成し特許取得。現在は、プログラミング能力獲得と脳の関連性、 Virtual Realityを利用した学習法、恋愛と脳についても研究をしている。
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(博士(医学) 細田 千尋 写真=iStock.com)