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「なんとなく生きづらい」

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 近年、そう感じている人が増えているようだ。家庭や職場などでうまくいかないことがあると、ふと「なんだか息がつまる」「自分はどこかおかしいのではないか」などと感じてしまう──。そんな経験がある人も少なくないのでは?

 そこで、カウンセリングと心理療法によって数多の悩みを解決に導いてきた心理カウンセラー・前田泰章氏に、“生きづらさの正体”と、自分でできる具体的な解決法について教えてもらった。

原因は「思考」や「行動」

 気分が落ち込みやすい・将来への不安が大きい・人との距離がうまくとれない・感情をため込んでしまう・甘えるのが苦手・家族やパートナーとの関係に問題がある・仕事が続かない・アルコールや買い物などに依存しがち・何をしても満たされない・過去のトラウマがフラッシュバックする……。

 人が抱える悩みはさまざまですが、「生きづらさ」を感じている方々には、ひとつの共通点があります。

 それは、いつも自分を責めていること。「私が生きづらいのは、自分が悪いせいだ」と思い込んでいるのです。

 上司にいつもつらく当たられるのも、夫婦関係がうまくいかないのも、恋愛に依存してしまうのも、すべて私の性格のせいだ、自分の存在に問題があるんだ……そんなふうに自分を責めていたら、生きていて苦しいのは当たり前です。

 けれども、私たちが生きづらさを感じてしまうとき、それはその人がもともと持っている人間性や個性のせいではありません。その原因は「思考」や「行動」にあります。人には知らず知らずに植えつけられてしまった思考・行動パターンがあり、それが生きづらさにつながっていることがほとんどなのです。

 例えば、「目上の人を前にすると萎縮してしまう」という悩み。これも思考・行動パターンのひとつです。

「自分より立場が上の人とは、目も合わせられず、自分の意見を伝えられず、『はい』と言うことしかできない」というパターンができてしまっていれば、直属の上司、職場の先輩、取引先の社長など、相手が代わっても条件反射のように同じ対応をしてしまいます。これが「上司からのパワハラ」「仕事が続かない」といった悩みの原因になっていることがあります。

 なかには「怒りや悲しみというマイナスの感情は悪いものだから、表に出さない」というパターンができている人もいます。そういう人は感情を抑え込むためストレスがたまりますし、誰にも自分をさらけ出せず、孤独感を抱くようになることもあります。

 同じ思考や行動を続けている限り、そこから生まれる結果は同じです。転職しても、付き合う人を代えても、同じような生きづらさを感じることになります。それを解消するには、自分が繰り返してしまっている思考・行動パターンを見つけて、崩す必要があるのです。

 生きづらさの原因が、自分の性質や本質といった変えられないものではなく、後から作られた思考や行動であることがわかるだけでも、意識は前向きになります。後から作られた思考や行動は、壊して捨てることも、作り変えることもできます。そうすれば、いま抱えている生きづらさから、自分を解放することができます。

 思考や行動パターンを崩すために役立つ心理療法のひとつに、『白黒思考改善療法』があります。現状に不満があったり、大きな悩みを抱えていると、マイナスな感情に支配されてしまう場面が数多く出てきます。そういうときに気持ちを切り替え、一歩踏み出すために効果のある療法です。

「不安」の正体とは

 実際のやり方を説明する前に、不安な気持ちを引き起こすものの正体についてお話しましょう。人はなぜ不安になってしまうのでしょうか。

 まず、「お先真っ暗」という言葉をイメージしてみてください。明るいですか? 暗いですか? きっと誰もが「暗い」と答えるはずです。

 では、「暗い」イメージを頭に思い描くと、どんな気持ちになるでしょうか。

 クライエント(相談者)に同じ質問をすると、「不安な気持ち」「怖い」「絶望的な感じ」といった答えが返ってきます。みなさんも、同じようなマイナスな感情を持つのではないでしょうか。

 なぜ暗いイメージを思い描くだけで、不安な気持ちになるのか。それは人の思考パターンが原因です。

 人は先が見えない状況や正体がわからないものに、不安や恐怖を抱くものです。真っ暗な何も見えない場所に置かれたときはもちろん、そういう状況を想像するだけで、「もしかしたら暗闇のなかに、何か危険なものが潜んでいるかもしれない」「誰かが襲ってくるかもしれない」と悪い想像ばかりをして、怖くなったり心配になったりします。

 テレビのバラエティー番組でよく見かける「箱の中身を当てるゲーム(箱の中身はなんだろな? ゲーム)」は、そんな人間の心理をうまく利用しています。

 箱の中には何が入っているのかわからない不安と恐怖で、挑戦者は箱に手を入れるだけで大騒ぎ。さらに、手に何か触れようものなら、怖くて反射的に手を引っ込めてしまいます。手にチクッとした感触があれば、「何かにかまれた!」「もしかしたら、タランチュラの毒針!?」と悪い想像をして、さらに恐怖が倍増します。

 ところが、箱の中身が「タワシ」だとわかればどうでしょう? 何も怖くはありませんよね? 誰もが躊躇(ちゅうちょ)なく箱に手を入れられるようになります。

 私たちが抱く不安も同じようなものです。

 先のことは誰にもわかりません。だからこそ、未来のことを考えると悪いほう、悪いほうへと想像が広がってしまい、不安になりがちです。そして、怖くて箱の中に手を入れられないように、何も行動が起こせなくなります。「先が見えない不安」は行動の最大のハードルになるのです。

“完璧な成功”でなくてもいい

 見えない未来のことをいつまでも考えていると、心は不安で満たされてしまいます。そんなときは、未来に起こりうることを想定して「見える化」し、「白か黒か」「0か100か」といった両極端な考え方を矯正することで、不安をやわらげることができます。

 その際に大切なのは、「最高な未来」「最悪な未来」だけでなく、「最高まではいかないけれど、いい未来」「ほんの少しいい未来」「ほんの少し悪い未来」など、さまざまなシチュエーションの未来を想定しておくこと。

 人は「成功」と「失敗」、「100点がとれた」と「100点がとれなかった」など、「白か黒か」の2択で物事を判断しがちです。そうすると、“完璧な成功”以外はすべて失敗になってしまいますし、100点以外は何点だろうと0点と同じになってしまいます。そういう思考パターンだと、どうしても生きていくのが苦しくなりますよね。

 白か黒だけではなく、「少し成功した」「60点とれた」と、グレーな状況も認められるようにすることは、自己評価を高め、生きづらさをやわらげるために必要なことです。

 未来をイメージするときも「最高」「最悪」だけでなく、その間の状況も想定して未来の選択肢を増やしましょう。未来の解像度が高くなり、自分の中でよりはっきりと先が見通せるようになるので、将来の不安も薄れていきます。

 また、不安が強いときには、考えるのではなくイメージすると気持ちが楽になります。

 何か問題に直面したとき、人は「どうすれば問題が解決するだろう?」と考えてしまうものです。けれども、考えて問題が解決できるのは、経験や知識のあることだけ。そうでなければいくら考えても状況は変わりません。

 考えても解決策がわからないときには、考えるのをやめてしまいましょう。そして自分への問いを「問題が解決したらどうなっているだろう?」に変えて、想像(イメージ)するのです。

 考えているときは「問題」に意識が向いていましたが、問題が解決できた場合をイメージすると意識は「解決像」に集中しはじめます。解決像が想像できれば、それによって気持ちが前向きになり、行動を起こすモチベーションにつながります。

 このように、思考を改善するなかで不安や悩みが取り除かれていくことこそが、『白黒思考改善療法』で得られる大きな効果です。では、さらに具体的な実践方法について、実際に生きづらさを抱えている男性の例をもとにお伝えしましょう。

『白黒思考改善療法』の実践方法

『白黒思考改善療法』は、(1)〜(7)の問いから構成されています。転職すべきか悩んでいる矢野達郎さん(仮名)の例を用いて、(1)から順番に実践方法を説明していきます。

1.あなたが、しなければならないとわかっているのに、行動を起こせないでいることを書き出してください

【矢野さんの記入例】
・転職

 実行すべきだとわかっていても、状況や気持ちの問題でできていないことはありませんか? 矢野さんの場合は転職ですが、離婚や不倫関係の清算、資格や試験の勉強、禁煙、掃除、ダイエットなど、人によってさまざまです。思い当たることを書き出してください。

【あなたの答え】

2. 今のまま、それをしないでいたら、今後どうなりますか?

【矢野さんの記入例】
・ミスを繰り返し、威圧的な上司に怒鳴られ続ける
・残業代が出ないので経済的に不安
・土日出勤も当たり前なので、家族との時間がとれず娘がなつかない
・うつ病になって退職し、妻とは離婚、実家で引きこもりになる

 矢野さんの場合は、転職をせずに今の会社に残って仕事を続けたら自分はどうなっているのか、未来を想像してもらいました。自分の場合はどうなるか、想像して書いてみましょう。

 また、実際のカウンセリングでは、その先の未来まで想像してもらいます。矢野さんに「その先、転職しない状態がさらに続いたら、どうなると思いますか?」と聞くと、「家族が崩壊して、離婚されてしまうかもしれない」とのことでした。

 みなさんも、可能であれば最悪のケースまで想像して、言語化してみてください。想像するのが難しければ、無理に書く必要はありません。

【あなたの答え】
 A

3. それをやったとして、最悪の場合、どうなりますか?

【矢野さんの記入例】
・使えないやつだとみなされリストラ
・転職を繰り返す

 (1)で聞いた「しなければならないとわかっているのに、行動を起こせないでいること」ですが、頑張って行動できたとしても、うまくいくとは限りませんよね? ここでは、そのうまくいかなかった場合を想像して、そのときの自分の状況を書き出します。矢野さんの場合は、転職したけれどもうまくいかず、最悪の場合、どうなっているかを書き出してもらいました。

【あなたの答え】
 B

 この(2)と(3)の質問の目的は、未来の「見える化」です。この場合の「見える化」とは、自分の未来に起こりうることを想定して、言葉で明確にすることです。

 転職できなかった場合や、転職してもうまくいかなかった場合など、自分にとって好ましくない将来像でもなんとなく想定できていると、どうなるかわからないよりも、ずっと気持ちは楽になります。

 原因不明で体調が悪くなったとき、病名がわからないと不安は大きくなりますが、病名がわかると少し気持ちが落ち着くのではないでしょうか。「病気である」という事実は変わりませんが、それでも原因がわかって見通しが立ったほうが、不安や恐怖はやわらぎます。人間の心理とはそういうものなのです。

4.それがほんの少しうまくできた(うまくいった)としたら、どうなりますか?

【矢野さんの記入例】
・取引先とうまくやれている
・契約数もまずまず
・残業は多少あるが、家族との時間もとれ、娘もなついている

 (4)〜(6)は、自分の未来の姿をイメージして、「見える化」するための質問です。

 (4)では、(1)で決めたことが、10点満点で2〜3点くらいうまくいったケースをイメージしてみてください。

【あなたの答え】
 C

5. 幸運にも恵まれて、最高にうまくいったら、どうなりますか?

【矢野さんの記入例】
・部下20名の部長に昇進
・年収も1000万円にUP
・仕事が楽しくてしかたがない
・次期、社長候補との呼び名も高い
・500万円のレクサスの新車に乗っている

 (5)では、(1)で決めたことが、10点満点で10点うまくいったケースをイメージしてみてください。

【あなたの答え】
 D

6. (4)と(5)の中間を考えてみてください

【矢野さんの記入例】
・営業成績で上位に入る
・会社からの評価もいい
・ボーナスもUP

 (6)では、(1)で決めたことが、10点満点で5〜6点くらいうまくいったケースをイメージしてみてください。

【あなたの答え】
 E

 (4)〜(6)の質問では、「失敗するかもしれない」「うまくいかないかもしれない」という考えを、意識的に「成功するかもしれない」「うまくいくかもしれない」という考えに切り替えることで、いい気分を先取りできるという効果があります。

 どうでしょうか? 結果を少し細かくイメージしただけで、不安感はだいぶ減ったのではないでしょうか? では、次が最後の質問です。

7.あなたは、A〜Eのうち、どの選択肢を選びますか? 1つ選んでください。

 (2)〜(6)までの問いで想定した未来像をA〜Eとすると、あなたはどの未来を選びますか? あなたが将来「自分はこうなっている」と思えるものを選んでみてください。

 そして、選んだ後に、「私は○という人生を選択した!」と声に出して3回宣言してください(○には、あなたが選んだアルファベットの内容が入ります)。周りに人がいたりして声が出せない場合は、心の中で宣言するだけでも大丈夫です。

 どんな感じがしますか? 心の声に耳を傾けて違和感がある場合は、選択肢を変えてしっくりくるものを探してみましょう。

 矢野さんははじめ、Dの「(5)幸運にも恵まれて、最高にうまくいった」ときの未来像を選択しました。けれども「私はDという人生を選択した!」と宣言してもらったところ、「こうなったら最高ですけど、ちょっと違和感を覚える」とのこと。「年収1000万円で、次期社長候補」は無理かもしれないという気持ちがぬぐえなかったのです。

 そこで矢野さんは、改めてCを選び、同じように宣言したところ今度は違和感がなく、スッと受け入れられました。「これなら実現できそうな感じがした」そうです。

「これならできそう」という見込み感が第一歩

 この「できそう」という感覚がとても大切です。最後に宣言するのは、自分がどう感じるのか、自分の本心を確認するため。そこで矢野さんのように「実現できそう」とスッと受け入れられるものを選びましょう。

 白黒思考改善療法の(7)で「できそう」という感覚(見込み感)を大切にしてもらったのは、それが前向きな行動を起こすモチベーションにつながるからです。この見込み感のことを「セルフ・エフィカシー」といいます。

 セルフ・エフィカシーとは、カナダの心理学者アルバート・バンデューラが提唱した心理学用語で、日本語では「自己効力感」などと訳されます。人がある行動を起こそうとするとき、セルフ・エフィカシーを強く感じていると、その行動を行う可能性が高まるのです。

 例えば、現在の職場に不満があり、転職をしたいと思っていても、「転職してもうまくいかないかも」と思っていたらなかなか行動には移せません。反対に「転職したら自分の力が発揮できそう」「待遇がよくなりそう」と思えたら、採用情報を調べたり、応募したり、転職に向けた行動を起こしやすくなります。

 早稲田大学の岡浩一朗教授のチームが、20〜70歳代の約2000人を対象に、ウォーキングについて調べた研究でも、「やってみる」「続ける」「やめる」という行動を左右するのは、セルフ・エフィカシーであることがわかったという結果が出ています。(日本経済新聞、2012年6月5日)

 「これならできそう」「できるかも」と思える解決像がイメージできれば、人は行動を起こしやすくなりますし、失敗や困難があってもあきらめにくくなります。さらに行動を起こした結果、うまくいけば、それが成功体験となり新たな行動につながります。

 なぜなら、セルフ・エフィカシーは成功体験によって高まるからです。成功体験を積み重ねることで、「自分ならできる」という気持ちが強くなり、さらに高い目標に向かって行動を起こすこともできるようになります。そして、それがさらに成功体験につながり、好循環が生まれます。

 ただ、白黒思考改善療法を行ったからといって、すぐに行動を起こさなければいけないかというと、そうではありません。「できそう」という前向きな気持ちが持てたら、それだけでOKです。行動を起こすための準備体操だと思ってください。

 また中には、ワークの(7)で、A(「今のまま、それをしないでいた」場合)がしっくりくる人や、どの選択肢にも違和感を感じるという人もいるでしょう。それは、まだ行動を起こすタイミングではないということかもしれません。

 そういう場合は、白や黒だけではなく、「自分にはたくさんの選択可能な未来がある」ということがわかるだけで十分です。それが安心感へとつながるはずです。

<著者プロフィール>
前田泰章(まえだ・やすあき) ◎問題解決型カウンセラー。1976年生まれ。埼玉県出身。日本体育大学卒。ファミリーレストラン店長、キャリアコンサルタント、中学校教諭を経て心理療法に出あい、埼玉県川越市に「心のストレッチルーム」を開業。カウンセリングとさまざまな心理療法のメソッドを組み合わせた「問題解決型カウンセリング」を開発・実践している。通常なら1年以上、通院が必要となるケースでも半年間で快方に向かうなど、多くのクライエント(相談者)から高評価を得ている。著書に『「なんとなく生きづらい」がフッとなくなるノート』(クロスメディア・パブリッシング)。
心のストレッチルームHP http://www.kokoro-str.jp/