世界で最も眠れていない日本女性を襲うリスク
睡眠不足には、さまざまな危険性が潜んでいました(写真:Fast&Slow/PIXTA)
睡眠時間に関する国際調査を見ると、日本はどんな調査でも大概ワースト1位か2位。とりわけ男性よりも女性の睡眠時間が短い状況です。しかも、睡眠時間は年々減少しつづけているのです。しかし研究の結果、睡眠時間の不足は、美容やアンチエイジングにもきわめて悪い影響を与え、肥満を助長しかねないことも明らかになっています。
女性の睡眠問題を、どう考えればいいのか。日本に「睡眠負債」という言葉を定着させたスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長の西野精治氏が、近著『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』で、衝撃的な最新研究を紹介しています。
夫婦間の役割分担が欧米ほど進んでいない
間違いなく、世界で最も眠れていないのは日本人女性――。しかも、高学歴の日本人女性の睡眠時間が、より短い傾向にあると報告されています。おそらくいちばん顕著なのが、小さな子どものワーキングマザーではないかと思われます。
もともと日本は、家事や育児を女性が一手に担ってきた社会です。共働きの女性がたいへん増えているにもかかわらず、夫婦間での役割分担が欧米ほど進んでいないことが、大きな一因と考えられます。
男女比較で見たとき、女性のほうが睡眠時間が短いのは、日本のほかに、インド、韓国、メキシコなど。欧米諸国では、女性のほうがよく眠っています。
最近よく“イクメン”が話題になりますが、日本でもようやく家庭内での家事や育児分担が進んできた兆しだと捉えたいと思います。
エストロゲン、プロゲステロンなどの性ホルモンも睡眠調節に多大な影響を与えます。女性は、生理、妊娠、出産、更年期と、生涯を通じて、体温や性ホルモンの変動とたえず向き合っています。したがって、日本ではとくに、女性をいたわり、いたわられる社会にする必要があります。
女性を不安にさせるようなデータを示しましたが、安心させるデータもあります。不適切な睡眠時間は、肥満率だけでなく、死亡率をも増加させますが、男性では40代からその傾向が顕著になるのに対し、女性は強く、70代になり初めてその傾向が顕著になります。こういった男女の差が平均寿命にも反映されているのでしょう。したがって働き盛りのお父さんも、いたわり、いたわられる必要があります。
美容やアンチエイジングという観点からも、睡眠への関心が高い人が多く、その大切さを、たぶん男性以上にわかっているのが女性。睡眠への意識はけっして低くはないでしょう。だからこそ、女性がもっと眠れる社会になればと私は思うのです。
睡眠不足はあなたの印象を変えかねない
ノーベル生理学・医学賞の選考委員会が置かれていることでも有名な、スウェーデンのカロリンスカ研究所で、2017年に発表されたある研究報告があります。
男女合わせて25人の被験者に、ふた晩続けて4時間しか眠らないという睡眠制限をかけ、彼ら彼女らの写真を撮って100人以上の人たちに見せたところ、「健康的でない」「眠たそう」といった評価のほかに、「魅力的でない」「付き合いたいと思えない」といったマイナス評価がなされたというのです。
ひと昔前だったら「それがまっとうな医学研究か」と非難されかねないようなテーマですが、大真面目に取り組んだ研究です。
睡眠不足は、その人の印象をそのくらい大きく左右する、ということです。面接、プレゼン、営業、そのほかさまざまな新しい出会いがあります。相手が面と向かって「睡眠不足でつらそうですね」とか「お疲れみたいですね」と口に出すことはないでしょうが、みんな感じとっているのです。そして、そんな姿を、けっしてポジティヴな印象で受けとめてくれてはいない。「あまり関わりたくない人」と思っているのです。
寝不足は、あなたという人物の印象を著しく下げてしまう大きなマイナス要因であることを自覚したほうがよさそうです。
近年、「肥満も全身性の炎症である」という捉え方があります。
炎症というと、これまでの概念では、身体の一部に熱、赤み、腫はれ、痛み、あるいは機能障害などが起きることを指していました。感染症とか外傷のようなもののイメージですね。
しかし、炎症に関連している物質は従来考えられていたよりももっと幅広く、それらによって全身性の変化を起こすようなものも「炎症」と呼ぶほうが妥当である、とみられるようになってきたのです。
睡眠不足でレプチンが分泌されにくく
肥満とは、脂肪組織に中性脂肪が過剰に蓄積された状態です。その蓄積された脂肪細胞からは、種々のサイトカイン(生理活性物質)が分泌され、周囲の細胞に影響を及ぼしていることがわかってきました。
つまり、炎症性の反応が起こって、脂肪細胞が正常に機能しなくなってしまうことで、肥満になる。だから、肥満を全身性の炎症というわけです。
摂食に関係するホルモンのひとつに「レプチン」という物質があります。脂肪細胞から放出される物質のひとつで、食べることを抑制する働きをします。
正常に機能していると、脂肪細胞からレプチンが出て食欲が抑制されることで、食べすぎて脂肪を過剰にため込むことがないのですが、肥満になっている人はその抑制機能が破綻してしまっています。だから、食べすぎてしまう。
睡眠不足だと、レプチンが分泌されにくくなることもわかっています。あるいは、胃から分泌される「グレリン」は、食欲を増進するホルモン。グレリンは、睡眠不足だとよく分泌されるのです。こういった機能障害を引き起こしている原因が、肥満による炎症とも考えられるのです。
アメリカでの100万人規模の疫学調査では、睡眠時間が短いと太りやすいということも判明しました。睡眠時間に反比例して肥満度が上昇しているのです。
男性もその傾向はありますが、とくに女性に顕著。まだレプチンやグレリンのことがわかっていなかったころの調査ですが、睡眠不足は摂食行動につながりやすいことが如実にわかります。
眠りすぎもダイエットにはよくない
では、たくさん眠っていれば肥満にならないのか。そうであれば、“睡眠ダイエット”なるものが可能になりそうですが、この調査結果では標準よりも睡眠時間が長い人にも肥満傾向が出ましたから、眠らないのもよくないけれど、眠りすぎもよろしくない、ということになります。
不眠と2型糖尿病の関係は明らかですが、不眠があるとなぜ糖尿病が発生するのか。その機序はまだ明らかではありません。
これに関して、徳島大学統合生理学教室の近久幸子講師、勢井宏義教授らが私たちスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)と共同で行った興味深い実験結果があります。
慢性不眠の動物モデルは、急性モデルに比べ、その妥当性に疑問がつくものが多かったのです。そこで近久講師らは、マウスの飼育ケージの床に市販の金網を敷くことでマウスに緊張を与え、長く持続する不眠モデルを開発しました。
このモデルで3週間飼育を行うと、耐糖能の異常が出現し、脂肪細胞での炎症所見も見出されました。このモデルは、不眠における糖尿病の発症機序の解明に役立つのではと注目されています。今後の実験成果に期待したいと思います。
睡眠には、アンチエイジング効果もある可能性が高いです。そもそも加齢とは、身体に何が起こっているのか。簡単にいうと、人間の身体には約60兆個の細胞があり、それが絶えず入れ替わっていますが、その細胞の翻訳・転写機能にエラーが出やすくなる、それが加齢現象です。
若いときにも、一定の確率でエラーは出るのですが、それを修復する機能が高いのです。ところが、年齢とともにエラーの修復ができなくなることが増え、蓄積されてしまう。そのため、正常に機能しにくくなるのです。
睡眠をとればグロースホルモンが分泌される
これを知ると、年とともにいろいろな疾患リスクが高くなる理由が理解しやすくなるでしょう。
若いうちはさまざまな病気に対して、柔軟に対応できるからリスクが少ない。多少の無理も利きます。しかし、加齢とともに疾患に対応する力が鈍ってくるので、おのずとリスクが高くなるというわけです。
睡眠と関連する生理機能にしても、体温調節、自律神経の調節、光の感受性などが、若く健康的なときのように正常に働かなくなっていきます。
ホルモン分泌量も減ってきます。アンチエイジングにはグロースホルモン(成長ホルモン)の分泌が関わってきます。女性は、アンチエイジングとグロースホルモンというと、「シワができにくい」とか「クマが出なくなる」といった美容的要素を連想しやすいかもしれませんが、皮膚だけでなく、もちろん骨にも影響します。
骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などになってしまうと、ちょっとしたことで骨折しやすくなる。それが原因で寝ついてしまって老化街道まっしぐら、というケースもあります。
しかし、睡眠をしっかりとっていれば、年をとってもグロースホルモンはきちんと分泌されます。そういう意味では、グロースホルモンはお肌の状態といった表面的な問題以上に、健康を維持し、いかに加齢を遅らせるか、という重大な役割をもっているといえます。