武田薬品、巨額買収承認後に待ち構える不安
12月5日に大阪市内で開かれた武田薬品工業の臨時株主総会(記者撮影)
日本のM&A(合併・統合)で過去最高額となる約6・8兆円の巨額買収が成立し、売上高3.3兆円、世界7位となる日本初のメガファーマ(巨大製薬企業)が誕生することになった。
国内製薬首位・武田薬品工業の臨時株主総会が12月5日に開かれ、欧州製薬大手シャイアーの買収が88%以上(速報値)の株主の賛成で承認された。
シャイアー買収には約3兆円の現金と4兆円相当(現在の発行済み株数とほぼ同じ約7.8億株)の新株が投じられる。この新株発行の是非を問う場が今回の株主総会だった。同じ日にシャイアーの株主集会も開かれ、4分の3以上の賛成で買収が承認された。
クリストフ・ウエバー社長以下、武田経営陣には株主総会前から分かっていた勝利だった。海外、国内合わせた機関投資家などが保有する議決権比率は66%前後あり、国際的な議決権行使助言会社2社の賛成推奨もあった。買収承認に必要な3分の2を確保し、あとは個人株主などの票が残るだけだった。
合併反対派の「誤算」
6月28日に開かれた定時株主総会では、武田OBら約130人の個人株主でつくる「武田薬品の将来を考える会」が提出した、シャイアー買収反対につながる株主提案に9%強の支持が集まった。同会代表の武田和久氏は武田の元幹部社員にして、11月に合併反対を表明した武田國男元社長のいとこに当たる。武田創業家の多くも、同会に共鳴しているとみられる。同会が6月に得た9%がどこまで上積みされるか、それが今回の臨時総会の焦点だった。
結果をみれば、反対票は約11%。支持は大きく広がらなかった。総会後の武田和久代表の表情はいつになく硬かった。「武田中興の祖」とも言える國男元社長が間接的とはいえ、初めて外部に買収反対の意思を示したのは、少なからぬインパクトを与え、同会は国内外の機関投資家や個人投資家向けに精力的に反対活動を展開した。それだけに、同会幹部も「正直15〜16%は期待していたが、極めて残念な結果になった」と失望を隠さない。
「考える会」にも油断はあった。当初、2019年2月とされていた臨時株主総会は2カ月前倒しされた。同会をサポートする三島茂氏(三島ファーマアセット・リサーチ社長)は「欧州の規制当局の承認が出るのを早めるため、シャイアーの大事な潰瘍性大腸炎の開発薬の売却をするのは武田経営陣の暴挙だ」と憤る。臨時株主総会を12月に前倒しするのが狙いで、大事な虎の子を放棄しなくても欧州の承認は1〜2か月後には得られたはずだというのだ。
さらに、2019年2月の株主総会となれば、シャイアーが4割のシェアを持ち、現在同社の屋台骨を支える血友病薬を脅かす有力対抗馬である、ロシュ=中外製薬の画期的新薬「ヘムライブラ」の販売拡大の数字が決算で明らかになるのを怖れた、というのが三島氏の推測だ。
12月に都内で記者会見した「武田薬品の将来を考える会」の武田和久氏(撮影:梅谷修秀司)
もちろん武田経営陣は一笑に付すだろうが、武田の潰瘍性大腸炎のブロックバスター(年商1000億円以上の大型薬)「エンティビオ」との販売シナジーが期待できるシャイアーの有力開発薬の売却方針をなぜこのタイミングで決めたのか。武田から説得力ある説明が聞こえてこないのも確かだ。
消極的理由で武田案に「賛成」
いずれにせよ、「考える会」にしてみれば、一般株主へ反対論を広げる十分な時間がなかった。ただ、総会出席者の声を聞くと、国内個人株主の間では武田経営陣が推す今回の巨額買収が強い支持を得ていると言えないのも事実だ。
九州からフェリーを乗り継いで来た60歳代の男性株主は、賛成票を入れるつもりだと明言。その理由は「このまま座して待っていても武田の将来はない」。一方で「ウエバーの言っていることはよくわからない。身の丈を超えている、という反対派の言うこともよくわかる」と付け加える。
賛成票といっても、「武田の閉塞感をなんとか打ち破ってもらいたい」「ほかに残された手はない」というような、消極的な理由も少なくない。「考える会」の懸念が完全否定されての賛成票がどの程度あるか。武田経営陣もこの点を十分理解しておかないと、手痛いしっぺ返しを食うことになりかねない。
ウエバー社長の最初の野望はかなった格好だが、問題はむしろこれからだ。
まず、2019年1月8日には買収手続が完了する。英国ルールを盾に、反対派が開示を求めてきた統合後の収益予測を開示しない理由はなくなる。買収報道が浮上した2018年3月下旬当時のシャイアー株に対し、6割以上も高い価格で今回の買収を強行した合理性がはたしてあるのか。数字を元にきちんと説明する必要がある。
シャイアー買収により、買収後の新会社の有利子負債は約6兆円に膨らみ、短期的に財務内容が悪化することは否めない。武田側が言う通り、高収益であるシャイアー統合後のキャッシュフローで、3〜5年後に「有利子負債/EBITDA(利払い・償却・税金計上前利益)」倍率を買収完了直後の5倍弱から2倍以内に下げられるのだろうか。
さらに、買収で株数が倍増しても、180円配を維持すると経営陣は半ば公約のごとく繰り返してきたが、これが実現可能なのかどうか。1期限りでなく、今後も持続的に180円配を実現するには、経営陣がいう「実質の利益」でなく、財務会計上の利益を株数で割った1株純益が180円以上になるかが重要になる。
「公約」の180円配は実現できる?
これは反対派がとりわけ重要視しているポイントだが、武田は臨時株主総会の直前になってやっと、財務会計ベースの1株利益が「3年以内に増加させる見込み」であることを明らかにした。2年目までは1株利益が増加しない可能性を初めて認めたわけだ。
考えて見れば当然で、統合によって3兆円超の有利子負債が加わり、利払い費用は金利3%として新たに1000億円近く膨らむ。のれんや無形資産も3兆円近く拡大する。そのうち毎期償却費が発生する無形資産は2兆円近くとなる模様だ。となれば、10年償却として毎期2000億円近い償却費が加わることになる。さらに、統合費用は3年間で2600億円と見積もられている。
統合費用が初年度に厚く、1000億円出ると考えれば、統合により費用は合計約4000億円膨らむ計算だ。シャイアーの推定税引き前利益3200億円を上回る。武田が目論むように、統合効果を初年度に仮に500億円とみても、なんとか埋まるレベルだ。
株数が倍増するなら、利益も2倍にならない限り、財務会計上の1株利益は減るのは当然だ。統合初年度となる2020年3月期は、期間損益で配当原資が捻出できない、いわゆる「タコ足配当」になるおそれがある。
ここで出てくるのが、有利子負債圧縮のためのウルトラC、資産売却だ。武田は臨時総会用の資料の中で初めて100億ドルの資産売却を検討していることを明らかにした。
武田は「買収決定後の環境変化で新たに検討を始めたものではない」というが、100億ドルの資産売却があって初めて、有利子負債/EBITDA倍率を健全な2倍以内に戻せるという試算結果を出している。これを踏まえると、シャイアー買収に伴う無形資産の膨脹とその償却負担が当初考えていたよりも拡大したため、100億ドルの資産売却を迫られたとみてもおかしくない。
買収で新たに加わる推定6000億円〜1兆円の「のれん」は、武田が採用する国際会計基準上、毎年償却費を計上する必要はない。計画していた見合いの収益が見込めなくなった時点で償却する。突然巨額減損の計上を迫られ、結果的に会社が消滅の危機に追い込まれた例は、東芝をはじめ枚挙にいとまがない。
シャイアーの研究開発力への疑念
武田はシャイアーが持つ既存製品や開発中の製品について保守的な見通しを立てているため、減損の可能性は小さいと強調してきた。しかし統合新会社の狭義ののれんは4〜4.4兆円、無形資産は6.3〜6.6兆円、合計11兆円近くに達すると推測される。その巨額減損のリスクは、武田の自己資本が推定で6兆円強であることを考えればいかにも大きい。
究極の問題は、こうしたリスクを含め、シャイアーが7兆円という買収額に見合う価値を本当に持っているのかどうかだ。武田に買収される前のシャイアーの株価が現在の7割弱、武田の買収価格の40%相当低い水準だったことを再度思い返してみても無駄ではない。
シャイアーは合併に合併を重ねて急成長してきた。「世界最高」と呼ばれるシャイアーの希少疾患分野の製品は、たしかに武田との重複が小さく、補完関係が成り立つかもしれない。しかし、シャイアーの収益柱である血友病などが新薬や新技術に激しく追い上げられているのも事実。後期の開発パイプラインも、数こそ多いが、既存薬の寿命を延長させる適用拡大などが多く、大型薬へと期待される薬も少ない。前期パイプラインは武田以上に不足し、シャイアーの研究開発力を評価する専門家の声は必ずしも高くないのが真相だ。
ウエバー社長はこうした厳しい外部の評価に、これから実績でもって応えていかなければならない。それが実現できない場合、「自分が全面的に責任を負う」と言い切った以上、退路はない。
グローバルプレイヤーへ、形だけの登竜門はくぐり抜けた新生武田。船出は華々しいが、その先に荒い航路が待ち構えている。