日産スタジアム(5月30日)で行われる壮行試合のガーナ戦直前合宿でメンバーを前に話す西野監督(右端)(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

6月14日にいよいよロシアワールドカップが開幕する。日本代表は5月30日、西野朗(あきら)新監督の下で国内最後の壮行試合となるガーナ戦に挑む。翌日31日、本大会23人の代表メンバーを選出する予定だ。日本代表をどのように見ているのか、セルジオ越後氏に聞いた。

――ロシアワールドカップの開幕が迫ってきました。開幕の2カ月前に監督交代という危機的状況で日本代表は本大会に臨むわけですが、まず、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の解任について、どう感じていらっしゃいますか?

ハリルホジッチが解任されたこと自体に驚きはないです。ワールドカップの出場権を獲得したとはいえ、その後は結果を残せていなかったですよね。成績不振の監督が解任されるのは、サッカー界では普通のこと。問題なのは、そのタイミングです。

韓国代表に歴史的な惨敗をした昨年12月のE-1選手権のあと、あるいは、ブラジル代表、ベルギー代表に力の差を突きつけられた昨年11月の欧州遠征のあと、もしくはハイチ代表相手にふがいない内容で引き分けた昨年10月のテストマッチのあとと、解任するタイミングはいくらでもありました。

そもそも、もっと強い相手と、もっと早くテストマッチを行っていれば、もっと早く解任することができたのに、アジア勢とのテストマッチを繰り返していた。2016年6月はブルガリア、ボスニア・ヘルツェゴビナと対戦しましたが、あれだって国内でフレンドリーマッチのようなカップ戦などやらずに、海外へ出ていけばよかったんです。そうすれば、もっと早くに「この監督ではダメだ。替えなくては」と気づけたはずです。

協会の決断は遅きに失した

――日本サッカー協会の田嶋幸三会長は解任の理由を、「選手とのコミュニケーションや信頼関係がやや薄れてきたということ。そして、今までのさまざまなことを総合的に評価して、この結論に達しました」と語りました。

その言葉を鵜呑みにするなら、そもそもコミュニケーションや信頼関係は突然薄れるものではないですよね。それに「さまざまなことを総合的に評価して」ということは、真相は分かりませんが、成績だとか、仕事の進め方だとか、協会との信頼関係だとか、さまざまな面で問題が起きていたと考えられます。それならなおさら、もっと早く決断すべきだった。

たとえば、ワールドカップの出場権を獲得したオーストラリア戦のあと、ハリルホジッチは「私がここ(日本代表)から出ていくことを望んでいる方々もいらっしゃるかもしれない」と語って、一方的に会見を打ち切った。そして、翌日改めて会見を行い、「私の昨日の発言は、私を批判していた人、私にプレッシャーをかけていた人に向けたものだった」と明かしました。あの一件は、協会側が振り回された、裏切られたわけです。

それ以外にも、われわれの知りえないところで、協会とハリルホジッチとの信頼関係は揺らいでいたんじゃないかと想像します。

それなのに、この時期まで引っ張ったのは、田嶋会長に決断力がなかったからではないでしょうか。「どうすべきか」と悩んでいるうちに、時間が過ぎて行ってしまった。僕はそう感じます。そう言えば、田嶋会長の、監督解任に関する会見の中で気になる言葉がありました。

――どういった言葉でしょうか?

「選手やさまざまな方の意見は聞きました」と話したんです。「もちろん、それで決めているわけでもありません」とも言っていましたが、いろんな人たちに相談しているから、決断が遅れたんでしょう。

そもそも、こうしたことは口にする必要がありませんでした。自分には決断力がないと言っているようなものだし、責任逃れと取られてもおかしくない。それに、意見を聞くなら、その時点の技術委員長である西野(朗)さんだけで十分だから、西野さんの立場まで悪くしてしまった。

もっと言えば、解任の理由として「選手とのコミュニケーションや信頼関係がやや薄れてきた」なんて言う必要がないんです。理由は成績不振、それだけでいい。コミュニケーションや信頼関係が薄れたという理由は、ハリルホジッチの人格を否定することになりかねない。それが理由では、今後の彼へのオファーに影響があるかもしれない。ハリルホジッチが怒るのも当然でしょう。

監督は西野さんが適任だったのか

――後任は技術委員長を務めていた西野さんになりました。この人事については、どんな感想をお持ちですか?

ちょっと理解できないですね。本来なら、技術委員長のポストにあった西野さんは、ワールドカップ直前の監督交代という緊急事態を招いた張本人として、田嶋会長とともに責任を取らなくてはならない立場です。残された時間が少ないから、内部昇格という考えは理解できますが、それなら2016年のリオ五輪で代表監督を務めた手倉森(誠)コーチを昇格させるのが筋でしょう。手倉森コーチのことをそこまで信頼していなかったのか、そもそも初めから、どこかのタイミングで西野さんを代表監督に任命するために、技術委員長として呼んでいたのか。

西野監督は1996年のアトランタ五輪でブラジル代表を破った実績があるけれど、それは22年前のこと。ガンバ大阪でアジアを制したのだって10年前の話。ガンバのあと、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスを率いたものの、さしたる成績を残せずに現場から離れ、技術委員長の座に収まっていた。そんな人をなぜ、監督に指名したのでしょうか。

――5月18日にまず、27人の候補選手が選ばれました。ガーナとのテストマッチを行ったのち、翌日31日に本大会に臨む23人を決めるわけですが、27人の顔ぶれについてはどんな印象を持ちましたか? 

青山敏弘(サンフレッチェ広島)の選出は予想外でしたが(※その後、負傷のために離脱)、それ以外はほとんど予想通りでした。残された時間は少ないので、新しいメンバーを呼んだところで試している時間はない。試すというのはピッチ上のパフォーマンスや連係だけではありません。グループの中でどのように振る舞うのか、性格はオープンなのか、チームにすぐ馴染めるタイプなのか……。新しい選手は、その辺りのことが分からない。

特にワールドカップの合宿は長丁場ですから、たとえ試合に出られなくてもチームに貢献できるかどうか、その見極めも大事です。そう考えると、ハリルホジッチ時代のラージメンバーの中から選出されたのは予想どおりです。彼らのことは西野監督も、技術委員長としてチェックしてきたわけですから。

残念だったのは中島翔哉(ポルティモネンセ/ポルトガル)の落選ですが、これは似たポジション、似た役割の宇佐美貴史、原口元気(いずれもデュッセルドルフ/ドイツ)、乾貴士(エイバル/スペイン)らとの力関係において、中島は下だと判断されたのでしょう。

西野監督は4月下旬から5月上旬に欧州視察を行ったけれど、中島のところには訪れていないんですね。すでに構想に入っていなかったんだと思います。おそらく中島は、ハリルホジッチの構想に入っていたでしょうから、監督交代によってワールドカップ出場を逃した選手のひとりでしょう。

――「ビッグ3」と呼ばれ、ハリルホジッチ前監督に冷遇されていた本田圭佑(パチューカ/メキシコ)、香川真司(ドルトムント/ドイツ)、岡崎慎司(レスター/イングランド)の3人もメンバーに選ばれました。

彼らは、選出してくれた西野監督の信頼に応えるべく、ものすごく高いモチベーションで合宿に臨んでいることと思いますが、香川と岡崎は直前までケガをしていたから、コンディションや試合勘に不安が残ります。メキシコで試合に出ていた本田も、3月のウクライナ戦でのパフォーマンスはパッとしなかった。

かつてないほど難しい状況でワールドカップを迎える以上、本大会における彼らの経験はチームにとって貴重なものですが、彼らはここ最近、代表チームで活躍しているわけではないから、以前のように絶大な存在感でチームを牽引できるかどうかは未知数です。ワールドカップの結果が振るわなければ、日本サッカーは非常に苦しい立場に追い込まれる。長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)、長友佑都(ガラタサライ/トルコ)も含め、経験のあるベテラン選手たちには意地を見せてもらいたいですね。おそらく最後のワールドカップになるでしょうから。

日本が本当に強くなるために必要なこと

――決勝トーナメント進出の可能性は、どれくらいあるとお考えでしょうか?

非常に厳しいことは間違いないですが、ワールドカップのグループステージでは戦術や実力と同じくらいコンディショニングやチームとしての一体感が問われるところがあります。それがうまくハマり、初戦のコロンビア戦で勝点が奪えれば、勢いに乗れるかもしれません。本田のゴールでカメルーンを下し、チーム状態が一気に上向いた、2010年の南アフリカ大会のように。


セルジオ 越後(せるじお えちご)/1945年ブラジル・サンパウロ市生まれ。日系2世。18歳でサンパウロの名門クラブ「コリンチャンス」とプロ契約。1972年に来日し藤和不動産サッカー部(現・湘南ベルマーレ)に所属。エラシコというフェイントの創始者といわれる。写真は2017年11月(撮影:今井康一)

ただ、日本が本当に強くなって、毎大会ベスト16やベスト8に進出できるようになるまでには、さまざまな障壁があります。

選手の育成や指導者の養成を抜本的に見直す。学校の部活を廃止して地域のクラブでスポーツを楽しむようにする。補欠をなくして選手の分母を増やす。

そういった根本的なところから取り組まなければなりません。今回の解任劇によって、もうヨーロッパの良い監督は来てくれないんじゃないか、などというのは小さな問題。日本代表を本当の意味で強くするのは代表監督ではなく、日本サッカー界全体の問題だし、もっと言えば、日本のスポーツ界全体、日本のスポーツ文化の問題なんです。

世界と戦う環境が整っていないから、いつまで経っても世界で勝てない。その事実から目をそらしてはいけません。今のままでは勢いで勝つくらいしか方法がないのです。

(文中敬称略)