久保建英が「FC東京の顔」になってはダメだ。福田正博がクギを刺す
3月14日に行なわれたルヴァンカップのグループステージ第2節で、アルビレックス新潟と対戦したFC東京は、久保建英(たけふさ)のJ1公式戦初ゴールで1-0と勝利した。16歳9カ月10日でゴールを挙げた久保は、森本貴幸(アビスパ福岡)が保持していたJリーグのカップ戦での史上最年少記録(16歳10カ月12日/当時・東京ヴェルディ)を更新した。
新潟戦で決勝ゴールを挙げたFC東京の久保建英
昨季、FC東京U-23の一員として主にJ3でプレーした久保だが、今季は開幕戦からトップチームで、リーグ戦、ルヴァンカップともに試合の後半から起用されている。
彼のプレーをもっと長く見たいと思っているファンは多いだろう。そこは「若い選手をどう育てるか」というクラブや監督の判断によるところだが、久保にはすでに、先発でも十分に活躍できるだけの能力が備わっていると私は考えている。
最大の特長は「判断力」。つまり、的確な状況判断と、判断スピード、そして、それを実行できる高いテクニックだ。久保はボールをもらう前に首を振って周囲を確認し、状況に合わせたポジションを取ることができる。そしてパスを受けた後は、ボールを保持することもできるし、ターンして前を向いてドリブルすることもできるし、ワンタッチで味方にパスを出すこともできる。
チームの中でも際立っている判断の速さや正確さは、バルセロナの下部組織にいた2011年からの約5年間で身につけたものだろう。
また、J1であってもまったく臆することなくプレーしているメンタル面もすばらしい。若い選手は、ミスをすると次のプレーでパスをもらうことを躊躇(ちゅうちょ)することがよくあるが、そういった場面も一切ない。失敗を恐れずに何度でもボールを受けようとする姿勢は感心してしまうほどだ。
身長173cmとまだまだ成長中の久保だが、課題に挙げるとすればやはりフィジカル面になる。目指すべきは、バルセロナの”大先輩”でもあるリオネル・メッシだ。彼も170cmと小柄だがフィジカルが強く、何よりコンタクトスキルが非常に高い。
メッシは、マークにきた相手選手と体を当てる角度やタイミングを見計らうことで、自分の有利な状況でプレーすることができる。久保もそのスキルを持っていると思うが、これから試合を重ねることでさらに磨いていってもらいたい。
少し心配なのは、今のFC東京が”久保の力が100%生きるチーム”ではないことだ。今季から指揮官が長谷川健太監督に代わり、前線に新しい選手を補強してチームを変えようとしている最中である。それもあってか、久保がスペースに走り込んでフリーになっていても、そこにボールが出てこないシーンも見られる。その理由のひとつは、久保と周囲の選手たちの”感覚のズレ”にあるのではないかと思っている。
久保はDFを引きつけながらパスを受け、その背後のスペースを使うことで自分のリズムを作っていく。また、相手DFとの距離が近くても、狭い局面でもパスを受けられる技術、さらにそこから展開する技術も彼にはある。言い換えると、「ここならパスを出しても大丈夫だ」という判断基準が、バルセロナの育成組織を経験している久保と、Jリーグの選手では異なるということだ。
つまり、久保が「ここで自分はパスをもらえる」と判断してボールを要求しても、チームメイトは「そこでは久保はパスを受けられない」と判断して、パスを出さない局面があるように見える。
現在のJリーグでいえば、川崎フロンターレと名古屋グランパス、つまり風間八宏監督のサッカーと久保のプレースタイルの相性はいいはずだ。相手チームの選手がマークしていても、ほんの少しのスペースがあれば平気でパスを通してボールをつないで回していく。一方で、今季のFC東京は積極的なプレスからショートカウンターを狙うサッカーを目指している。そのスタイルが成熟して連係が深まれば、久保の技術が生きる場面が増えていくだろう。
また、年齢に関係なく、実力がある選手を起用することは当たり前のことなのだが、やみくもに11人の中に入れればいいというものではない。選手それぞれの特長や個性があるのだから、それを伸ばすためにも、環境が大切になる。久保のような10代の若手がさらに成長するために理想的な環境は、実績のあるベテラン選手のそばで経験を積むことだ。
たとえば、メッシが17歳でバルセロナのトップチームにデビューした時、もちろん当時から彼の才能はずば抜けていたが、チームメイトには全盛期のロナウジーニョやデコといったスター選手たちがいて、彼らがメッシにとってプレーしやすい環境をつくっていた。そこで、メッシは無用なプレッシャーを感じることなく、のびのびとプレーして成長していったことを忘れてはいけない。
バルセロナと比べるのは酷というのは十分理解している。しかし、中村俊輔(ジュビロ磐田)のような、ヨーロッパで長くプレーし、チャンピオンズリーグも経験している選手がチームメイトにいればどうだろうか。また、川崎の中村憲剛、ガンバ大阪の遠藤保仁のように、W杯を経験し、実績あるベテランが同じチームにいれば、メディア対応も含めてさまざまな部分で久保の”防波堤”にもなってくれるのではないだろうか。
FC東京にも日本代表でプレーした経験がある選手は揃っているが、先に挙げた選手たちに比べると実績は少し見劣りする。さらに、新しい選手が加入してチームが生まれ変わろうとしているなか、久保が先発で活躍することになると彼が「チームの顔」になってしまって、さまざまなことを背負わせてしまうことになりかねない。経験を積ませる段階にある選手がチームのけん引役、チームの中心になってしまっては本末転倒である。
プロになったばかりの16歳の選手に多くのことを背負わせてはいけない。過度なプレッシャーが原因で久保にストレスがかかりすぎてしまえば、それでケガをする可能性も高まる。
長谷川監督も、久保がJ1で90分間プレーできるレベルにあることはわかっているはずだ。それでも、FC東京の現在のチーム状況を考えたうえで限定的な使い方をしているのだろうし、私も今の起用法がベストだと思っている。
また、メディアが彼に過度な期待をかけてしまっている部分もある。そうやって注目されていることに久保自身も気づいているだろう。他の選手との調和を考えて「注目されすぎて居心地の悪い思いをしているのではないか…」とも想像してしまう。
久保は、来年6月に18歳の誕生日を迎えたら、バルセロナに戻るという可能性も十分ある。日本では注目度が高く、たぐいまれな才能を持つと言われている久保も、欧州のトップリーグ、それもバルセロナに戻るようなことがあれば、同世代に彼と同じかそれ以上の才能の選手は数多くいるわけで、”ワン・オブ・ゼム”の選手になる。
それはどういうことかというと、彼への注目度がJリーグにいるときのような高いレベルではなくなり、もっと厳しい競争にさらされるということ。だからこそ、さらに選手として成長できるチャンスがあるともいえる。バルセロナのような世界最高峰のクラブであれば、より質の高いトレーニング環境、より激しい競争のなかで、高いレベルのサッカーに集中できる環境が整っていることは事実だ。
そう考えると、今のようにJリーグでのある種の”特別扱い”が続いてしまうことは、久保の成長を妨げることにつながりかねない。ピッチ内外において、久保がさらにステップアップしていく環境が整ってくれることを願うばかりだ。
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