新人社員が読むべき松下幸之助の大金言5
■春は松下幸之助さん「成功するビジネスマンの考え方・姿勢」
私は、松下電器(現パナソニックグループ(旧松下電器産業)創業者・松下幸之助さんの著作を愛読しています。その中には人生やビジネスで成功するヒントがたくさん書かれています。とりわけ新入社員など若手社員は「新年度」を迎えるこの時期、松下さんの金言を味わうといいのではないでしょうか。今回はその一部をご紹介しましょう。
(1)「すべてに学ぶ心」
松下さんはこう述べています。
「学ぶ心がなければ、何を見ても、何をしても、ただそれだけのことで終わってしまうでしょう。人と会って話をしても、人々の姿、世の動きなどを見ても、ただ話をするだけの見るだけに終わってしまう場合が多いのではないでしょうか」(『素直な心になるために』PHP研究所)
学ぶ心、そして、そのベースとなっている素直な気持ち。これがなければ、すべてのことから得られることはありません。つまり、自分は成長しません。
また、自分では「学んでいる」と思っていても、実際はそうではないケースも多々あります。大事なのは、時として甘くなりがち自己評価ではなく、お客さまや働く仲間、ひいては世間から評価されること。そうした客観的評価が出て、やっと「学んだ」といえるのではないでしょうか。
つまり、学ぶことが、自分のアウトプットの質や量を上げ、それが自己評価でなく、他人からの評価が上がることでしか、学びが本物となっているかどうかを判断できません。
心のどこかで「これで十分(学ばなくてもいいや)」と思っていたら成長は期待できません。「分かっている」と思うと勉強しなくなるのと同じです。ビジネスの経験を積んで、いろんなことが分かったつもりでも、素直に謙虚に、「まだまだ不十分、常に学ぶことが大切」「もっと素直にならなければ」と考えていくことが重要です。
■「一人前で終わる人」と「一流になる人」の天と地
(2)「真剣勝負」
私が毎晩欠かさずに読む松下さんの『道をひらく』(PHP研究所)には「真剣勝負」という言葉の項目があります。人が成功するかどうか。それはもちろん能力の問題もありますが、それ以上に、ものごとに真剣に対応しているかどうかにかかっている部分が大きいと思います。
頭の良い人、要領の良い人は、人よりもうまく・早く物事ができるので、周りの人から評価されることが多いです。そのことは悪いことではありませんが、そういう人は、そのうちに、「適当に」ものごとをこなすようにもなりがちです。
そして、それが習慣化すると、いつかは、コツコツと、そして真剣にものごとを行ってきた人に追い抜かれ、人から評価されないということにもなりかねません。
要領の良い人が「一流」になりにくいのはそのためです。
「一人前」には人より早くなれるのですが、そこで慢心して、何事にも真剣でなくなり、「一人前」で人生を終えてしまうのです。もちろん、頭の良い人、要領のよい人の中にも常に真剣に物事に向き合う人はいますが、多くの人は社会人経験に慣れると少し緩みます。だから、いつも「真剣さが大切だ」という認識を持っていることが必要です。その意識の差が「一人前」と「一流」とを分けるのです。
新人社員や若手社員が、目の前のことを一生懸命、真剣にやることが重要なのは言うまでもありません。松下幸之助さんも、そのことを厳しく指摘されています。
「真剣」という言葉は、もともとは本物の剣ということです。
竹刀で防具をつけて剣道の試合をする場合には、打たれたら次は打ち返せばいいと思うかもしれません。しかし、木刀で防具なしとなると、打たれれば骨折ということにもなりかねませんから緊張度がちがいます。
「まして真剣勝負ともなれば、一閃が直ちに命に関わる。勝つこともあれば、また負けることもあるなどと呑気なことを言っていられない。勝つか負けるかどちらか一つ。負ければ命が飛ぶ」(『道をひらく』)
そういう気持ちで日々の仕事に取り組む人が成功するのです。
■デキる社員に「ノロい人」はいない
(3)「しかも早く」
松下幸之助さんは、ものごとを早く終わらせることを強く意識していた人でした。
私も経営コンサルタントとして多くの有能な経営者や管理職を見てきましたが、のんびりしている人で成功している人を見たことがありません。彼らの共通点は「明日伸ばしの習慣を持たない」ということです。そして、一つひとつの仕事もきっちり手早く完了します。
松下さんは、書いています。
「ものごとを、ていねいに、念入りに、点検しつくしたうえにもさらに点検して、万全のスキなく仕上げるということは、これはいかなる場合にも大事である。(中略)しかし、ものごとを念入りにやったがために、それだけよけいに時間がかかったというのでは、これはほんとうに事を成したとは言えないであろう。(中略)今日は、時は金なりの時代である。一刻一秒が尊いのである。念入りな心くばりがあって、しかもそれが今までよりもさらに早くできるというのでなければ、ほんとうに事を成したとはいえないし、またほんとうに人に喜ばれもしないのである」(『道をひらく』)
まず、大切なのは質です。質を高めなければ評価を得られません。しかし、それを早くやる。そういうことを工夫できる人は、いいアウトプットがたくさんできます。その結果、さらにチャンスが与えられます。その仕事も速くこなす。そうなれば、良い循環で、さらに評価を得られるのです。
「時間の長さ」だけで勝負している人は、必ず限界がきます。例えば、プレゼンテーションの資料を時間かけていいものに仕上げる。悪くはありませんが、問題はあります。
なぜなら誰にも1日は24時間しか与えられていないからです。若いうちは、求められるレベルや量がそれほど高くはありませんから、残業を多くするなどで何とか仕事をこなせば、評価も得られるかもしれません。しかし、仕事量が増え、高い質の仕事を求められるようになると、それではどうしようもありません。ではどうすればいいのか。「時間」から「工夫」に焦点を変えていくのです。苦労して「時間」をかけて自己満足に陥っていないで、課された仕事を「工夫」して短時間でやる。この心がけこそが人を磨くのです。
■仕事の愚痴ばかりの人は、自分が「反省しない人」
(4)「反省する」
仕事をしていると、愚痴をこぼしたくなることもあります。そういうときは、客観的に自分を見ることが大切です。嫌な上司や無能な部下、平気でウソをつくような取引先がいることもあるでしょう。そういう場合でも、まず自分でできることを考えるのです。愚痴の原因を攻撃するのではなく、解決するために自分がやれることを精いっぱいやる。そのことで突破口は見つかるかもしれません。
松下幸之助さんは、「自己観照」をしばしばしていたようです。
自己観照。これは、自分を見つめることです。頭のイメージの世界で、自分の心を自分の中から外へ出し、そしてそれを客観的に見つめる。なかなか難しいことですが、訓練すると次第にできるようになります。そして、自己観照によって、自らのとらわれや思い込みに気がつき、これを正していくことができます。その結果、自分本位な考え方にならず、物事を正しく判断できるようになるというのです。
一般的に、仕事でうまくいかないことが続出する人は、「反省しない人」かもしれません。何かトラブルがあると、相手や世の中に文句を言います。結果、理屈ばかり上手になっていく。文句を言っていても、何の解決にもなりません。365日好調という人はいません。時には失敗する日何をしてもダメな日もあります。そんなときは自分のどこが悪いか、静かに振り返ってみる時間をつくることが大切なのです。
(5)「私心にとらわれない」
前出の『素直な心になるために』の冒頭に「素直な心」のあり方のひとつとして、「私心にとらわれない」ということが出てきます。私心とは「自分だけの利益や欲望にとらわれる」ということです。
「私心にとらわれない」ようにするのは難しいことです。松下さんも「私心が全くない、というような人間は、いってみれば俗事を超越した神の如き聖人であって、お互い凡人がそう簡単に到達しうる境地ではない」と述べています。そんな境地にはなかなかなれないのです。
松下さんはこう続けます。
「やはり、ふつうの場合は、それなりの私心をもって日々の生活を営み、活動を続けているのが、お互い人間の姿といえるのではないでしょうか。また、それはそれでよいと思うのです」
そうなのです。私たちは、なかなか私心から抜け出せないものなのです。しかし、大事なのはその後です。松下さんの文章はさらに続きます。
「私利私欲の奴隷になってはいけない」
「私心にとらわれて物を考え、事を行うということとなると、やはりいろいろと好ましからざる姿がおこってくる」
つまり、私利私欲はなくせないが、私利私欲にとらわれてはいけないということなのです。京セラの創業者・稲盛和夫さんも、物事を判断するときには「動機善なりや、私心なかりしか」とおっしゃっていますが、やはり成功する人は、全体のことを優先して考える、儒教で言う「先義後利」(道義を優先させ、利益を後回しにすること)ができているのだとつくづく思います。
(小宮コンサルタンツ代表、経営コンサルタント 小宮 一慶 写真=iStock.com)