トランプ大統領のアジア歴訪の旅も終わりに近づいた(写真:ロイター/アフロ)

先週はアジア歴訪中のトランプ大統領の言動が話題となった。訪日中に行われた日米首脳会談では、日米の通商問題がテーマの一つとなる懸念があったものの、直接的な議論は避けられた格好だ。通商問題については、ペンス副大統領と麻生副総理による日米経済対話の場で協議することとし、両首脳とも、「日米両国で公正で実効性ある経済秩序をつくり上げる努力を重ねていく」と述べるにとどめた。

トランプ大統領の不規則な発言もなく、訪問イベントが無事に終了したことも好感されたのか、大統領が離日した7日以降、日経平均株価は上昇した。企業収益の改善や経済指標の好転に伴い、11月9日には一時、1992年1月以来となる2万3000円の大台に乗せた。日米欧ともに緩やかな景気拡大と低インフレの、いわゆる「ゴルディロックス(適温経済)」となるなか、金融市場ではリスク資産が上昇しやすい環境にあり、グローバルな株高は当面続くとみている。米国議会で税制改革法案の通過が危ぶまれていることで、9日に米株価が急反落、10日続落したものの、米国経済の緩やかな拡大基調に変わりはないとみている。

なぜ北朝鮮リスクで円高になるのか

ただ、懸念すべき材料もある。トランプ大統領のアジア歴訪中、あるいは帰国後のリスクとして北朝鮮問題が挙げられよう。10月28日、トランプ大統領の訪日を1週間後に控える日本に対し、北朝鮮は、「アメリカの手先となって軽率にふるまえば日本列島が丸ごと海中に葬り去られることを肝に銘じるべきだ」とのコメントを同国の「アジア太平洋平和委員会」の報道官談話として発表した。


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以来、不気味な沈黙を保っているが、今後何らかの挑発行為に出る可能性には引き続き警戒が必要だろう。その場合、足元1ドル=113円台〜114円台前後で安定しているドル円相場は、一時的に円高に向かう公算が大きい。この半年間で同国により10回のミサイル発射があったが、ほとんどのケースで、値幅に差はあれどドル円の初動の反応は円高となっている。

こうした傾向について、「北朝鮮がミサイルを発射するとなぜ円高になるのか?」という質問を最近頻繁に受けるようになった。たしかに、日本に近い国が問題行動に出た場合に、リスクにさらされているはずの日本の「円」が買われるのには違和感を覚える投資家も多いだろう。

構造要因と市場心理による短期的な要因がある

筆者は主に、以下4つの要因があると考えている。

第1に、日本の国際収支構造が挙げられよう。日本は経常黒字国であることから、海外から得た利益を日本に戻す際に円買いが生じるため、これが恒常的に円高圧力となっている。一方、日本の投資マネーは海外に向かっているため金融収支は赤字で、これによる外貨買い・円売りが基本的には円安圧力となっている。

通常は、この経常黒字と金融収支赤字がバランスを保っているが、ひとたびリスクオフになると、海外に向かう投資マネーが細るため、このバランスが崩れ、もともとあった経常黒字による円高圧力のほうが強くなってしまうのだ。


第2に、さらに市場心理が悪化しリスクオフが進む際には、手元流動性を確保しようという理由から資産を現金化する動きとなりやすい。海外に投資していた株や債券などを売って資金を日本に戻す、いわゆるレパトリエーション(本国送還)の際には、海外から引き揚げた外貨が円転されるため、円高が一段と加速しやすい。

第3に、外国人投資家の動きも忘れてはならないだろう。市場がリスクオフに傾き、日本株の下落によって投資元本が減少すれば、外国人投資家にとってはその分の為替ヘッジは不要になる。したがって海外投資家が、不要となった円売りヘッジを解消し、円を買い戻す動きが一部で発生することも円高圧力となる。

第4に、投機筋の動きも挙げられよう。今や、「リスクオフ=円高」がほぼ公式のようになっているため、短期投機筋は反射的に株価が下落すると円を買う。それがプログラム売買にセットされていれば、機械的に株安とともに円買いが進むケースも多いだろう。こうした短期投機筋の動きも、リスクオフの際円高が進みやすい要因となっている。

東日本大震災の際に、日本で起きた災害にも関わらず円高が進んだのは、上述した4つの要因が背景といえよう。これらが複雑にからみあい、災害発生直後にドル円では約5円程度の円高となった。とはいえ、図表の国際収支の動きで、為替市場における需給バランスが明確に分かるわけではない点には注意が必要だ。

「北朝鮮リスク=円高」が崩れるとき

日本の経常黒字は、いまやそのほとんどが貿易黒字ではなく所得収支黒字となっている。海外投資から得られる配当金や利子などがこれにあたるが、これらはすぐに円転する必要はなく、そのまま海外で再投資されるケースが多いことから、必ずしもダイレクトに円高要因となるわけではない。金融収支も同様である。この赤字が膨らんでいたとしても、機関投資家の外国債券への投資などは一部為替ヘッジを行っているため、すべてが円安要因に効いているわけではない。輸出企業による為替ヘッジや、機関投資家による為替ヘッジは、ある一定の傾向を知ることや企業による公表ベースの調査は可能だが、詳細な動向まではわからないのが実情だ。

また、北朝鮮リスクは、これまでもそうだったように短期的には円高要因だが、より事態が深刻化した場合には、必ずしも円高とは言い切れない点にも注意が必要だろう。仮に米国が先制攻撃を仕掛けたり、その後の混乱が長引いた場合には日本経済にも深刻な影響が及ぶリスクは高い。この場合、日本のマネーが海外に逃避する、あるいは海外勢の投資マネーが日本から逃避するような資本逃避の流れとなれば、いずれは円売りにつながっていく可能性もあるだろう。

短期的なリスクオフであれば、たとえそれが深い調整となったとしてもいずれ相場は値を戻す。しかし、長期的な為替のトレンドを決定づけるのは構造要因であり、それに対してどういった影響を及ぼすかがカギとなる。「北朝鮮リスク=円高」と公式に当てはめずに、それが経済構造にどのようなインパクトをもたらすのかをチェックする必要がある。