今夜放送新海誠「秒速5センチメートル」は呪われた「君の名は。」である

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『秒速5センチメートル』がテレビ朝日、3月17日の深夜3:25から放映される。
AbemaTVでは3月18日午後2:00から『星を追う子ども』と合わせて配信される。
中学時代に深夜書いたラブレターを、大人になってから読み返すような気分になる作品だ。
以下、ネタバレありです。


眩しいセカイ、失ったセカイ


3つの短編で作られている連作だ。主人公は男子・遠野貴樹と女子・篠原明里。

1話「桜花抄」。
小学校時代に出会って親しくなった2人が、転校して離れ離れになる様子を描く。
桜が雪のように降る。雪降りしきる田舎の駅舎での再会。
神話のようにキラキラしたラブストーリーは、強い光と影で彩られる。

2話「コスモナウト」。
鹿児島に引っ越した貴樹。彼に恋をする少女・澄田花苗。
高校生の貴樹は、いつも遠くを見ている。だから彼に告白できない。
天高く登るロケット。『ほしのこえ』『空の向こう、約束の場所』に続いて、世界そのものを表すような空が表現されている。

3話「秒速5センチメートル」。
大人になった貴樹。人を傷つけ、一人ぼっちになり、仕事も辞める。
行き惑った末の喪失感ともがきと痛みが、もりもり描かれる。
背景は薄暗い。

面倒くさい貴樹


みんなを幸せにしてくれる大団円感は皆無だ。
ただ、悲劇ではない。

成長した貴樹のポエムがひたすら厄介。
初恋の女子のこと考えながら思い出に浸る「ボク」って、なんかいい具合に見えちゃうのだ。
「傷つきたい」という願望にすら見える。
彼が2話、あることでケータイをいじる様子なんて、見ていてむずがゆくて仕方ない。
これが、ゴリゴリ描きこまれた映像の圧力で、つい飲み込めてしまう。

貴樹のいじけた行動に少しでも共感した瞬間。
見ているこちら側が封印していたはずの、若い時の万能感、自己陶酔が溢れ出してしまう。
もっとも今は無力だけどね、何もできてないけどね、という追い打ちまで来る。

一方で、2話の片思いする花苗の境遇を理解すると、今度は貴樹に全然共感できない。
アンニュイに遠くを見ている貴樹は、かっこいい。けど実は貴樹はなんにもしていない。
むしろ、花苗に対しての思わせぶりな態度が本当にひどい。花苗に謝れ。
人を傷つけたことすらも含めて自分に酔っているように見える貴樹。
だいぶ気持ち悪い。

ラストシーンの、カットのフラッシュと山崎まさよしの歌。
思い切って前向きになったようにも見える。過去を引きずりすぎているようにも見える。

『秒速5センチメートル』の呪いを解いた『君の名は。』


『君の名は。』は『秒速5センチメートル』のアンサーだと言う意見をちらほら見かける。
主人公の瀧と三葉が、ちゃんと行動し、再会しているからだろう。

一つ重要なギミックがある。
2人が相手のことを一切合切「忘れる」という点だ。
『秒速5センチメートル』は忘れられないがゆえに悶々と迷走する。
『君の名は。』は一回リセットがかかった状態で、「かつての思い出」で動くのではなく、新規で出会い直している。

貴樹が抱え込んだ、トゲトゲしたポエムのとげが、全部抜かれた。
「入れ替わり」というファンタジーがあるから、遠距離についてはあまり気にならない。
貴樹は明里に対して、言葉で思いを表現できなかった。ラブレターも渡せなかった。瀧と三葉はお互いの生活環境がわかっているから、本音が言えるし、気遣いもできる。
貴樹は踏み出すことができずうろうろしていた。瀧は三葉に会うため自分で調べて、彼女のいた場所まで足を運んでいる。

新海誠本人が「エンタメど真ん中」と言っている通り。『君の名は。』はものすごくワクワクするし、幸せな気分になれる。カップルがデートで見に行けるタイプの、ひねくれのない映画になった。
だからこそ、ちょっとだけ寂しさを覚えてしまう。
前進できている明里を、停滞したままの貴樹が見ているかのよう。
『秒速5センチメートル』の「痛い痛い」感は、正直自分に甘えられるので、心地が良い。
たまに心の自傷行為をしたくなる欲を、しっかり受け止めてくれる。

監督は「サービスを詰め込んだ作品をもう1本、2本作れたら」とインタビューで答えている。
3本目以降また、自分をさらけだす路線に回帰してくる可能性が、ちょっと見える。

小説とマンガの補完


『秒速5センチメートル』にはノベライズとコミカライズがある。(参考記事)


小説版は新海誠本人が執筆。
一番大きいのは、中学生時代の貴樹と明里の、渡せなかった手紙の全文が明らかになり、2人の気持ちが明確化しているところだ。
貴樹の迷走する成長過程はさらに細かく描かれており、村上春樹『ノルウェイの森』の主人公と比較したくなるシーンも多い。


コミカライズ版は、基本のストーリーは同じで、追加シーンがめちゃくちゃ多い。
新海誠のどろっとした感傷男子の欲望が、コミカライズの清家雪子の視点で整理整頓されて、前向きな恋物語になっている。
作中で首を傾げた部分がある人にはとてもオススメ。
(たまごまご)