女性暴行殺人で限界に達した沖縄県民の怒り。暴徒化の恐れに米軍も苛立つ“反基地感情”のリアル
「なぜ娘なのか、なぜ殺されなければいけなかったのか。被害者の無念は計り知れない悲しみ、苦しみ、怒りとなっていくのです。次の被害者を出さないためにも全基地撤去、辺野古新基地建設に反対。県民がひとつになれば可能だと思っています」
6月19日、沖縄・那覇市で開催された県民大会。米軍基地で働いていた元海兵隊員による暴行殺人事件を受け、犠牲となった20歳の女性の四十九日に開かれたものだが、被害者の父親のメッセージが読み上げられると会場は静まり返り、深い悲しみに包まれた。
集まった参加者は約6万5千人。壇上で翁長雄志(おなが・たけし)沖縄県知事が「政府は県民の怒りが限界に達しつつあることを理解すべきだ」と述べると、会場全体から大きな歓声と拍手が沸き起こった。
これまで米軍関係者による凶悪事件が発生したり、基地問題を巡って大きな動きがあるたびに開催されてきた県民大会。米兵3人による少女暴行事件が起きた1995年、普天間飛行場の県外移設が叫ばれた2010年、そしてオスプレイの配備が決定された12年にも大規模な県民大会が開かれている。
沖縄の基地問題を40年近く取材し続けているフォトジャーナリストの森住卓氏がこう話す。
「今回の県民大会の会場で感じたのは、事件を受けて基地問題に対する沖縄の県民意識が大きく変わってきている点。過去の県民大会と比べても“怒りの質”が全く違っていました」
森住氏が指摘するその変化は、会場で参加者全員に配布されたメッセージボードにも表われていた。そこには『怒りは限界』とある。
「3年前、基地移転に向けた辺野古沖の埋め立てを決断した仲井真前知事に対する大規模な抗議集会の際に掲げられたボードは『怒り』でした。そこに『限界』という文字が書き足されたのは『もう我慢ならない』という強い県民感情の表れでもあります」
1945年以降、沖縄で発生した米軍関係者による事件の被害者数は強姦殺人・22人、殺人事件・75人、強姦・321人(未遂含む)。といっても、「特に性犯罪は被害者が告訴できずに泣き寝入りするケースが多々あり、表に出てくる事件は“氷山のほんの一角”に過ぎないことは沖縄県民ならみんな知っていること」(森住氏)
政府は事件が起きるたびに再発防止、綱紀粛正を米軍に求めてきたが状況は何も変わらず、また若い女性の命が奪われてしまった。沖縄県民の『怒りが限界』になるのも当然なのだ。
県民大会に参加する人にもある変化が見て取れたという。
「95年に米兵3人による少女暴行事件が起きた際も県民大会が開かれましたが、当時は自治体が前線に立ち、各市町村の青年団など組織ぐるみの参加者が目立ちました。今回、それと決定的に違うのは、人に言われてではなく自分の意思で会場に来ている人が大半だったこと。多くの参加者は今回の事件を『もし私だったら…』『もし自分の娘だったら…』と、自分の問題として受けてとめていました」(森住氏)
会場では被害女性と同年代の若者が多かった点も特徴的だったという。
「過去の県民大会では主に戦争体験者が自身の体験から『二度と悲惨な戦争を起こしてはいけない。だからそれにつながる基地は反対』という論旨で基地反対を叫ぶケースが多かったのですが、今回はこれまで基地問題に無関心だった20〜30代の若者が数多く参加していました。彼らの怒りや訴えは戦争体験者とはまた違った角度から心を打つんです」
例えば、大学生の玉城愛(21歳)さんは壇上に上がってこう訴えかけた。
『安倍晋三さん、本土に住む皆さん、今回の事件の第二の加害者は誰ですか? あなたたちです』
森住氏がこう続ける。
「安倍首相だけでなく、沖縄の基地問題を他人事のように傍観する“本土の国民”に対する彼女の言葉は多くの参加者は胸を打たれました。沖縄の叫びは本土に住む人にも向けられているのです。
他にも数名の若者が壇上から切実な思いを発し、参加者を引きつけました。戦争体験者や年配者に代わって、若者が沖縄の世論を引っ張る存在になりつつあると感じましたね」
今回の事件を契機に“反基地感情”の内容にも変化が起きていた。『怒りは限界』と記されたメッセージボードの裏面には『海兵隊は撤退を』の文字が記されている。
「沖縄駐留米軍の中で、海兵隊の数は約6割。従来の基地の『整理縮小』という小手先の対策ではなく、もっと抜本的な解決策=『海兵隊は撤退を』という表現に強く踏み込んだ形です」(森住氏)
この県民会議は、普天間飛行場の県内移設によらない閉鎖・撤去、日米地位協定の抜本的改定を日本政府に要求することを決議し、その決議文は安倍首相の下にも渡っている。
「沖縄が日本政府に突きつける要求は新たな段階に入りました。『基地あるかぎり事件・事故はなくならない。根絶するためには根源となる基地をなくすしかない』。これが沖縄県民の気持ちなのです」(森住氏)
整理縮小から海兵隊の撤退、そして全基地撤去への県民世論が高まりを見せる中、米軍基地に対する抗議も、より実効性を伴う内容に変質し始めている。例えば、県民大会の翌日には地元紙『沖縄タイムス』にこんな記事が掲載された。
『政府が動かないなら知恵を絞るしかない。たとえば米軍関係者が県民を傷つける行為をしたら、被疑者が所属する基地の運用を一定期間、止める。そのために電力・ガス会社、水道を管理する県企業局に協力を求める』
さらに、最近では辺野古のキャンプシュワブや嘉手納基地のゲート前で定期的に行なわれている抗議集会がヒートアップし一部、暴徒化する動きも出てきている。
「抗議に参加する県民がゲートに座り込み、米軍関係車両の出入りをストップさせることがもう珍しいことではなくなり、そこに機動隊員が駆けつけ、もみ合いになることも日常的になっています。これは県民の怒りの強さを表していると思いますね」
抗議に参加する沖縄県民と、米軍関係者。両者が対峙する現場は日に日に緊張感が高まっている。
「県民大会が開催される前には、米国大使館から近隣に住むアメリカ人に向けて『暴力に発展する可能性がある』と会場に近づかないよう呼びかけがありました。県民の抗議活動の広がりに米軍も苛立ってきているのが実情です。これはあまり望ましい形ではありませんが、県民の反基地感情が一段と高まっている中、収拾がつかなくなる事態がいつ起きてもおかしくない状況まできています」(森住氏)
事件を契機に、沖縄の基地問題は新たなフェーズを迎えつつある。
(取材・撮影/森住卓)