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●「あけぼの」によるオーロラの観測
2015年6月、北海道でオーロラが観測され、赤く染まる空の写真に多くの人々が息を呑んだ。日本国内でオーロラが見られるのは非常に珍しいことで、北海道で観測されたのは今年3月以来2回、さらに3月の前は11年間にもわたり観測されたことすらなかった。

オーロラの発生には、太陽の活動が大きな要因となっている。オーロラは通常、北極や南極の周辺でしか見られず、緯度の低い日本でも見られるということは、それだけ太陽活動が活発になっているという証拠でもある。

そんなオーロラの活動を26年間にもわたって宇宙から見守り続けた人工衛星が、今年4月に運用を終えた。磁気圏観測衛星「あけぼの」だ。「あけぼの」はその長期間にわたる運用の中で、オーロラがどうして生成されるのか、季節や太陽活動などの変化によってどういう違いが生まれるのかといったことを観測し続け、多くの成果を残した。

その観測対象はオーロラだけではなく、地球を取り巻いているヴァン・アレン帯という放射線帯にも広げられた。そして今、来年打ち上げ予定の新しい衛星「ERG」へとバトンが渡されようとしている。

○オーロラと太陽活動

ところで、そもそもオーロラはどのようにして発生しているのだろうか。

その直接的な原因は、宇宙からやってきた電子やイオンが、地球の高層大気の原子や分子と衝突し、その結果として光を放出することでオーロラを見ることができる。原理としては蛍光灯と同じだ。

その電子やイオンは太陽からやってくる。太陽からは、コロナ加熱による「太陽風」や、太陽フレアが関係しているとされる「コロナ質量放出」と呼ばれる現象によって、電気を帯びたガス(プラズマ)が高速で飛んできているためだ。そしてこれらは地球の磁場とぶつかることで、磁気圏という空間を作り出している。地球の磁場は太陽風によって圧迫され、太陽側(昼側)は押し込められ、一方で夜側は吹き流されて、全体的に彗星の尾のような形になっている。

地球に磁場があるのは、地球そのものが巨大な磁石になっているためだ。地球の中には核があり、鉄が溶けて対流し、電流が生み出されていることから、磁力が生じる。たとえば方位磁石が動くのもこのためだ。

そしてこの電子は、地球磁場が持つ磁力線に沿って、大気のある空間へと入り込んでくる。このときに重要となるのが、オーロラの光る高度約100〜300kmよりもはるか上空、3000〜1万kmぐらいのところにある、強力な電圧を作り出す電場の存在だ。この電場は地球から見て太陽の反対側の、地球の半径のおよそ10倍から100倍ぐらいの距離の位置の、地球磁気圏の中にある。

太陽風のエネルギーはもともと1電子ボルト程度だが、この電場によって、最終的にオーロラを起こすことになる電子(オーロラ電子)のエネルギーは、10キロ電子ボルトぐらいにまでなる。こうして強力な電圧で加速された電子は、地球の磁場の磁力線に沿って地球に向かって入り込み、大気とぶつかることでオーロラを作り出しているのである。もしこの電圧がなければ、電子は地球までやってくることはなく、途中で磁気圏に引き返していくことになるという。このオーロラ上空の強力な電場の存在と、それがないとオーロラは光らないらしいということは、今から40年ほど前から予測されていた。

こうしたオーロラの謎を探るべく、日本は1989年に、磁気圏観測衛星「あけぼの」(EXOS-D)を打ち上げた。

○「あけぼの」とオーロラ

「あけぼの」は1989年2月22日、内之浦宇宙空間観測所からM-3SIIロケット4号機によって打ち上げられた。「あけぼの」は地表に最も近い高度が275km、最も遠い高度が1万0500km、赤道からの傾きが75度の軌道に投入された。ちょうど地球を斜めに回り、上からと下からの両方から観測できるような軌道になっている。

当初、目標寿命は1年間とされたが、最終的に2015年4月23日までの、26年2か月間という非常に長い期間にわたって運用が続けられた。磁気圏観測衛星としては世界最寿命で、海外を見渡してもそこまで生き延びた衛星はないという。

その運用の中で、「あけぼの」はオーロラ電子や、その生成機構に関連する長期間にわたるデータを取得し続けた。この長期間というのが重要で、季節の変動や太陽活動、地球磁気活動の変化によって、何がどのように影響を与え、また与えられているのかということをつぶさに観測することができ、統計的に分析することが可能となった。

たとえば「あけぼの」は、オーロラは冬半球ほど強い、ということを発見した。冬半球というのは南北半球のうち季節が冬の部分で、当然その反対は夏半球となる。たとえば日本は12月ごろが冬半球にあたるが、オーストラリアなどは12月は夏だから、夏半球となる。「あけぼの」の観測は、冬半球の上空にオーロラ電子が多く存在していることを示した。

また、オーロラ電子が生み出される電場は、夏半球ほど地球から遠く、冬半球ほど地球に近付くということも発見した。さらに、オーロラ電子の出現する頻度も、夏半球では高度による差異が少なく、一方の冬半球では、低高度ほど頻度が増大することも発見している。これらは電場から出ている電波の強弱を観測し続けることで突き止められたという。

●「あけぼの」によるヴァン・アレン帯の観測、そしてERGへ
○「あけぼの」とヴァン・アレン帯

「あけぼの」はまた、ヴァン・アレン帯の観測でも大きな成果を挙げた。

ヴァン・アレン帯というのは、地球を取り巻いている放射線帯のことで、内帯と外帯の2つのベルトから構成されている。この放射線帯は1958年に打ち上げられた米国初の人工衛星「エクスプローラー1」によって存在が発見され、その観測機器を開発したジェイムズ・ヴァン・アレン教授の名前を取って、ヴァン・アレン帯と命名された。

この発見をめぐってはこんなエピソードがある。ヴァン・アレン教授らがもともとエクスプローラー1で観測しようとしたのは、宇宙からやってくる放射線の量だった。放射線の量を測る装置は「ガイガー・カウンター」といい、数値でその量が示される。エクスプローラー1の打ち上げ後、衛星の高度が上がるにつれて、ガイガー・カウンターの数値、つまり放射線量は徐々に上がっていった。ところが、あるところを境に「0」を示すようになってしまった。ヴァン・アレン教授らはガイガー・カウンターが壊れたのだと考えたが、別の衛星による観測でもやはり「0」を示すようになってしまった。

当初は高エネルギー粒子の数が本当にゼロになってしまったのではとも考えられたそうだが、ヴァン・アレン教授らの研究グループにいた、とある大学院生が、もしかするとあまりに数が多いため、機器が正常にカウントできなくなって0を示したのではないかと思い付き、より多くの粒子を計測できるように改良した機器を打ち上げた。その結果、読みは正しく、地球の周囲に高エネルギーの粒子が大量に集まっている領域、つまり放射線帯が見つかった。それがこんにち知られているヴァン・アレン帯だったのだ。

「あけぼの」が造られた当時は、ヴァン・アレン帯を観測することは目的とされてはいなかったが、前述のように「あけぼの」はちょうど地球を斜めに回り、上からと下からの両方から観測できるような軌道に乗ったことから、副次的にヴァン・アレン帯の内帯と外帯を、「輪切り」するようにして、そして長期間にわたって観測することができた。

実は、「あけぼの」が26年間もヴァン・アレン帯の中を通過し続けたこと自体が、一つの大きな成果だ。ヴァン・アレン帯は人工衛星にとって非常に危険な領域で、たとえば前述した、オーロラを起こす電子のエネルギーは約10キロ電子ボルトだったが、ヴァン・アレン帯の中の電子のエネルギーは、実に1000キロ電子ボルト以上にもなる。

たとえばマイナスの電気を帯びた電子が人工衛星にぶつかると、衛星自体がマイナスに帯電し、ショートを起こし、衛星が壊れることもある。通常の衛星なら数年耐えられれば良いほうで、「あけぼの」が26年間も過ごせたのは非常にすごいことだ。

その26年にもおよぶ運用の中で、「あけぼの」は約11年周期で変化する太陽と、それに伴って変化するヴァン・アレン帯の様子を観測することに成功した。その結果、太陽活動が極大になる時期にはヴァン・アレン帯が大きくなり、逆に極小期には小さく、スカスカの状態になること観測した。ヴァン・アレン帯が太陽活動によって変化することを実際に観測したのは「あけぼの」が世界で初めてのことだった。

ヴァン・アレン帯内の高エネルギー粒子が、いつ、どのくらい増えるのかを予測するのは大事なことで、いわゆる「宇宙天気予報」の課題の一つでもある。「あけぼの」の観測はそうした予測に大きく役立つものでもあった。

しかし、「あけぼの」はヴァン・アレン帯を専門に観測する衛星ではなかったため、その観測範囲は限られていた。そこで来年、ヴァン・アレン帯の観測に特化した、新しい人工衛星「ジオスペース探査衛星」(ERG)が打ち上げられようとしている。

○ジオスペース探査衛星(ERG)

ERGは「エルグ」、もしくはアルファベットをそのまま読み「イー・アール・ジー」と呼ばれている。ERGとはExploration of energization and Radiation in Geospaceの頭文字から採られており、直訳すると「地球の周りの宇宙空間にあるエネルギーの動きや放射線の探索」といった意味になる。ちなみに「エルグ」は、仕事量や熱量の単位の名前でもある。

衛星の大きさは1m x 1m x 2mほどで、打ち上げ時の質量は360kgほどと、「あけぼの」より少し大きいぐらいの、いわゆる小型に分類される衛星だが、その内部には9種類もの観測機器を持ち、ヴァン・アレン帯を徹底的に観測することを目指している。

衛星は打ち上げ後、地表に最も近い高度約300km、最も遠い高度が約3万km、赤道からの傾きが31度という軌道による。「あけぼの」と同じように地球をたすき掛けをするように回りつつも、その高度は高くなっており、ヴァン・アレン帯の中心部に突っ込むように飛行することができるようになっている。

ERGでは、まずオーロラを光らせているよりも小さいエネルギーから、それよりも6桁以上大きなエネルギーまで、非常に広いエネルギーの範囲を観測することができる。また、プラズマの波と電子を10マイクロ秒という非常に高い精度で観測することができ、ヴァン・アレン帯にある電子の一つ一つのエネルギーの変化を直接検出することさえも可能とされる。そこには世界初の技術が使われているという。

ERGは現在も開発中で、予定では2016年の夏ごろに、イプシロン・ロケットの2号機で宇宙へ飛び立つことになっている。

「あけぼの」は2015年4月23日15時59分、停波作業が行われた。停波とは、衛星に搭載されている電波の送信機やバッテリーを停止させ、二度と電波を出さないようにするために行われる作業で、これをもって衛星は、運用を終えることになる。「あけぼの」の運用は終わったが、「あけぼの」がこの26年間で残した膨大な量の成果と知見は、今後もERGの観測計画の立案や、データの解析に役立てられるという。「あけぼの」からERGへ託されたバトンによって、私たちの住む地球の周囲にある、磁場が支配するダイナミックな宇宙空間の謎を解き明かし、本当の姿を見せてくれることだろう。

(鳥嶋真也)