『食の軍師』(泉 昌之著、日本文芸社)

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現在放送中のドラマ『食の軍師』(TOKYO MX)、 『ワカコ酒』(テレビ東京)の2作は、どちらも「酒」にウェイトを置く食マンガが原作(『ワカコ酒』)だ。酒飲みがこんなものを見せられて、飲みに行きたくならないはずがない。そんなわけで、今日も行きつけの店にいざ……と相成ったわけだが、注文の段になり「あ!」となった。

ゴールデンウィーク。

「飲み屋の連休中の営業はどうなっているか」問題は、酒飲みの心配事ベスト5くらいには入るであろう重大事項だ。チェーンではない居酒屋は、たいてい日祝は休みである。ゴールデンウィークやお盆、年末年始などは問答無用で休む。これは食材の卸しの関係もあるので致し方ない……のだが、でもやっぱり飲みに行きたい。ゆえに酒飲みは、居酒屋の連休中の営業日チェックに余念がない。大抵は休みだが、期間中の幾日か、気まぐれ的に開けていてくれる店が少しはある。私が入ったのは、そんな店の1つだ。

ここで、話は注文時に戻る。時間は19時過ぎ。入ったのはやきとん屋である。メニューボードを見るなり「しまった!」と思った。

いつもはびっちりとボードを埋めている品書きの多くが消されているのだ。先ほど、連休中に飲み屋が休む理由に「食材の卸し」の問題があると書いた。特にやきとん(豚の内蔵)などは鮮度がものを言うため、連休中は出せないものも少なくない。さらに、休みと休みの合間の営業だから、翌日に残らないよう、そもそも用意している数が圧倒的に少ない。そんな日の3時間ロス(店のオープンは16時)はかなりデカイ。

我ながら詰めが甘いと反省しつつも、兎角注文をしなければ。まずは、真っ先になくなるであろう串ものから。だが、選択肢は限られている。カシラ、シロ、軟骨輪切りなどを注文。ここの軟骨入りつくねは絶品なのだが、寸でのところでなくなってしまったようだ。無念。

とはいえ、私はまだ運が良かった。それからわずか数分のうちに、頼んだ串もののほとんどが品切れになり、見る見るボードから消えていく。危ない危ない。後から何組も客が来たが、「もう串ものほとんど残っていないんですけど、それでもよろしければ」というマスターの言葉に、諦めて帰っていく人多数。しかし、私はこれはもったいないと思うのである。こういう時は、こういう時なりの注文を楽しむことを強くオススメしたい。

人は馴染みの飲み屋に行くと、無意識に「いつものやつ」を頼んでしまう。その日の気分で変わることはあっても、そこにはいくつかのパターンがあり、大きく逸脱することは少ない。しかし、注文が制限されるということは、普段好んで注文する品が食べられない。つまり、「いつものやつ」以外に活路を見出さざるを得ない。これを前向きに捉えるなら、本当は好きかもしれない/美味しいかもしれない“新たなツマミ”に出会えるチャンスと言うことができる。

この後、私の注文は「豚の串がないなら鶏の串を食べればいいんじゃない?」という方向に向かう。この店、ボードにあるのは豚の串ばかりなのだが、卓上のラミネート加工されたメニューの方には焼き鳥も載っているのだ。いつもはほぼやきとんしか食べないのだが、いい機会だから挑戦することにした。

軟骨入りつくねを食べ損ねたので、代わりに鶏のつくねを注文。それからレバーと砂肝ひも(これはわりとよく注文する)も。つくねは、もちろん豚とはまったく異なる味だが、よくある業務用の練り物っぽいやつではない。弾力がありながらも適度にほろっとしていて旨い。レバーもしっとりしていて、これからは普段も注文しようと思えるレベルである。なんだ、推してはいないけど、十分美味しいじゃないか!

この他にも、いつも食べる豚の「耳元刺し(ごま油+塩)」の代わり「耳刺し(酢みそ)」を頼み、通常は酢みそ和えなのをごま油和えに変えてもらった(ごま油欲を抑えられなかったのである)。こういったアレンジも普段はお願いしにくいものだが、モノがないこの日のような時は頼みやすかったりする。

そして、その晩の超ささやかながら個人的にハイライトだったのが、新じゃが串である。これは通常じゃがいも2個を串に刺して焼いたものなのだが、私が頼んだ時には1個しか残っていなかったのだ。そこでのマスターの代案がふるっていた。

「じゃがいもと里芋のハーフ&ハーフでどうですか?」

ぜひ! というか、むしろそれがいいです!!

芋系の焼き物は、お腹が膨れてしまうのであまり食べられない。じゃがいもも里芋もどちらも好きだが、どちらか片方を諦めるのが常であった。それが“ほくほく”と“ねっちり”という、芋の2つのベクトルを一串で味わえるとは! 品切れが生んだ小さな奇跡に、酒のピッチも跳ね上がる。

……とまあ、そんな感じに飲み続け、限られたツマミながら、むしろいつもより多めに飲んでしまったのだった。

そういえば『食の軍師』は、「どう食べるか」に異常にこだわる男の話だ。そして、それを戦における戦略になぞらえ「陣立て」と呼ぶ。それで言うと、連休中の居酒屋にはこちらの陣立てがまったく通用しない。攻めればするりとかわされ、逆に意外な一手でこちらを翻弄してくる。しかし、こちらが楽しむ気さえあれば、向こうのルールで踊る気さえあれば、普段は見せない一面を見せてくれるのである。
(辻本力)