J1通算137勝は歴代2位。チームを勝たせる稀有な名将の哲学に改めて迫る。 (C) SOCCER DIGEST

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 5年半、柏レイソルを率いたネルシーニョ監督が、今季限りで退団する。J1勝利数は歴代2位でタイトルマッチには負けなし、毎年のようにタイトルを獲得した。Jリーグ屈指の指導者といっていい。
 
 2011年、史上初のJ1昇格即優勝を成し遂げたとき、メディアは「ネルシーニョ・マジック」という言葉で彼の功績を持ち上げた。だが本人は「マジックという言葉は好きではない」と語っている。
 
 実際にネルシーニョは、基本を大事にした指導を行なってきた。やるべきことを徹底してやり、やってはいけないことを強く戒める。偶然性には少しも頼っていない。
 以下の言葉から、それはわかる。
 
 フィジカルについて。
「降格したとき、まず選手のフィジカルを鍛えるところから手をつけた。選手は元々J1でプレーする実力の持ち主であり、それが勝てなかったのは持久力が欠けていたからだ。持久力をつければプレーが安定し、技術が向上する。技術が向上すれば戦術が向上し、無理をすることなくボールを運ぶことができる」
 
 コンパクトについて。
「コンパクトというのは、チームとして戦う姿勢です。サッカーはチームスポーツである以上、コンパクトに戦わなければならない。チームをコンパクトに組織することで、プレーの連続性の質が上がり、ミスしたときにも味方がカバーできる。コンパクトを確保すれば、少ない運動量でも生産性を上げられるのです」
 
 トライアングルについて。
「トライアングルを作ると、ボール保持者に最低ふたつのパスコースの選択肢が生まれる。さらにトライアングルの外にふたりが顔を出すことで、近くの3人での崩しに加えて、サイドチェンジという外の選択肢も生まれる」
 
 利き足とサイドの関係について。
「基本的に右利きは右サイド、左利きは左サイドでプレーするのがいいと考えている。というのはボールを持ち替えなくても、シュートやクロスに持ち込むことができるから。1秒程度、もしくはコンマ数秒の違いかもしれませんが、この違いがゴールの確率を大きく上げるのです」
 
 すべてが理に適っていて、奇をてらうようなことは言わない。
 実際にネルシーニョの試合運びは極めてオーソドックスだ。今季、5バックを続けているように、失点しないことから試合を組み立てていく。
 とはいえ、決して守備的なわけではない。
 圧倒的なキープ力を誇るレアンドロが敵を中央に寄せることで、外にできたスペースを5バックの外のふたり、キム・チャンスと橋本和が一気に縦を突く。後ろにいるはずのふたりが突然、出てくるから効果がある。この形が的中し、前節は清水エスパルスを3-1と粉砕した。
 
 清水戦後の記者会見で、監督の存在意義について尋ねると、ネルシーニョはこう答えた。
「選手にはつねに真剣に取り組む姿勢と、勝つために起こり得るすべてを乗り越える覚悟が必要だと伝えてきました。限られた練習時間で選手にチームの規律と個々の役割を伝え、理解させる。こうプレーすべきだという考えを伝え、そのイメージを選手に信じ込ませるというのが監督には欠かせないと思います」
 
 つまりネルシーニョは、監督に必要な能力はふたつあると述べている。ひとつはサッカーという競技と試合の肝を確実に掴み取るということ。ふたつ目は、それをピッチ上に表現するということだ。
 これは容易なことではない。試合の要諦を掴んでいても、サッカーは不確定要素の多いスポーツのため、現実は上手くいかないことが多いからだ。
 
 先述したコメントからもわかる通り、ネルシーニョは論理の組み立てにも優れている。だが圧倒的に秀でているのは、その論理を実践させる「実現力」だろう。柏の試合を観ていると、彼らが何に重きを置いてプレーしているかがよくわかる。