関西のテレビ界に君臨するやしきたかじん。その“武闘派”ぶりは、全国にとどろいている。一匹狼ながら、歯に衣着せぬ発言で、人気タレントから国会議員までメッタ斬り。その血で血を洗う抗争の歴史こそ、現在の「関西の帝王」にまで登り詰める礎となっているのだ。

 やしきたかじん(63)を一躍、全国区にしたのは、92年10月から放送された「たかじんnoばぁ〜」(読売テレビ系)だった。セットは、バーのカウンターだけというシンプルさながら、毎回ゲストを迎え、バーテンのトミーズ雅が聞き役に回り、マスターのたかじんの毒舌トークに時にはうなずき、時にはちゃかしつつも笑いを交え、高視聴率を獲得。深夜番組ながら最高視聴率で25%を超えるなど、その名は、放送されていない東京圏にもとどろきわたり、日本テレビでも放送されることになった。

 関西在住の放送作家が明かす。

「たかじんの放送禁止トークには『ガォー』という音声がかぶせられたほか、口元も口の動きでわからないように、CGで隠されるなど、その放送禁止内容についても、週刊誌などで取りざたされるほど話題になった。しかも、番組は2本撮りだったが、収録では本当に酒を飲んでいるので、2本目の収録時には酔いが回ってべろんべろんになることもたびたびだった。そして、収録中に前後見境なく放送禁止用語を連発。2分程度、ひたすら『ガォー』っと音声が入るだけで会話の内容がまったくわからないこともあったほど。ところが、これが視聴者にバカウケして、たかじんの“毒舌伝説”につながった」

 だが、酒の席でのガチンコトーク番組だっただけに、トラブルにも事欠かなかった。

 さる在阪テレビ局スタッフが言う。

「実は、番組スタート直後には、大竹まことさんが準レギュラーのゲストとして出演していた。ところがどういうわけか、大竹さんのプライベートの女性関係にやたら触れる。しかも、楽屋で話した内容までそのまましゃべってしまうので、嫌気がさした大竹さんが番組を降板してしまった。ところが、その後もたかじんさんは気が収まらないらしく、番組でたびたび『大竹、文句あんならかかってこんかい』と挑発。そのまま2人の共演は20年以上ないはずです」

 さらには、芸人の間寛平とも仲たがいしたこともある。

「20年ぐらい前のことでしたが、当時、2人は仲よくて、プライベートや女性関係まであけすけに話せる関係だった。ところが、たかじんさんが番組で泥酔するようになると、本人のいないところで突然、寛平ちゃんの女関係を全部暴露してしまったんです。それに怒り心頭になった寛平ちゃんは、ついに殴り込みを決意。そこで、後輩に当たる明石家さんまを誘おうと楽屋を訪ねるも、『兄さん勘弁してや。行くなら1人で行ってください』と拒否された。結局、襲撃は諦めたが、それ以来ずっと絶縁状態が続いています」(さる芸人)

 同じガン患者という境遇でエールを送ってはいるものの、積年の怒りはいまだ収まっていないようなのだ。



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