フィンランド人ジャーナリストのベームは困り、そして怒っていた。

「どうして空港がこんなに遠いんだ。試合が終わった後、成田のホテルまで帰れないなんて、どうすりゃいいんだ」

　幸い、日本サッカー協会関係者が話を聞きつけてホテルを手配してあげたという。試合が終わった後、日本人記者が連れて行ってあ げるとも言われているらしい。安心した青い目の記者は、配られたメンバー表を見て今度はちょっと悲しそうな顔になった。

2月4日、日本代表が国立にフィンランド代表を迎えた夜だった。

「今日は日本が大勝するさ。だってフィンランド代表のレギュラーはリトマネンだけだ。あとのメンバーは将来を見据えた選考なんだよ。6月にスウェーデンでU-21ヨーロッパ選手権がある。フィンランドは初めて予選を突破したんだ。だからこの年代を強化しようと言うことになった。今回来日しているコーチの中にはU-21のコーチもいて、湘南との試合は特に若い子を使って戦ったようだ。日本代表戦はもう少し年齢が上の子を使うようだけど、これじゃ勝てるわけがない」

　5日の午前3時が原稿の締め切りというベームには、悲劇的な原稿のイメージがすっかりできあがっていた。
「でも17番には注目してほしい。彼はU-15やU-17でもキャプテンを務めていたし、伸び盛りだ。うまいのはベンチスタートの11番なんだけど、彼は監督の方針と考え方が違うからどれくらい使ってもらえるか……」

　燃料サーチャージが下がったからチケットを手配できたというベームの初来日は、彼にとってあまりすてきな思い出にならなかったかもしれない。ベームご推薦の17番は確かに活躍したが、若いフィンランドを日本は木っ端みじんに粉砕した。お気に入りの11番は、終了間際にほんの少しだけ交代出場した。

　試合後、ベームは困ったような、怒ったような、悲しいような複雑な表情で現れた。

「日本の記者席は狭いよ。僕以外のフィンランド人はもっとおなかが大きい。これじゃおなかがつっかえて座れないはずだ」

　八つ当たりだろうし、彼がもっとやせればいいだけの話だ。だけど負けた相手をさらに刺激するのはよそうと思っていると、彼はそのまま勢い込んで言葉を続けた。

「本当のフィンランドはワールドカップ予選でドイツと引き分けたりして力を付けているんだ。だから今度は本当の代表チーム同士でやろう。そのときは日本はすごいトラブルになるぞ」

　啖呵を切って彼の気持ちも多少晴れたのだろう。ちょっと落ち着くとベームは「だけど今回は日本人がとても親切だと分かったよ。いい国だった」と言って記者会見室に消えていった。

　5-1という大差をつけても相手が若手中心のチームなら慢心するわけにはいけない。日本代表選手もそう感じているようだった。ところがオーストラリアでは、この大勝にジャーナリストたちが日本に対する警戒レベルを一気に引き上げていた。翌朝早く、オーストラリアのラジオ局からの電話が鳴った。（つづく）

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