日本人女性の声は世界で一番高かった(写真:iStock)

「いい声」の人の言葉にはなぜ説得力があるのか。『声のサイエンス』を書いた音・人・心 研究所理事 山粼広子氏に詳しく聞いた。

──生涯で最も多く聞く「音」が自分の声なのですね。

意識されることは少ないが、それだけ絶大な力を実は秘めている。人の心を動かし、揺さぶり、自分自身の心身さえ変えていく力を持つ。声にその人のすべてが出てしまう。人間は声による奇跡の積み重ねで作られている。

──奇跡?

声は人間の脳と聴覚と発声の驚異的な連携の賜物だ。人間は、連携をほとんど無意識に行い、同時に他人の話まで聞くという離れ業を当たり前のようにやっている。

声帯は声を出す器官ではない

──新生児も6カ月を過ぎると声を発するようになります。

それも突然話せるようになったと思うかもしれないが、そうではない。それまでに膨大な音を聞き、脳の中で話すための音の回路を1年ぐらいかけて形成する。新生児が発音を楽しむような声を発するのは、それまでに聞いたすべての音を脳に蓄積しているからだ。

──声に専用の器官はないとも。

声帯が声を出す器官だと一般に思われているが、そうではない。声帯は気道に異物が入らないようにするための門のようなもの。発声には肺から出す呼気を利用するが、その強さを意識しているわけでもない。声帯が振動した原音は声ではない。ブーという小さい音なので、それが声になるためにはその上の部分の共鳴が必要で、声道をはじめ体のすべてが共鳴することになる。

舌にしても本来はしゃべるためのものではないし、唇も歯もそうではない。話すために声帯から出た音を言葉に応じた発音にして、言語世界を作り上げる。これは奇跡としかいいようがない。

──しかも、声は社会によって作られるのですね。

社会によって作られる一方で、声によって社会を作っていくところもある。人は話すときに聴覚で自分の声を確かめながら発声する。同時に周囲の音すべてを聞いて、周囲の音に自分を適合させることで、声の個性が決められていく。

たとえば大家族でつねに大声が飛び交う家で育てば、大きな声や響く声の出し方を身に付けることになる。逆に静かな環境で育てば、大きな声を出すことが必然的に少なくなるので、小さな声で話すようになるだろう。

日本人女性の声の高さは世界一

──声で感情や体調もわかるとか。


山粼広子(やまざきひろこ)/音楽・音声ジャーナリスト。日本音楽知覚認知学会所属。国立音楽大学卒業後、複数の大学で心理学・音声学を学んだ後、認知心理学をベースに人間の心身への音声の影響を研究。学校教材の執筆も手掛ける。著書に『8割の人は自分の声が嫌い』など。(撮影:田所千代美)

慣れてくると声でウソつきもすぐわかる。前日飲酒したかどうかも声に出るし、女性の場合、生理ばかりでなく妊娠も声に出る。声は脳と体を使って出すものだから、その人のすべて反映してしまい、隠しようもない。

──日本人女性の声は高いとも。

多くの国で調べてきたが、声の高さは世界一だ。それも本来の地声よりも高い声を作って話す。地声はそれほど高くはない。最近は体格がよくなり、声帯が短いわけもなく、本来は落ち着いた低い声が十分に出るはずが、それを隠して作り物の高い声で話す。

中国人の声も高い。もともと中国語は一つの母音に対して、七つや九つの発声音があったりする。ちょっとしたことを一言話すにしても、その中の音程変化が大きい。日本語はそうではなく、比較的抑揚は落ち着いている。

最近の日本人女性は、本来なら230〜240ヘルツで話すべき抑揚を300〜350ヘルツの高いところに持っていく。これは不自然。

──女子校に行くと実感できる?

小学生からそう。小学生はまだ声道が短く、声帯も未発達のところがあって、初潮を迎えるあたりから落ち着いた声になってくるはずが、最近の子はそうではない。社会的にかわいい女性を求められ、男性の顔をうかがっているためか。バブルの時代にぐっと低くなったが、21世紀に入ってからどんどん高くなっている。

高い声は生物として弱く、何らかの守りが必要だという生態を表すといっていい。声帯が短いから高い声が出るわけで、個体として小さい、あるいは子どもである表れの面もある。基本的に高い声を聞いたら、強い者はそれを保護する。日本人女性は声を高め、保護してと言い続けながら生きている感じさえする。

──男性も声が高くなっているそうですね。

そう。しかも地声を出さない。体は大きくなって、本来ならもっと低くて深い声が出るはずが、びっくりするぐらいの弱々しい優しい声しか出ない男子が増えている。男女の動きは片方だけということはないから、声が高くなり続けている女性に若い男性が影響されているのだろう。

中国人のほとんどは自分の声が好き

──作り声も盛んなようです。


作り声は自分自身を偽っているようなものだ。信用できず、人間性からも、その相手を好きになろうとは思わないのではないか。仕事のうえでも決してプラスにはならない。声で人を欺き、声で自分を欺くのだから。体は自然に本当の声を出してと言っている。小さいときから聴覚はたくさんの音を取り込んできて、あなたの声はこうだと示しているはずだ。

──「職業声」もある?

マニュアル化された声のことだ。テレホンアポインターは同じような話し方と声をしている。マニュアルがあり、訓練を受ける。でも、そういう声を聞いた途端に普通の人は電話を切りたくならないか。

初期のうちはよかったのかもしれない。訓練された声はこういう職業の者だという名刺代わりだったから。今はそれが浸透してしまい、すぐああ営業トークかとの反応になる。本当にいい商品を売りたい、仕事内容を伝えたいのであれば、その人の個性が出る本物の地声で話すべきだ。そのほうが人の心を動かせる。

──日本人の多くは自分の声が嫌いと答え、中国人はそうではないとか。

中国人には自分の声が嫌いな人はまずいない。けたたましく話す人でも好きと言い、自己肯定感がすごく高い。自意識も強いし、声の美意識も考えない。いい声、悪い声というよりも勢いよく話すことが好きで、「話した者勝ち」の国民性だ。

では、人前で話すとき、自分の声が嫌いだ、話すのが苦手だという人と、自分の声が好きだ、話せてうれしいと思う人とでは、どちらの話が相手に届くか。中国人が世界中にビジネスを広めているのも、そういう強さが関係しているのではないか。