川崎戦を振り返ってポゼション以上に収穫だったのは、「静かに握るところ」と「激しく仕掛けるところ」の使い分けがしっかりできていたところだ。つまり賢い、効果的なボールの持ち方ができていた。
 
 甲府は前線に強いボール、長いボールを供給してドゥドゥを何度も走らせた。彼は一人で7本のシュートを放ち、74分にはチームの2点目も決めている。甲府はチームとしても15本のシュートを放ち、8本にとどまった川崎を上回った。決定機の数は間違いなく甲府が多かった。
 
 新井は説明する。
「相手の攻撃の入り方で、カウンターにするか、遅攻で行くのかというところ(を判断した)。CBが持ち上がってきた場合はその裏を簡単に狙える。(ボランチの)ネットや大島からの配球なら、カウンターに行きづらいので遅攻を選ぶ。その辺の判断を全員で統一してできていた」
 
 甲府の元監督である城福浩氏はかつて「いいカウンターをするためにポゼションがある」という”金言”を口にしていた。逆もまた真なりで、川崎戦の甲府はいいカウンターがいいポゼションを生んだ。
 
 阿部は振り返る。
「ドゥドゥがずいぶんと裏に飛び出して、相手も嫌がってラインを下げた。中盤のところでスペースができて回せるようになっていたと思う。その駆け引きが上手くいった」
 
 J1は残り10試合。甲府は勝点21の15位と、J2降格の瀬戸際にいる。川崎戦で2ゴールを挙げたとはいえ今季の14得点はJ1最低だ。ただし開幕前を振り返れば、甲府は降格候補の筆頭だった。そんなクラブが耐えるだけでなく、川崎をチクチクと針で刺すくらいのことはできるようになった。
 
「賢いパスワークの構築」はフットボールにおける典型的な長期的テーマ。そこに手間と時間を使ったことは、残留争いが予想されるクラブにとってあまりない選択だ。甲府は順位が近いクラブと違って、大物の補強や監督の交代といった激しい変化がない。そもそも補強については資金的な問題で「できなかった」という方が正しい表現だろう。
 
 ともかく甲府は変化でなく継続という選択をした。攻撃の連係を上げる地道な取り組みで、プロビンチャは残留争いの山場に立ち向かおうとしている。
 
取材・文:大島和人(球技ライター)