現代日本を代表する思想家の東浩紀氏。デビュー本『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』(1999年)で鮮烈なデビューを果たして以来、エッヂの効いた発言を続けている。作家としても『クォンタム・ファミリーズ』(2009年)で三島由紀夫賞を受賞。株式会社ゲンロン 代表取締役。

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自称思想家という人はなんだか残念で香ばしい香りがすることが多いのに、思想家を実際に生業(なりわい)として いる人からは一通りでない覚悟が感じられることが多いのは気のせいでもあるまい。

そもそも思想家とはなにをする人なのだろうか?

「僕もよくわからないんです。聞かれると困っちゃうんですよね(笑)」

最新刊『弱いつながり 検索ワードを探す旅』(幻冬舎)が好調で、新しいファンを獲得している思想家の東浩紀は苦笑いをする。
(前編のコネタはこちらから)

「たとえば今回の僕の本の内容で言えば、人々はリアルの人間関係が強くてネットの人間関係は弱いと思っているけど、それって逆でしょ?と言うわけですね」

しばしの黙考の末、言葉を選びながら東は答える。

「そういう問題提起によって、人々は『ああ自分たちはネットによって不自由になっていたんだ』と気が付くわけです。見方を変えてあげることによって普段見えなくなっているものを見させるのが思想の大きな役割だと思います」

1990年代のデビュー以来、論壇の中心で大きな存在感を示し続けた東は、かつて批評家や評論家という肩書きも用いていた。しかし近年は「作家/思想家」という二つの肩書きに収斂(しゅうれん)させている。批評家や評論家を名乗らなくなったのはなぜなのだろう。

「批評家というと客観的なイメージがあると思うんです。『世の中こういうところが間違っていて、もっとこういうことが必要でこういう対策を立てるべきだが、現政権はうんぬん』というのが批評家のイメージだと思います。でも僕にとってそういうことはあまり重要なことではないんです」

東は震災後の原発事故の教訓を後世に残すために津田大介、開沼博とともに推し進めている福島第一原発観光地計画を引き合いに出しながら続ける。

「震災の後、自分は何をやるべきなのかをいろいろ考え福島第一原発観光地化計画を立ち上げました。それを社会が必要としているものかどうかはわかりませんし、不必要だと言われたらそうかも知れません。ただ僕みたいな人間が言わないと誰も言わないだろうなと思ったからやったのです。これは批評家や評論家の仕事じゃないなと思うんですよね」

実際、同計画をまとめた『思想地図β 福島第一原発観光地化計画』(ゲンロン)が出版されると、「不謹慎だ」という反対意見も含め議論を巻き起こした。これこそが東が思想家として行っている問題提起なのだ。

しかしそうした活動を通じて世の中をよりよくしていきたいという思いは東にはないという。

「究極的にいうと、僕は社会をよくすることを考えていないと思うんですよ」
真剣に語る表情には、冗談めかしたところはない。

「どちらかというと人間というものを自由にしたいと思っているんです」

今の日本はとても不自由な社会だと感じていると東は言う。
いつでも他人の顔色を見て生き、さまざまな情報にキャッチアップしなければならないという強迫観念に追われ、ちょっとしたことですぐに足を引っ張られる社会はあまりにも不自由なので、人々にもっと自由に生きて欲しいという思いがあるのだ。

そのために観光でいいので旅に出ろというのが最新刊『弱いつながり』であり、人々に自由にしゃべれる空間を用意したいと思って作ったのが自身が経営するイベントスペース「ゲンロンカフェ」なのだ。

しかしなぜ日本はそのような不自由な社会になってしまったのだろうか。

「これまた難しい質問ですね。僕も知りたいです。でも基本的には貧すれば鈍するということなのだと思います。お金があった時は余裕があったから、誰か少しくらい得をしている人がいてもいいやと思えていたのでしょう」

「逆にいうと、近代的な個人とか自由とか人権の必要性を理解せずヘイトスピーチを許容する今の姿が、日本の本当の姿かも知れません。そう考えると憂うつですよね」
「『韓国人は出て行け』という素朴な排外主義が、ネットでもリアルでもここまで日本で勢力を得ることになるなんて考えもしませんでした」

東同様現状を危惧し、何かしなくてはという気持ちになっている人は 少なからずいるはずだ。そういう人に東は旅に出ることを勧めている。しかもディープなバックパックのような旅行でなく、観光で十分だという。

「先日、在特会とカウンターのデモを見に行ってきたのですが、市民と国家権力がぶつかる通常のデモではなく、市民同士が『お前ら臭い』などと怒号を飛ばし合うような 異常事態で六本木が騒然としていました。こういうことは10年前は考えられなかったですし、新しい現象が起きていることは間違いありません。それは見ただけでわかりますが、行かないとわからないものです。『弱いつながり』に書かれている観光客と一緒で、 気軽にいろいろなものを見るといいと思います」

そう語る東の活動はTwitterや東が代表を務める株式会社ゲンロンのウェブサイトで追いかけることができる。

日本社会が今までとは違う未知のフェイズに入っていく中、人々の不明に光を当てることをミッションとする”思想家”を名乗る東浩紀の覚悟は計り知れない。
(文中敬称略)
(鶴賀太郎)