鹿児島実vs鹿児島
「打たれて勉強！」
鹿児島 瀬戸口選手
秋の前哨戦となる鹿児島市大会の決勝は鹿児島実と鹿児島の顔合わせだった。夏のベンチ入りメンバーはエース有村 健太（2 年）ただ 1 人の鹿児島実だったが、甲南、鹿児島工戦とコールド勝ちし、投打の潜在力の高さをうかがわせる。鹿児島はラ・サール、錦江湾戦と延長戦をものにするなど粘り強さで勝ち上がってきた。
初回に4番・瀬戸口 達哉（2 年）のライト前タイムリーで鹿児島が先制するも、鹿児島実は 2回に 8番・築地 瑠偉（2年）のレフトオーバー二塁打で逆転する。3 回以降は鹿児島実・有村、鹿児島・瀬戸口の両エースが粘りの投球に両者追加点が奪えず、1 点を争う緊迫した展開になった。試合が動いたのは 8回。二死から4番・瀬戸口が内野安打で出塁し、盗塁と 2 つの暴投で鹿児島が同点に追いついた。勢いは鹿児島に傾くと思われたが、9回裏、鹿児島実は二死二塁から1番・室屋 太郎（2年）のレフトオーバー二塁打でサヨナラ勝ちした。「投手も、監督も、打たれて勉強なんだよなぁ〜」ネット裏の記者席で観戦していた鹿児島実元監督の久保克之さんが、9回裏、二死二塁の場面を振り返ってしみじみと言った。
二死二塁で1番・室屋を迎えたところで、鹿児島の上之薗大悟監督はマウンドに伝令を送っている。間をとって何らかの指示が出たはずだが、初球の甘く入った直球をレフトオーバーに運ばれて勝負がついた。伝令は敬遠か、1番打者で勝負するかに関することだと思われるが、結果的は裏目に出た。 「選手に意見を聞けば『絶対、抑えてみせる』と言う。その言葉を信用したらいけない。私も昔は選手の言葉を信用して何度も痛い目にあった。そこはベンチで冷静に見ている監督が判断しないと」 百戦錬磨の名将・久保さんは経験に基づく持論を語った。
サヨナラ打を放った室屋
実際のところはどうだったのか？敬遠して2番・安藤 優幸（2年）で勝負するか、1番・室屋で勝負するなら一塁が空いているから厳しいコースを攻める。上之薗監督が背番号13の上野拓真（2年）に託した伝令は、その選択はマウンドのエース瀬戸口に任せるというものだった。
瀬戸口が選択したのは「室屋と勝負」だった。2番・安藤は過去4打席無安打、一方の室屋は前の打席でヒットを放っており、初戦では4番を打ったほどの実力者であることは分かっている。勝負球を外角直球で考えていた瀬戸口は、自軍の外野の守備力を考えて、右打者の安藤に外角に合わされて右方向に運ばれるよりも、左打者の室屋にレフト、センターへ打たせた方が抑えられると考えた。捕手・丸田 龍弥（2年）のミットは外角の際どいコースに構えられていたが、甘く真ん中に入ってしまい、痛恨のサヨナラ打を浴びた。
選手を信じて託すべきか？ 大人の判断で作戦を徹底させるべきか？ 上之薗監督も思案のしどころである。久保さんの言うことはよく分かる。しかし「選手を信用したらいけない」という言葉に引っ掛かりもある。一方で、「選手を信用して任せる」といえば聞こえはいいかもしれないが「自分の責任を放棄していないか？」という葛藤もある。勝つか、負けるか、大きな勝負がかかった場面で適切な判断を下すことも「指揮官」の役目ではないか…
もし、九州大会や甲子園がかかった試合で同じような場面が再びやってきたらどうするか、聞いてみた。 「きょうの試合を忘れず、１球１球に集中して、自分が勝負したいと思った打者で打ち取れるボールを投げられるようになりたい」 瀬戸口は言う。 上之薗監督は「感じる力」を身につけて欲しいと言う。強気で勝負の気持ちも大事だが、冷静になってどの打者と、どのボールで勝負すれば抑えられる可能性が高いのか、感じて考える。この試合がそのことを考えるきっかけになって欲しいと期待する。
突き詰めればどちらが100％正しいという答えはない。最終的には結果論でしか語れない面もある世界である。だからこそ、選手も、監督も、何度も痛い思いをして「勉強」しなければならないというのが久保さんの真意なのだろう。
（文＝政 純一郎）
