だが、完全にスモーキースタイルを失ってしまっているわけではない。例えば好調時の右腕の隠れ具合を100だとすれば、今はその半分、50くらいはまだスモーキースタイルを維持しているのだ。もっと分かりやすく言おう。左打者からすれば涌井投手は今もまだスモーキーなのだ。本来のセオリーであれば、右投手は右打者を抑えやすく、左打者には打たれやすい。これは野球ファンであれば誰もが知るところだと思う。ということは、涌井投手は右打者をよく抑えているはずだ。だがどうだろうか、今季の数字に限って言えば左打者からの被打率は.226なのだが、右打者からの被打率は何と.371なのだ。信じられないほど右打者によくヒットを打たれているのだ。この数字こそが半分だけスモーキーという涌井投手の現状をよく表している。

昨日のバファローズ戦も涌井投手が打たれたヒット7本中、実に4本が右打者に打たれたものだ。バファローズはスタメンに5人の左打者を並べて涌井投手を攻略しようとしたが、これは大きな過ちだ。現状の涌井投手を攻略するならば、右打者を9人並べた方が簡単だ。もし昨日のスタメンで右打者が6人以上いれば、バファローズは涌井投手からもっと多くの点を取れていただろう。だがそうならなかったのは、バファローズが涌井投手の現状を理解せずに、左打者を並べてしまったためだ。不振の最中にあるとは言え、涌井投手は左打者に対してはまだスモーキーを維持しているのである。

もし涌井投手のパーソナルコーチであれば、きっとこういうコーチングをするだろうという案を筆者は豊富に持っている。だがそれはライオンズの投手コーチたちもきっと同じはずだ。筆者が持っているのに、経験豊富なライオンズのコーチ陣が持っていないなどと想像はしたくはない。ではなぜライオンズのコーチ陣は涌井投手を再生させることができないのか?それについては筆者にはまったく分からない。何らかの理由や方針があるのか、想像すらできない。だが涌井投手は順調に行けば200勝を目指せるレベルにあるはずのエースピッチャーだ。それだけの投手をここまで長期間再生できないという現状を、筆者はさらに理解することができない。一昔前の野球漫画『H2』に出てくる古賀監督ではないが、筆者としても「俺にコーチをやらせろ!」と思いたくなる心境だ。

涌井投手の再生なくして、ライオンズの日本一はあり得ないだろう。昨日の試合ではフォークボールに手応えを感じたとコメントを残した涌井投手ではあるが、しかしそれでもこれだけ多く右打者に打たれてしまっていては、フォークボールだけで復調することは難しい。フォークボールはあくまでも、質の良いストレートあってこそのフォークボールだ。そして質の良いストレートとは、よくリラックスされた腕の振りだけでしか生み出すことはできない。そう、まるで岸孝之投手のようにリラックスした腕の振り方だ。だがライオンズの首脳陣は涌井投手にリラックスさせるのではなく、リリーフに回すことによって、逆に思い切り腕を振らせるというコーチングを行ってしまった。それにより涌井投手はスモーキースタイルをさらに失うこととなり、肘痛を患って以来2年以上、ずっと復調できずにいる。これはスランプでもなければプラトーでもない。なぜなら不振の原因がハッキリしているのだから、問題はその原因を排除できるか否かだけだ。原因を排除することができれば、すぐにでも涌井投手は復調するはずだ。

涌井投手本来のスモーキースタイルを取り戻すためには、ただ単純に右腕を胴体に隠そうとしてはいけない。右腕が胴体に隠れるという形は、右腕で作るものではない。例えば肘が下がってきている投手が肘を上げようとすれば、今度は肘が上がり過ぎてしまってそこからフォームを崩し、長いスランプに突入してしまう。そうならないためにも肘が下がっている投手に対しては、ステップの仕方を調整してあげることにより、知らず知らずのうちに肘の高さが正常に戻っているというコーチング手法を取らなければならない。スモーキースタイルを失いつつある涌井投手に対しても同じだ。決して右腕はいじってはいけない。スモーキースタイルを取り戻すためには、右腕以外の動作でメカニクスを調整していく必要がある。