さかたき新「みすけん!」の集中連載がはじまった「花とゆめ」(2013年 3/20号)

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大学時代はミステリー・サークルに所属していた。
と初対面の人に打ち明けても「はあ、あのUFO作るやつですか」と聞き返されなくなったのはまことに慶賀至極。
いや、冗談抜きで私が大学生活を送っていたころは、「ミステリー」は「江戸川乱歩」とか「島田荘司」ではなくて「矢追純一」とか「ユリ・ゲラー」のほうに近いものとして認識されていた。「推理小説」よりもその呼称のほうが一般的になって、書店にミステリー棚が設けられるようになるのは1990年代以降のことである。
ミステリーというジャンル名は完全に一般化し、定着した。
しかしまさか、少女まんが誌にミステリー・サークルを舞台にした作品が載るようになるとは。

「花とゆめ」2013年3月20日号から、さかたき新「みすけん!」の集中連載が始まった。第0回というべき読み切り連載が始まったのは前号なので、そこまでの経過を、主人公・相羽千里のせりふで紹介しよう。彼女は京都にある白明館大学推理小説同好会の一回生だ。

彼氏が欲しい
この駄目すぎる動機でサークル難民となっていた時
偶然出会った影森くん(注:影森清正。同大学一回生)
彼に近づきたいがために入ったサークルで
私はある小説の魅力を知ることになる
推理小説研究会
通称ミス研
ここはミステリ好きが集う場所

「彼氏(彼女)が欲しい」人にとって推理小説研究会が良い場所かどうかはOBとしてコメントを控えたい(夢を見るって大事だからね!)。
やや不適切な動機でミス研に入会した千里だったが、影森の影響もあってミステリー小説の魅力にとりつかれることになる。生まれて初めて読んだ作品が『十角館の殺人』、というのは、1990年代以降にミス研に入会した人の多くがたどった道なのではないだろうか。連載第1回の千里は〈館〉シリーズを読破してしまった状態だ。ふとしたことから彼女が歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』に関心を持ったことがきっかけで、ミス研先輩たちの歌野晶午談義が炸裂する。

「(小説の中で描かれている)ゲームの動機も良いわよね/現代だからこそあり得そうで」
「…貴女が言うと何か怖いんですよ」
「実際アレが現実にあったら大問題っス」

「『葉桜(の季節に君を想うということ)』読んだのは本格ミステリ大賞受賞後になったんだけど…その年のミステリ系の賞総ナメにしたの納得したわ…あれ」
「あれもまた違った現代らしい話ですよね」
「社会問題だからな」
「……ただ! ただひとつ心残りがあるとすればそれは…“受賞後に読んだ”ということだ…!!」

こんな調子で連載では毎回ミステリー作品についての雑談が行われることになるのだろうか。だとしたら楽しいな。千里と影森の間柄がどうなっていくのかも確かに気になるが、ミステリーファンにとってはこっちの寄り道も関心事になるはずだ。
先輩たちが本について熱弁するさまを眺めながら、千里はこんなことを言い、考える。

「やっぱりあんな風に本のこと共有できるのっていいなあ」
一冊本を読み終えて
ページを閉じたとしても
そこで全てが終わる訳じゃない
その先にあるもの
何と言えば良いのだろう この感覚は
この場にいるからこそ
感じられるのだと

ミステリーに限らず読書は私的な行為なのだけど、そこで終わらない広がりを実は持っている。たとえば読書体験を語り合えば、本からもらった世界がもっと大きなものになるだろう。自分とは違う読みを知って、新鮮な驚きを受けることがあるかもしれない。そうした読書の悦び、楽しみについても「みすけん!」は語ってくれることになりそうだ。本(ミステリー)を読みすぎちゃってちょっと不感症気味になってます、という方にも一読をお薦めしたいと思う。

自分のミス研体験を少しだけ書かせてもらえれば、やはり「本のことを共有できる」という楽しみがいちばんで所属していたのである。そこでなんとなく身についた「情報を教えあって楽しさを広げていくやりかた」や「深く小説を掘り下げていくための没頭のしかた」は一生の財産となった(同じ楽しさを現在進行形で体験している「みすけん」部員がいるかと思うとうらやましいです)。その恩を忘れないようにしたい、という動機もあってtwitter上で「#こんなミステリーが読みたくて探してます」というツイートを見かけたら、時間のある限りお答えするようにしています(ハッシュタグ発案者のイラストレーター、アルマジロひだかさんによるtogetterまとめはこちら)。よかったらお試しください。

ちなみに「花とゆめ」今号の巻頭では千里が読んだ『十角館の殺人』作者である綾辻行人が登場し、自身の「みすけん」時代などを語っている。「まあ、独特の空気がありましたね(笑)。変人も多かったし、新入生が来ても先輩たちは淡々としていて」という談話の全文については、本誌にあたって確認いただきたい。
(杉江松恋)