そして近年無視できなくなっているのが、特にフロリダ州マイアミに多いキューバ系アメリカ人たちの存在だ。彼らの多くは、元々はキューバで生まれ育ったものの、自国の政治・経済体制に嫌気がさし、アメリカへと亡命した人々とその子孫(アメリカ国籍を取らず、亡命キューバ人として暮らしている人も少なくないと聞く)。もちろん政治的には反共であり、自らのルーツである国に対しても、批判的な立ち位置を取り続けている。前マーリンズ監督のオジー・ギーエンが、TIME紙においてフィデル・カストロ議長を称賛するようなコメントを残し、地元住民から猛反発を食らった事案は、MLBファンの間では記憶に新しいんじゃないだろうか。

 こうした状況を踏まえたうえで、例えばアメリカとキューバを1次ラウンドで同居させることを、どう考えるか。この両国がWBCにおいて、アメリカ国内で対戦することは、例えるならばサッカーW杯のアジア予選において、日本と北朝鮮が日本国内で対戦するようなもの。お互いに国交がない国となれば、実際に入国するにあたってはビザの取得や警備体制の構築など、国交がある国を迎える時以上に、非常に複雑かつセンシティブな手続きが必須となる。上述した移民たちを中心に、アメリカ国内で何らかのトラブルが起きないとも限らない。仮に1次ラウンドから同組となれば、こうしたイレギュラー対応を大会終了まで強いられる可能性があるわけだ。

 またキューバ側にとっても、MLB移籍を目的とした代表選手の亡命が相次いでいる現状、わざわざそのチャンスを与えるために渡米するのはナンセンスなことといえる。そもそもキューバは、第1回大会前には「商業色が強すぎる」と主張し、MLBからの招待の辞退をちらつかせた過去を持つ国。つまり、あまり早い段階でアメリカとキューバを一緒にしてしまうことは、ファンにとっては大きな魅力かもしれないが、運営的にはまさに誰得なんだ。

 とはいえ、もちろんアメリカとキューバによる直接対決が、これまで実現してこなかったわけじゃない。実際、IBAFワールドカップでは何度も相まみえているし、インディアナポリスで行われた1987年のパンアメリカンゲームズでは、決勝で対戦を果たしている(結果はキューバの優勝)。ただ留意しなければいけないのは、これらの大会は国際野球連盟(IBAF)や、パンアメリカンスポーツ機構(PASO)といった中立の国際機関による主催であること。こういった組織が主催者となるのであれば、仮に政治的には相当厳しい状況でも、多少無理をしてでも交流のない相手を受け入れなければならない(そうしなければ大会自体が成り立たず、開催国としての責任を果たせないからだ)。

 しかしWBCは違う。MLBという、アメリカの一国内リーグが他国を招待することにより、争われる大会だ。つまり、既に述べてきたようなリスクを、運営サイドの工夫によってうまく避けることはいくらでもできる。むしろ、そのリスクを敢えて被ったために何か緊急事態が起きた時、「本来は避けられたリスクなのになぜ被ったんだ」と批判されるようなことは、十二分に想定できるレベルだ。いくら興業のためとはいえ、自国に不利益をもたらす可能性のあるような一団をわざわざ招き入れるほど、アメリカ人はバカじゃない。もちろん、その当事国が大会を勝ち進んだ場合は別だけどね。

 また、反米国へのアメリカ側の対応という意味では、ベネズエラとの比較にも触れておく必要があるだろう。同じ中南米の強豪で政治的には反米、そして国内の経済状況は決してよろしくない、という意味でも共通項が多いキューバとベネズエラだけど、キューバ代表が全て国内リーグの選手で占められているのに対し、ベネズエラ代表は大リーガーが大多数を占める構成だ。彼らはそれぞれのMLB球団における主力格であり、WBCが行われる3月頃に行われるスプリングトレーニングからは、できれば遠ざけておきたくはないはず。今回の第3回大会において、キューバが遠路はるばる来日することになったのに対し、ベネズエラがアメリカの自治領であるプエルトリコへの遠征にとどまったことには、こうした背景事情があると推定できる。