【戸塚啓コラム】消えていった「コンセプト」
南アフリカＷ杯が近づくにつれ、岡田監督の語録から消えていったフレーズがある。
ひとつや二つではなくいくつかあるのだが、僕自身が真っ先に思い浮かべるのは「コンセプト」だ。
コンセプトの中身そのものは、真新しいものでない。「人もボールも動くサッカー」や「全員攻撃・全員守備」といった、日本人の指導者なら誰もが胸に秘めるものである。それ自体に文句をつけるつもりはまったくないし、僕はむしろ岡田監督の「コンセプト」に共鳴していた。
「日本人もできる」という発想を起点としたのは、ジーコも同じである。ただ、彼の日本人に対する高評価は、少しばかり盲目的で、チーム作りはブラジル式の典型だった。能力の高い選手を揃えれば、ピッチ上で効果的な化学反応が生まれるというものである。しかし、はからずも06年大会のブラジルが志半ばで帰国したように、ジーコのチームは正と負が共存する揺れ幅の激しい性格を帯びていった。
トルシエが頼りにした集団性だけでなく、ジーコが生かしきれなかった「個」の強みだけでもない、両者を融合させる──岡田監督が「コンセプト」という言葉に託したのは、そんなサッカーだったと思う。
「人が何を言おうが、どう言われようが、我々がブレることはないですし、やり続ける、言い続ける、そして（選手たちに）問いかけ続ける。これだけだと思っていますね」
オーストラリアとの最終予選を３週間後に控えた昨年１月中旬、岡田監督はこんな話をしていた。前年11月のカタール戦に３−０で快勝し、「チームの成長を感じることができているのでは？」という質問への答えだ。
「少しずつ着実に良くなっている手応えはあります。でも、まだまだですよ。要するに、４本つながっていたパスが６本になったってしょうがないんです。シュートにつながらなければ。６本つながって良かったね、と言っている寛容さは、僕らは持っていない。そういう意味ではまだまだやらなきゃいけないことはあり、進歩しなきゃいけない。まあ我々はコンセプトを言い続け、やり続け、ブレないことが一番大事だと思っています」
正直な気持ちを明かせば、このインタビューをするまでは、岡田監督のチーム作りに疑心暗鬼なところがあった。日本人らしい俊敏さと技術を持ち合わせたＦＷを重用するのはいいが、高さを削ぎ落すことのデメリットをどう説明するのか。ベンチも含めて同じようなタイプの選手ばかり揃えたら、流れを変えたいときの采配が手詰まりになってしまうのではないか。疑問は列をなして押し寄せ、ピッチ上で答えを見つけるのは困難だった。
だが、指宿のホテルで慌ただしく行われたこのインタビューは、胸にグッとくるものがあった。選手選考やチーム作りの方法論はともかく、岡田監督はＷ杯ベスト４という目標に「本気で」チャレンジしている。それならば、このチームを終着点まで見届けたいと思ったのだ。
だから僕は、岡田監督のチーム作りを基本的に支持してきた。「このままで本当に大丈夫なのか」と感じる場面は何度もあったし、近しい人間からは「もっと厳しく書け」と言われることもしばしばだったが、日本人の監督が日本人選手の良さを引き出して戦いたい、と言うのだ。南アＷ杯が失敗に終わったとしても、４年後につながるものは残されると感じた。日本人監督のもとで強くなる代表チームを見たいという、ロマンティックな感情もあった。
それだけに、南アＷ杯の戦いぶりには違和感を覚えずにいられなかった。主力選手のコンディション不良などのやむを得ない事情があったとしても、僕にはその場しのぎの取り繕いにしか見えなかった。
岡田監督は確かに成果を残した。だが、南アのベンチには、世界に通用するコンセプトを掲げた指揮官はいなかった。
それが、僕には残念でならない。
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関連情報（BiZ PAGE＋）
1968年生まれ。'91年から'98年まで『サッカーダイジェスト』編集部に所属。'98年秋よりフリーに。2000年3月より、日本代表の国際Aマッチを連続して取材している
