ビジネスモデルが崩壊 身を削ぐような合理化が始まる(連載「新聞崩壊」第10回/ジャーナリスト・河内孝さんに聞く)
「新聞業界の危機」を「外野」から指摘する声は多いが、業界内部からの声が目立つことは多くない。そんな中、毎日新聞社OBの河内孝さんが自身の著書「新聞社-破綻したビジネスモデル」で業界の内情を暴露し、注目を集めている。社長室長や中部本社代表、常務取締役(営業・総合メディア担当)などを歴任し、新聞社経営の表と裏を知り尽くしているとも言っていい河内さんに、新聞業界のビジネスモデルや、生き残りのための方策について聞いた。
「部数がすべてを解決する」は一面真実だった
――ここ数年でこそ、新聞は「衰退している」という言われ方をしますが、かつては「儲かる商売」だと言われてきました。何故儲かったのでしょうか。
河内 まず、国際的に見て、日本の新聞業界の特徴は、人口に比べて発行総部数が非常に多いことです。およそ5000万部と言われていますが、他の先進国に比べると大変な新聞大国です。英国も新聞大国と言われましたが、部数は1700万部しかありません。人口が倍近いアメリカとほぼ同じですからね。
一方、新聞社の数は日本では100前後なのに対して、米国は1400。国際的に見ると、日本の新聞社は、1社あたりの発行部数が非常に多い。これは、経営としてはすばらしいことで米国の大学教授の中には、「米国の新聞業界も、日本のように寡占化しないと生き残れない」と言う人もいます。ただ、この寡占化構造は、自発的に作り上げられたものではありません。日本でも、1930年代までは、1500〜1600ぐらいの新聞社があったんです。それが、戦争遂行のための総動員体制になって「1県1紙政策」が強制され、様々な新聞が合併させられた結果、昭和18(1943)年には56まで減らされてしまった。これは国家統制という面では困りますが、経営の合理化という点で、良いこともあったんです。過当競争がなくなり、ある意味で、安定した。
戦争が終わっても、寡占化された経営構造は残った。その後の高度経済成長もあって、寡占化しながらマーケットが広がっていった。ある意味、理想的な経営環境だったんですね。そういう意味で、新聞は「儲かる商売」だったんです。
――具体的には、どのような「もうかる仕組み」があったのでしょうか。
河内 新聞社には「部数がすべてを解決する」という言葉もありましたが、これは一面の真実を表しています。高度成長期は、販売店が仮に実際の部数が1000部であったとして、発行本社の方で1200部(200部余計に)送っても、拡張努力でお客さんを増やせた。だから、「押し紙」ではなかった。部数が増えれば、広告単価も上がって、どんどん儲かるような仕組みが出来ていった。
全国販売店2万1000店で、1兆8000億円の売り上げ、そのうち半分近くを販売管理費に使っている。普通の商売だったら成立しませんよ。それでも何とかなっていたのは、広告売り上げが右肩上がりだったからです。広告代理店からの要請を断るのが大変、そういう夢のような時代があったんです。
――では、その「夢のような時代」は、いつ頃曲がり角を迎えたのでしょうか。
河内 転機は、バブル崩壊の頃ですね。現実には、高度成長が終わった80年代に兆候が見えてきたように思います。広告が、90年代から急落したんです。バブルのピーク時に比べると、半分ぐらいにまで落ち込んでいる。不景気が原因であれば、景気が回復すれば広告も戻るはずなのですが、現実にはそうではない。
地域でシェアが高い新聞の多くが、広告収入で前年割れの状態が続いています。これは、広告主が「新聞から他媒体に引っ越しちゃった」という現象です。「広告を出したいが、出せない」という訳ではない。
さらに言うと、2年ほど前に、日経の広告収入が読売に迫るぐらいの勢いで伸びてきたんです。そうなると広告営業上、「300万部と1000万部の違いは何なのか」という話になってきます。つまり、「部数、シェアー=広告単価」という黄金律が消滅してしまったんです。
――それでは、販売収入が落ち込んでいる理由は何でしょうか。
河内 やはり、「新聞離れ」でしょうね。若い人は新聞を読まないし、お年寄りは読んでも購読していない。図書館や公民館なんかで読んでいるんですね。
この原因は、携帯電話の普及にあるのではないかと思います。今、何だかんだ言って、携帯代金は、1世帯あたり2万円はかかるでしょう。その反面、「家庭で情報収集のためにいくら使いますか」という問いには、「2万円以下」という答えが圧倒的に多い。そうなると、減らされる対象は、月4000円の新聞とNHKにならざるを得ない。世帯別の購読率が下がって、販売収入に響いています。一般家庭だけでみると、購読率は50%を切っている、というデータもあります。
――では、こうした状況に対する有効な手立てはあるのでしょうか。
河内 米国の地方に行くと、プリンティング・デポ(printing depo、小規模印刷所)というものがあって、各社が共同で印刷機を使っています。「各社が出来るだけ遅くニュースを入れようとして、印刷機の取り合いが起こるのではないか」という人もいますが、速報性については、「テレビを見てもらえばいい」という考え方です。
日本でも同様の動きが起こっていて、販売激戦区の千葉県で、「朝日新聞を読売新聞の工場で印刷する」みたいなことが行われつつある。昔では考えられなかったことです。
私は、「出版社になりなさい」と言っているんです。一度校了すれば、印刷会社が印刷して、別の会社が流通を担当する。ところが、新聞社は原料を買ってくるところから売るまで、全部やっている。「部数至上主義」時代は上手くいっていたのですが、今後は紙の共同購入まで行くのではないかと思います。さらに、新聞社ごとに配達ルートがあるのがおかしいんです。これを共通化すれば、数百億円単位で合理化できるのではないでしょうか。もっとも共同販売にしますと、押し紙はできませんから販売部数は相当減りますよ。
新聞社のビジネスモデルは凋落している百貨店と同じ
――傘下に持っているテレビ局が支えてくれるから大丈夫、という考え方もありますね。テレビ局との関係についてはいかがでしょうか。
河内 確かに2年くらい前までは、「新聞に比べれば、テレビ局は持ちこたえられるだろう」という考え方もあった。ただ、テレビも広告費の落ち込みが激しくて、赤字に転落するキー局も出てきました。新聞とテレビで「老老介護」をしても仕方がありませんよね。テレビ局ではプロパー社員も高齢化しているし、ナショナリズムもあるから今後、新聞が支配してゆくのは難しくなるのではないでしょうか。
ただ、ある地域の新聞社には100人、系列のテレビ局には50人の記者がいるとして、「ビデオジャーナリスト」といった職業も一般化していることですし、仕事を共通化するという合理化策としては、あり得るのではないでしょうか。
――ネットとの関わりについてはいかがでしょうか。各社とも苦戦しているようですが、収益源にする方法はありますか。
河内 新聞社が大挙してネットに押しかけても、ポータルサイト、ヤフー、グーグルといったプラットフォームに儲けられるだけですよ。ストレートニュースのように、いったん消費者に無料にしたものは、後から「お金くれ」と言っても無理です。そこで、新聞社にしかない情報を発信する有料の専門サイトを作れば良いのではないでしょうか。ロング・テールの考え方です。
例えば、農水省のクラブには大量の資料が配布されて、10以上の業界紙でも、その内容を全部は紹介し切れていない。ネットならば、業界紙よりも詳しい情報を発信できるはずです。「じゃがいも新聞」「まぐろ新聞」とか。細かい、ニッチな情報を掲載するサイトをつくって有料で読んでもらえるようにすれば、可能性はあるのではないでしょうか。「お金を払ってもらえるコンテンツ」は、存在するはずです。
新聞社は、凋落しているデパートのビジネスモデル。「すべてがそこにある」ということは「読みたいものが何もない」になりかねない。オール・イン・ワンの新聞の使命は終わったことを認識して、金になるニッチな細かい情報を配信するような形で出直すべきです。
――最後に、各社の取り組みをどう見ていますか。
河内 朝日は半期ベースで100億円の営業赤字(連結)を計上しました。社内の緊張感は大変なもので、「社内の引き締めのためにやったのか」と邪推するほどです。ただ内部留保が2000億円ある朝日だから赤字が出しやすかった、という面はあると思います。
毎日・産経も、08年9月中間期には、それぞれ26億円、11億円(いずれも単体ベース)の営業赤字を計上しています。
特に毎日新聞について言えば、08年6月に社長が交代したばかりで、「交代時には思い切ったことがしやすい」ということがあります。これを機会に、ウミを出し切りたい、という思いもあるのではないでしょうか。
朝日は、今回の赤字計上で、読売、日経との(かつては「ANY」とも呼ばれた)業務連携に弾みがつくのではないでしょうか。具体的には、「原料の共同購入・印刷工程、販売流通の共有化」が進むでしょう。「身を削ぐような合理化」で、3社合わせれば、1000億円台の経費削減ができるはずです。
朝日は、出版本部を別会社にしたのはえらいですよね。私は、毎日のメディア局を別会社にしようと考えていたのですが、中々上手くいかなかった。別会社になると、競争に放り込まれるので、必死になりますよね。動きが速くなるし、思い切った決断もできます。
新聞という仕事は「印刷工場を持っていて、販売店を持っていないとダメだ」ということではありません。新聞社の本分は「的確にニュースを取材し、意味づけをして送る」ということに尽きるのであって、別に「(活版印刷を発明したとされる)グーテンベルグと心中しないといけない」とは思いません。
問題は、上が持っている危機感を、社全体で共有していないこと。若い人は、構造不況業種と思っているから「危機慣れ」している。なかなか「自分の問題として」経営問題を考えようとしませんね。
<メモ:止まらない広告・販売収入の落ち込み>
日本ABC協会の調査によると、07年4月の段階では811万部あった朝日新聞の部数は08年4月には6万部減少して805万部。毎日新聞は400万部が10万部も落ち込み、390万部になり、ついに「400万部割れ」となった。読売・日経・産経の3社は、ほぼ横ばいだ。
一方、07年の新聞広告費(電通調べ)は9462億円で、06年に比べて5.2%落ち込んでいる。マス4媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)の広告費は3兆5699億円で、前年比2.6%減にとどまっており、新聞広告の落ち込みの大きさがうかがえる。
このような経営環境の悪化を受けて、朝日・毎日・産経の3社が、08年9月中間期(08年4月〜9月)の決算で、連結・単体ベースともに営業赤字を計上している。
河内孝さんプロフィール
かわち・たかし ジャーナリスト。1944年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。
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