トランプ大統領再び。地球温暖化はどうなる?
嵐がまた来る。
ドナルド・トランプ前米大統領が、またホワイトハウスに帰ってきます。
気候変動対策の危機、再び
アメリカ大統領選挙から一夜明けた11月6日早朝、AP通信がトランプ候補の勝利を宣言。アメリカ史上もっともお金をかけて、もっとも波乱を生んだ選挙戦が終わりました。
この結果によって、アメリカの気候変動政策は根底からひっくり返されます。気候変動否定論者をホワイトハウスに返り咲かせるだけでなく、共和党の連邦上下院に主導権を握らせることになります。
2025年1月20日に政権が移行したあと、大統領と連邦議会は電気自動車や再生可能エネルギーへの助成制度を後退させ、化石燃料産業への支援を強化するでしょう。
トランプ次期大統領は、勝利演説で「我々には、世界のどの国よりも流動性の高い資源がある」と、国内の石油とガスの可能性について言及しました。アメリカ石油協会のCEOは、「選挙の争点だったエネルギー問題で、有権者は(再エネの)義務づけよりも多くの選択肢を求めるという明確な意思表示を行なった」と述べています。
今回の選挙結果に、気候政策の専門家や環境保護団体は動揺を隠せません。トランプ次期大統領は、気候変動を「デマ」と呼び、選挙期間中は化石燃料生産の拡大と環境規制の撤廃、クリーンエネルギーに対する連邦政府による支援の廃止を掲げていました。
そして、バイデン政権にとって画期的な成功となった、アメリカ史上最大の気候変動対策であり、膨大な予算を投じたインフレ抑制法(IRA) も廃止すると宣言しています。
もしも公約通りに実行すれば、大気中に何十億トンもの温室効果ガスが排出され、気候変動を加速させるでしょう。
老舗の環境団体シエラ・クラブの事務局長であるBen Jealous氏は声明のなかで次のように述べました。
お先真っ暗です。ドナルド・トランプは、1期目には気候変動対策の足かせでした。そして、退任以降の言動は、彼が今回もたらすであろうさらなる悪影響を示唆しています。
第一次政権発足直後、トランプは2016年に195カ国以上が署名した、気候変動対策の行動指針となるパリ協定から離脱し、100件以上の環境規制を撤廃、そして北極圏野生生物保護区での化石燃料掘削を許可しました。
気候変動対策の推進を中心に据えたジョー・バイデン現大統領は、トランプが覆した政策の多くを2021年以降に復活させましたが、トランプは第二次政権でまたひっくり返すと公言しており、その影響は甚大なものになる恐れがあります。
カーボン・ブリーフの気候アナリストは、トランプ次期大統領とハリス現副大統領のそれぞれが政権を取った場合の4年間を比較すると、二酸化炭素排出量はトランプ次期大統領の方が40億トン多くなると推定しています。この数値は、EUと日本の年間排出量の合計に匹敵するそうです。
ターゲットはインフレ抑制法
トランプ次期大統領の主なターゲットのひとつは、気候変動に配慮した取り組みに1兆ドル(約153兆円)以上の資金を投入するIRAの廃止です。10年にわたる取り組みの最初の2年で、電気自動車の充電ネットワークの整備や太陽光発電、耐候性住宅の支援まで、多くの取り組みに予算が投入されています。
2023年だけで、約340万人がIRAによる住宅のエネルギー改善に、合わせて80億ドル(約1兆2241億7000万円)以上もの恩恵を税額控除として受けています。トランプはIRAの大部分を停滞、凍結、あるいは廃止させる可能性があります。
9月に行なったニューヨーク経済クラブでのスピーチで、トランプは「未支出の支援はすべて廃止する」と断言しています。
さらに10月には彼が気候変動対策である「グリーン・ニュー・ディール」を揶揄して「グリーン・ニュー・スキャム(詐欺)」と呼ぶIRAを即廃止するのは「名誉なこと」と述べています。
しかし、そのためには議会の協力が必要ですが、連邦議会の上下院で過半数を取った今、共和党が完全に主導権を握ることになります。とはいえ、IRAの資金のうち、1650億ドル(約25兆2000億円)が共和党議員の選挙区に流れているため、IRAの廃止は歓迎されないかもしれません。
それでも、トランプは支出を減速させるために独断的な措置を取ることができます。連邦政府の監督権限を行使すれば、支援の流れを遅らせるのも可能です。Axiosは、「その気になれば、トランプはいくらでも方法を見つけるだろう」と指摘しています。
この画期的なアメリカ史上最大の気候変動対策法以外にも、トランプが環境に悪影響を及ぼす手段はたくさんあります。保守的な連邦最高裁判所はすでに連邦政府の気候変動対策を骨抜きにしているため、環境規制の撤廃は容易なはずです。
掘って掘って掘りまくれ
また、トランプは化石燃料の生産拡大にも前向きです。同氏はかねてより「掘って掘って掘りまくれ」という主張を繰り返しています。4月には、化石燃料産業の幹部に対して、選挙運動への10億ドル(約1530億円)の寄付と引き換えに、税制面や規制面での優遇措置を持ちかけて話題になりました。10億ドルというとんでもない額には届きませんでしたが、ニューヨークタイムズは、石油・ガス業界によるトランプの選挙キャンペーンと共和党全国委員会、その他関連委員会への寄付額は、推定7500万ドル(約115億円)にのぼったと報じました。
実のところ、バイデン政権下でも国内の石油生産量は過去最高を記録しています。ハリス副大統領も、当選すれば生産を継続する意向を示していました。
トランプが北極圏における掘削を再開するなどした場合、石油ガス産業をさらに後押しできる可能性があります。
関税と政府機関弱体化で気候変動対策を骨抜きに
トランプによる気候変動カオスが国境を越えて世界に広がるのは確実です。パリ協定から再離脱して、危機に対応するための世界的な取り組みを台無しにする可能性があります。
アメリカ企業を保護し、国内の製造業を復活させるために関税を課すという威嚇は、エネルギー市場の根底を揺るがすかもしれません。アメリカは太陽光パネルや電気自動車のバッテリーの大部分を輸入に依存しており、関税によってクリーンエネルギー技術関連製品の価格高騰が予想されます。そうなると、恩恵を受けるはずの液化天然ガス生産者は、報復関税によって自社の事業が妨げられるのではないかと懸念しています。
トランプ政権はまた、連邦政府の研究機能と規制策定能力をさらに切り離すことによって、疾病管理予防センターが健康上の懸念をどのように研究して、どう対応するかの指導に至るまで、気候変動対策の策定を人知れず静かに妨害する可能性もあります。研究で得た知見を政策に生かせないように機能不全を起こさせるわけですね。
気候変動の理解を深めて戦うための中心的な連邦政府機関にトランプが大混乱をもたらすのは間違いありません。トランプは、一次政権で研究資金を削減し、重要なポジションに気候懐疑論者や業界関係者を任命し、科学諮問委員会をいくつも廃止しました。
また、政府機関のウェブ上にある科学的データを監視して、気候変動のリスクと影響に関する政府の科学的報告書である国家気候変動評価報告書(National Climate Assessment)の作成を妨害しました(ほぼ失敗に終わりましたが)。
保守系シンクタンクのヘリテージ財団とトランプ一次政権高官によって策定された政権移行プログラムであるプロジェクト2025(900ページ近くある)は、気候科学を軽視し、気候科学の研究を押し進める政府機関を再編・廃止する戦略を進めています。
憂慮する科学者同盟(Union for Concerned Scientists)で気候・エネルギープログラムの政策責任者兼主席エコノミストを務めるRachel Cleetus氏は、声明のなかで次のように述べています。
第二次トランプ政権が国際的な気候外交を骨抜きにするのは誰にでも予想できます。気候変動に関する科学の理解が遅れれば遅れるほど、より多くのコストがかかり、より不可逆的な変化をもたらします。そして、その最も過酷な代償を払うのは庶民です。
政権移行チームも気候変動策推進勢力も準備万全?
次期大統領の支持者たちは、すでにやる気満々です。
第一次トランプ政権で環境保護庁(EPA)の首席補佐官を務めたMandy Gunasekara氏は、選挙前のCNNの取材に対し、第二次政権は政策制定の準備がはるかに整っているため、一次政権時よりも速やかに行動するだろうと語っています。
第二次政権移行後の早い段階で、トランプ次期大統領が電気自動車の「義務化」と揶揄したバイデン時代の排ガス規制がターゲットになりそうです。
第一次政権時も、オバマ政権時代の排ガス規制を弱体化させようとしたんですよね。でも、自動車産業が連邦政府を無視して州と直接交渉したため、失敗に終わりました。
選挙前から気候外交を放棄する「もしトラ」に備えてきた環境団体などは、二次政権時にこの連邦政府抜きで気候変動対策を進める方法を採りそうです。
ブルームバーグの報道によると、政府高官や元外交官らは、第二次トランプ政権下で気候変動対策を最大限に推進するために秘密裏の会談や危機シミュレーション、政争シミュレーションなどを行なってきたとのこと。
11月にアゼルバイジャンのバクーで開催されるCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)において、この取り組みが実現するのは間違いなさそうです。
悲観と絶望の特効薬は気候アクション
2010年から16年まで国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の事務局長を務めたクリスティアナ・フィゲレス氏は、X(旧Twitter)への投稿で、次のように述べています。
今回の選挙結果は、国際的な気候変動対策にとって大きな打撃になるでしょう。しかし、悲観と絶望には、特効薬があります。それは、地球上のあらゆる場所で起こっている地域に根差した活動です。
トランプ政権を一度経験したのは強みだと思いますが、第二次トランプ政権は前回よりも破壊力を増しているはず。でも、前回と同じように、停滞している気候変動対策を国や自治体、企業、企業共同体など、あらゆるレベルで力強く前に進めるカンフル剤になるかもしれません。