水原一平が米国で「fall guy」と言われた一体なぜ
英語には、2語、3語と組み合わさると上級者でも理解できない、または誤解しがちな言い回しが際限なく存在します(写真:metamorworks/PIXTA)
一語一語は簡単な単語なのに組み合わさると慣用的な意味になる表現が英語にはいっぱいあります。そんな日本人がよく誤解する英語表現を、アメリカ在住の日英ネイティブで人気エンタメ翻訳家のMystery Parrot氏の新刊『ネイティブの真意がわかる 日本人が誤解する英語』より一部抜粋・再編してご紹介します。
簡単な英単語の組み合わせでも、誤解してしまう表現がある
米MLB(メジャーリーグベースボール)の大谷翔平選手の元通訳・水原一平氏が違法賭博に関与したと報じられた2024年3月、「Ippei is the fall guy for Ohtani.(一平は大谷の fall guyだ)」という推測が米メディアや SNS を騒がせました。fall guy は直訳すると「落ちるヤツ」ですが、「一平は大谷の落ちるヤツだ」とはどういうことでしょう。
英語には、fall(落ちる)、guy(ヤツ)など、単語レベルでは初心者でもわかるのに、2語、3語と組み合わさるとかなりの上級者でも理解できない、または誤解しがちな言い回しが際限なく存在します。
fall guyですが、フレーズの真意は《身代わり》。ただ、scapegoat や whipping boyなど「身代わり」として使われる言葉は他にもあります。ですが、fall guy には、単なる身代わりではなく、「万一の場合は大物を守って身代わりとして逮捕されることを本人もあらかじめ了承している人物」という意味が。「鉄砲玉」という言葉もありますが、fall guy は敵方の長を殺すために乗り込むのではなく、大物の罪責を被るために司法の手に渡る点が、鉄砲玉とは違います。また、《鉄砲玉》は通常、捨て駒ですが、fall guy は失うとそれなりに痛手になる人材であることが多いのです。
つまり、アメリカの野球ファンは、通訳者として大谷選手に常に影のように寄り添う水原氏を見て、この二人の関係だったらそういう取り決めがあったとしても不思議ではない、と感じたわけです。それが Ippei is the fall guy for Ohtani. というネイティブの言い回しです。
このように、日本人が誤解する英語表現は他にも多くあります。
例えば、特に何かを買うとか買わないなんて話はしていないのにネイティブから飛び出してくる、I don’t buy it.(私はそれを買わない)というフレーズ。これは「それは本当とは思えない」という意味。例えば「ああ言ってるけど、ちょっと信じ難い」は、 She says so, but I don’t buy it. と表現可能です。
このフレーズは buy into という句動詞の into が省略されたものです。そして buy into 〜 には「ある考えが正しいと受け入れること」という意味があります。ですので I don’t buy it.は本来的には I don’t buy into it. で、「その考えが正しいと思わないし受け入れることを拒否する」という意味なのです。
日本人学習者は同じことを表現したいときに I doubt it. を使う傾向があります。確かにこれも似たような状況で使うのですが、I don’t buy it. は「本当とは思えない」というニュアンスなのに対し、I doubt it. は「疑わしいと思っている」という響きなので、I doubt it. のほうがもう少し積極的な否定と言えるかもしれません。
また、Where was I? という表現。これは「私はどこにいたの?」という意味でも使いますが、話の最中に脱線して「何を話していたんだっけ?」と言いたいときにも使えます。英語がそこそこできる人は、What was I talking about? といったフレーズが出てくると思います。これはネイティブもよく使う表現。ですが、それに劣らずよく使われるのがWhere was I? です。
相手もしっかり会話に加わっていたなら Where were we?(私たちはどこにいた?)。なぜ was/were と過去形になるのかというと、何らかの理由で過去に打ちこんでいた話題が中断されたという経緯を前提にしているからです。同じく「なぜこんな話になっちゃったんだっけ?」は How did I/we get here? また「この話の結論は?」は Where are you going with this? 何らかの邪魔が入った後で会話に戻る場合、日本語でも「どこまで話したっけ」と言ったりするので、それに近いものがあるかもしれませんね。
「reservations」と複数形の場合は《予約》ではない?
英語で交渉している最中によく飛び出す Do you have any reservations? という質問。「予約があるかなんて唐突だな。宿のこと?」などと思うかもしれませんが、この場合は《予約》ではなく《懸念》という意味。つまり「何かご不安な点はありますか?」と尋ねられているのです。
reservations と複数形の場合は《予約》ではなく《懸念》の可能性大です。なぜなら単に「予約はありますか?」と問われる場合は、通常、Do you have a reservation? と単数形になり、冠詞 a が前につくからです。
この質問、reservations の代わりに、同じく《懸念・心配ごと》を意味する worries や concerns を使って、 Do you have any worries/concerns? などと言うこともあります。ですが、あえて違いを言うと、reservations には「はっきりしない不安」「心の中でひっかかっている点」といったニュアンスが含まれます。
reservation の語源は《留保》を意味するラテン語の reservareで、米国に今も点在するネイティブアメリカンの保留地をreservation と呼ぶのもここに由来します。また、同じく心の中に留保しているもの、つまり「わだかまり」にも使用します。
Good for you. は直訳すると《あなたにはよい》で、「よかったね」「すごーい」「おめでとう!」と、相手が何か褒められるようなことをしたり、ラッキーだったりしたときに返せるポジティブな万能フレーズなのですが、同時にやっかみ、皮肉、無関心といったネガティブな感情の表現にも使われます。
というのもこのフレーズ、マウントを取られたときの返しとしてたまらなく便利だからです。例えば「このあいだのTOEIC、990点だったよ」 と言われたら「そうなんですか、すごいですね」と明らかにオトナな応答をして受け流すしかありません。これ以外の反応はすべてみっともないからです。
このときのために存在しているのが Good for you. で、マウントを取られたとき、英語話者は少し冷ややかにこのフレーズを口にします。すると、相手はそのクールな声音にやんわりした悪意を感じて決まり悪くなりますが、こちらは節度あるまともな対応をしただけなので、受け流すしかないのです。以下は、冷ややかな Good for you.が返ってきそうな発言です。
・Um, I kinda graduated from Keio.
一応、慶應出てて
・My boyfriend got me a 2-carat Harry Winston ring.
彼、ハリー・ウィンストンの2カラットの指輪を買ってくれたの
・My house? It’s on the 45th floor of a tower, five minutes from Ginza.
家? 銀座から5分のタワマンの45階
ちなみにある程度、熱量のある Good for you!! は、ちゃんと「わあ、すごい!!」と響きますので、あくまでも声音や態度が重要ということです。
やってあげている感を緩和できる「I could use 〜」
Good for you.のように微妙なニュアンスを伝える表現は他にもあります。
I could use 〜 は、直訳すると「〜を使うことができる」ですが、日常会話では通常「〜が必要」「〜が欲しい」の婉曲表現として使われます。なので、I could use some help. は「手助けを使うことができる」ですが、つまり「手助けが必要」「手助けが欲しい」と言いたいわけです。
アメリカ人は Could you help me?(手伝っていただけますか?)と改まって頼むのが照れくさかったり、そのような言い方をすることが自分や相手の気持ちの負担になると判断した場合は、あえてこういったカジュアルな「手伝ってくれてもくれなくても、どっちでもいいよ」といった言い方をしたりします。
同じく、お客さんにお水を出す際も、Please have some water.(お水をどうぞ)と言う代わりに、Looks like you could use some water.(水が欲しそうだね)と言いながら渡したりします。「やってあげている感」が緩和され、お互い気が楽になるわけです。主語をさらに広げて we could all use 〜 といった表現もよく聞きます。例えば、We could all use a vacation. は「(私たち)みんな休暇が使えるよね」。 こういった言い回しだと We need a vacation.(休暇が必要)と違い、たとえ目の前に上司がいても「そうだね〜」で終わります。
このように、言葉は生ものなので、周囲の人の世代や層、遭遇する状況によって、使われるフレーズも異なってきます。英語は日本人にとっては海外の人とコミュニケーションを図るためのツールかもしれませんが、背後には人々の文化があり、歴史や世界観にも繋がっています。それを日本語や日本文化というレンズを通して見る、というのは日本語話者や日本人にしか味わえない楽しみです。
(Mystery Parrot : アメリカ在住のエンタメ翻訳家)