2024年10月、ロシアで行われたBRICSサミットでのプーチン大統領(写真・Contributor/Getty Images)

ウクライナや韓国が世界に向け警告を発した北朝鮮による派兵問題は、確認に手間取っていた米欧がようやく、事実と認めた。これは、派兵問題が今後のアジア・欧州情勢を揺るがす、新たな構図の国際的危機であるとの認識で世界の民主主義陣営が一致したことを意味する。

まだ不明な要素も少なくないが、本稿では今後の展開、プーチン政権の狙いなどについて探ってみた。

アメリカ政府も派兵認識

筆者は前回の論考「北朝鮮軍のロシアへの派兵は確実に始まっている」(2024年10月23日付) で、1万1000人規模の北朝鮮部隊が、すでにロシア極東のロシア軍訓練施設で訓練を受けていると書いた。

この時点で米欧諸国は派兵の事実を確認できていなかった。その遅れの理由は後述するが、バイデン政権はしっかり情報収集面での遅れを取り戻してきた。

アメリカ国防総省は2024年10月28日には、約1万人の北朝鮮部隊がロシア極東で訓練を受けており、今後一部がロシア西部のウクライナとの国境州、クルスク州に移動すると発表した。

さらにその3日後、ブリンケン国務長官が、派兵に関するアメリカの認識を示しながら、すでに約1万人の北朝鮮兵がロシア入りしており、このうち最大8000人がクルスク州にいると述べた。ロシアが北朝鮮兵に対し、戦場への投入を前にドローンの使い方や歩兵としての基礎的な訓練を施しているという。

さらにイギリスの『フィナンシャル・タイムズ』はウクライナ当局者の話として、数百人の特殊部隊を含む約3000人の北朝鮮兵がすでにウクライナ国境から約50キロメートルの兵舎に収容され、ロシア軍の指令を待っていると報じた。

以上が執筆時点での西側関係国における大枠での共通認識と言っていいだろう。これを前提に、ウクライナの軍事筋はこのほど、以下のような情報を明らかにした。

「クルスクではまだ北朝鮮軍とウクライナ軍との戦闘は起きていない。しかし、すでに中隊規模(約100人前後と推定される)の部隊は前線近くにいる。これが軍事作戦実施における通常の単位である大隊(同700〜800人)規模まで大きくなれば、それは交戦開始の準備ができたことを意味する」

つまり、北朝鮮軍がクルスク州でウクライナ軍と何らかの形で交戦状態に入るのは時間の問題というのが、ウクライナ・韓国のみならず米欧の見方だ。

北朝鮮からの追加派兵はあるか

だが、ここで気になる疑問がある。北朝鮮からの派兵がこの約1万人規模の派遣で終わるのか、という点だ。これについて、ウクライナ情勢に詳しい別の軍事筋は以下のような見通しを筆者に明らかにした。

「現在の約1万人の派兵部隊は第1陣にすぎない。第2次派兵が2024年末か2025年初めにも行われるだろう。北朝鮮から船で極東に送られてくるだろう」

2024年6月のロ朝首脳会談で決まった派兵のトータルの規模については、会談直後には5万人規模とも10万人規模にも、という情報があった。今回の1万人規模の派兵でも侵攻の戦況に相当の影響が出ることは必至だが、これに続き、第2次派兵が行われれば、ウクライナ侵攻への影響はいっそう大きくなろう。

この場合、ウクライナはどう対抗するのか。また米欧はどう軍事的に支援するのか。第2次派兵の有無に関する見極めが非常に大事になってきた。

一方で派兵開始後、ウクライナ側はロシア軍部隊と派兵部隊兵士との間で言葉の問題などで意思疎通がうまくいっていないことを示唆する情報を公表している。

今回の派兵に対するロシア側からの見返りについては、まだ正確な内容は不明だ。北朝鮮としては、核関連技術やミサイル関連技術の提供を求めているとみられている。

今回のロシアからの北朝鮮への派兵要請について、2024年8月初めのウクライナ軍によるクルスク州への突然の越境攻撃が直接の契機になったことは、前述の前回の論考で記した。

プーチン氏は精強の第155海兵師団も投入してウクライナ軍と激戦を展開しているが、いまだに奪還のメドが立っていない。

クルスク奪還期日を延期したプーチン

実は、クルスク州の奪還をめぐり大統領は国防省に対し、当初2024年10月までの奪還を命じていた。しかし、この期限内にロシア軍は奪還を達成できなかった。このためプーチン氏は最近、2025年2月に期限を先送りしたといわれている。

この先送り判断の一つの材料になったのが今回の北朝鮮の派兵だろう。現在クルスク州におけるロシア軍の兵力は約5万人といわれる。しかし、早期奪還には10万人から15万人の兵力が必要と言われていた。つまり、この現兵力と必要な兵力の差をみると、5万人から10万人になる計算だ。

つまり、この計算は、前述した、首脳会談直後に流れた、派兵の最終的な規模に関する情報と数字的には符号するのだ。

プーチン氏からすれば北朝鮮の派兵部隊投入という奇手を打ってでも、奪還を急がねばならない事情がある。

それは何か。プーチン氏の脳裏には、ある日付が大きく点滅し始めたとみている。侵攻開始から丸3年を迎える2025年2月24日だ。できれば、その日に向けウクライナに対する戦場での勝利を宣言したいところだろうが、現在の戦況ではそれは極めて現実的ではない。

そこでプーチン氏としては、ウクライナ軍によるクルスク州の軍事的占領という最悪の屈辱的状況だけでも解消して、何とか丸3年の記念日を迎えたいと思っているはずだ。

2月24日の後、5月9日には最大の国家行事である対独戦勝記念日も控えているのだ。このままでは2014年のクリミアの軍事併合などから「戦争で必ず勝つ大統領」との支持を国民から得ていたプーチン氏としては、占領された領土を取り戻せない指導者となり、面目丸つぶれだ。

こうした日程をにらみ、プーチン氏の焦りは深まる一方だろう。これは最近のロシア軍の東部ドネツク州での攻勢ぶりにも端的に表れている。

ドネツク州各地でロシア軍はウクライナ軍から小都市や集落を次々奪い、占領地を拡大している。執拗に肉弾突撃を仕掛けてくる消耗戦戦術にウクライナ軍側も疲弊し始めているといわれる。

この攻勢も侵攻3周年日をにらみ、軍事的戦果の誇示を狙ったプーチン氏の号令を反映したものだろう。

アメリカが情報戦で後れを取った理由

では、今回の派兵問題をめぐる情報収集でなぜ、アメリカがウクライナや韓国に比べて大きく遅れたのか。その最大の理由は、インテリジェンスの世界でヒューミントと呼ばれる、人間を介した情報収集網をアメリカがこの地域で持っていなかったためといわれる。

これと対照的に極東に優秀なヒューミント網を持っていたのはウクライナだ。ウラジオストクなどに北朝鮮部隊が続々到着したことを地元で組織された住民スパイ組織が察知し、キーウに通報したと言われている。今後も、北朝鮮の追加派兵があれば、ウクライナの情報機関がいち早く察知するだろう。

しかし、これからのクルスクでの交戦を前に筆者として大いに気になることがある。派兵に関してホワイトハウスで記者団から「ウクライナ軍は撃ち返すべきか」と質問されたバイデン大統領がこう短く答えたのだ。「もし彼らがウクライナに侵入すれば、イエスだ」。

これをそのまま解釈すれば、北朝鮮軍がロシア領であるクルスクにとどまっている限り、ウクライナ軍は北朝鮮部隊を攻撃してはならない、との立場を示したと受け取れる。

元々バイデン氏はウクライナ軍が米政府に事前の連絡をせずにクルスクに越境攻撃したことに強い不満を示していたといわれる。この点を踏まえると、ウクライナ軍がロシア領に侵入したうえに、第三国である北朝鮮軍部隊を攻撃すべきではない、との考えを口にしたとも解釈できる。

ロシアから侵攻を受けたウクライナがクルスクで、ロシア側に立って参戦してきた北朝鮮部隊に反撃するのは当然、というのが常識的で国際的な見方だと思う。今後のバイデン政権の対応を見守りたい。            

(吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)