ハワイ旅行初日にiPhoneを失くしBlackBerryでしのいだ思い出

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「それってスマホ?」と聞かれるBlackBerry

 2024年、『生命活動として極めて正常』で小説家デビューを果たした八潮久道さん。はてなブログなどでの執筆活動も話題の彼が「相棒」として挙げるのは、「BlackBerry Bold 9900」というキーボード付き通信端末だ。華々しいスマホデビュー、となるはずだったけれど……。

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 この16年ほど、外出先で文章を書く道具として、「両手で持って親指で打鍵できるQWERTY配列の物理キーボードを備えた機器」を持ち歩いている。机の上に置かずに電車などでの移動時にも使えて、手許を見ずに早く入力できるといった理由から、この運用に落ち着いている。

 BlackBerry Bold 9900という物理キーボードの付いた端末を2012年から20年までの8年間使った。前半の4年間は通信端末としても使っていて思い出深い。

ハワイ旅行初日にiPhoneを失くしBlackBerryでしのいだ思い出

 それ以前は通信端末としては二つ折りケータイを使っていた。BlackBerryを手にした時はうれしかった。丸っこいフォルムがかわいかったし、ボタンもいっぱい付いててカッケーし。ついにスマホデビューだぜ、もう誰にも「まだスマホにしないの」なんて言わせないよ、と思った。

 みんなから「それってスマホなの?」と言われた。何なら「スマホにしたら」と言われた。07年にAppleのジョブズが「スマホにキーボードは不要だ」と宣言してiPhoneをリリースし、既に「スマホ=全面タッチパネルの端末」が常識となっていた。「こっちがもともとのスマホ」と説明しても「ふーん」でしかない。

アプリが使えずウェブページも

 BlackBerryは、iOSでもAndroidでもない独自OSを採用していたことで、対応アプリが少なかった。マクドナルドのクーポンは使えないし、ポケモンGOがリリースされみんなが盛り上がっていても蚊帳の外だった。店頭で「スマホをお持ちですか?(アプリを入れるとお得ですよ)」と聞かれても「持っていない」とうそをついていた。どうせ対応してないし。

 画面が横長なので、縦長画面に最適化されたウェブページは見づらかった。メニューなどで上下に固定表示のあるページでは5行ほどしか本文が表示されず、映画館の上映スケジュールはどうやってもチェックできなかった。Googleマップもブラウザが非対応になり、そのうち開けなくなった。

 その後、契約していたドコモが16年度末でBlackBerryのサポートを終了し、iPhoneに替えた。対応していないアプリがなく、トラブルシュートの情報も豊富で、「世間の標準であることの快適さ」があった。BlackBerryは文字打ち用端末として使用を続けた。

世の中の「標準」から取り残されると、使えなくなる

 世の中が多数派に合わせて構築され、そこから外れると急に生きづらくなる。ハード面は元気なままでも、ソフト面でどんどん世の中から置いていかれて使えなくなってしまう。人間と同じだ。

 本コラムは「わたしの相棒」というお題で書かれている。BlackBerryとの思い出、人間と機械の枠を超えた心温まるストーリーが展開されるはずだった。しかし「世の中の『標準』から取り残され『使えなく』なっていく姿は、人間の老いと相似している」などという寂しい話になってしまった。困惑〜。

 この文章は飛行機と電車の移動中にBlackBerryの後継機種(KEYone)を使って書いている。

八潮久道(やしお・ひさみち)
1985年生まれ。4月に刊行された『生命活動として極めて正常』で小説家デビュー。

デイリー新潮編集部