『宙わたる教室』写真提供=NHK

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 定時制高校にも全日制高校と同じように部活があるということを『宙わたる教室』(NHK総合)を観て知ったという人も多いのではないだろうか。惑星科学の研究者から理科教師に転身した藤竹(窪田正孝)は都立東新宿高校の定時制に科学部を作ろうとしている。

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 その部員第1号となったのが、不良生徒の岳人(小林虎之介)だ。一度は退学も考えていたが、藤竹に出会ったことで自分の中に眠る好奇心に気づき、科学部に参加した。第2話ではさっそく夜の理科室で2人きりの実験が始まり、みそ汁で積乱雲を作ろうとしていたところ、同じクラスのアンジェラ(ガウ)がやってくる。

 夏の風物詩で、夕立をもたらす積乱雲。地上付近と上空の温度差が大きくなると、温かい空気が上に流れ、上で冷やされた空気がまた下に流れていくという対流の動きが活発になる。つまり、大気の状態が不安定だと積乱雲が発生しやすくなるのだ。

 同じように、藤竹が受け持つクラスの大気はこのところ不安定だった。原因は全日制の黒田(鎌田らい樹)という女子生徒が教室でペンケースをなくしたと訴えにきたこと。彼女はあろうことか自分の席に座っていただけのマリ(山粼七海)に泥棒の汚名を着せる。さらには長嶺(イッセー尾形)が前々からよく思っていなかった岳人を疑い、一触即発のムードに。そんな2人の間に入って喧嘩を止め、マリを気遣って、大気の安定を担っていたのがアンジェラだ。

 フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれたアンジェラ。家計を支えるために16歳のときから働いていたため、高校には通えなかったが、彼女にはある夢が。それは幼い頃、母親がオーバーステイだったことから昼間隠れて暮らしてた自分を見つけ、小学校に通えるようにしてくれた先生のような誰かのヒーローになること。自分と同じくフィリピンと日本のミックスで、体調がすぐれない母親に代わって働きながら定時制に通うマリを人一倍気遣っていたのも、そういう理由からだった。

 そんな彼女が黒田に全治3週間の怪我を負わせたことが学校で大問題となる。けれど、長嶺と岳人の喧嘩をあれほど強く止めていた彼女が何の理由もなく暴力を振るうとは考え難い。藤竹が悶々としていたところ、アンジェラが退学になることを知ったマリが本当の理由を告げにくる。実はあの夜、再びペンケースのことでマリを問い詰めていた黒田。彼女に妹がお小遣いを貯めてプレゼントしてくれた筆箱を目の前で蹴っ飛ばされ、マリはついカッターナイフを握ってしまった。アンジェラはそのことが明るみにならないように黒田を突き飛ばしたのだ。

 事情を知った藤竹はどうにかしたいが、黒田の両親はこのことを傷害事件として警察に届け出ない代わりにアンジェラの退学を要求しており、2年生になってから勉強についていけなくなっていたアンジェラ本人もそれを甘んじて受け入れている状況。こういうとき、通常の学園ドラマなら主人公の教師が規格外の方法で問題を解決するのが鉄板だが、本作は違う。行き詰まった状況を打破したのは、岳人だった。

 黒田がマリを犯人扱いする要因には、外見による差別が一つにはあった。岳人も何もしていないのに長嶺から疑われたように、見た目が不良というだけで決めつけられることが多く、それが許せなかったのだろう。頑なにマリを庇おうとするアンジェラを一度は突き放した岳人だが、昼間の学校に乗り込み、大勢の生徒たちの前でペンケースを盗んだ真犯人に「あいつが退学になったらぜってぇ許さねえ!」と物申す。生徒たちは面白がって笑っていたが、その姿はまさにヒーローだった。

 結果、無事に本当の犯人が見つかり、退学を免れたアンジェラ。応援してくれている夫や娘のためにも再び学校に通うことを決めた彼女は、噴火実験が何度やっても上手くいかず行き詰まっていた藤竹と岳人にヒントを与える。2人は米酢を使っていたが、実験を成功させるために必要なのは多数の調味料を含み、より粘性の高いすし酢だった。夫と飲食店を切り盛りしており、普段から料理をしているアンジェラだからこそ気づけたこと。まだ読めない漢字があるため全体的に成績が振るわなかっただけで、彼女は経験に基づいた確かな知識を持っていた。

 そして、その知識が噴火を起こす。今までで一番嬉しそうな笑顔を見せる岳人を見て、藤竹が「教師にできるのは場所を用意して待つこと」だと言っていた理由がよくわかった。その場所をどんな目的で使うかは生徒それぞれに託されているが、人と人が顔を突き合わせて何かを一緒にすれば、自ずと化学反応は起きるものだ。それが藤竹にとっての壮大な実験なのかもしれない。(文=苫とり子)