トランプ氏とハリス氏(写真:Bloomberg)

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ワシントンDCのオフィスで取材に応じるジョン・ボルトン氏(取材はリモートで実施)

トランプ前大統領の元側近で「反トランプ」の急先鋒といえば、ジョン・ボルトン元大統領補佐官だ。「日本のような安全保障上の同盟国の価値に疑問を呈したトランプ氏」(ワシントン・ポスト紙)とは逆で、ボルトン氏は日米関係を重視する。

2018年4月から2019年9月までトランプ政権下で大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を務め、解任後に出版した『The Room Where It Happened:A White House Memoir』(邦訳『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』)は、たちまちベストセラーとなった。

11月5日の大統領選を前に欧米メディアに引っ張りだこの多忙なボルトン氏に、石破茂新首相についての印象や日本製鉄によるUSスチール買収【前編】、大統領選挙の見通しや「ポスト・トランプ」の共和党【後編】などについて聞いた。

誰が日本のトップになっても、日米は協力し合う

――日本では自民党総裁選で石破茂氏が勝利し、首相となりました。どんな印象を持っていますか。

彼が何度か自民党総裁選に挑んできたことは承知している。そして、今回、総裁の座を射止めた。石破氏は防衛相として、東アジアと南アジアの覇権国になりたいと願う中国の野望を目の当たりにしてきた。

石破氏が提唱している(防衛面での)政策は、安倍晋三元首相と小泉純一郎元首相の路線に近似している。論理的には小泉氏や安倍氏の後継者と言えるだろう。

――安倍元首相が生前支持した高市早苗氏は、総裁選の決選投票で石破氏に敗れました。アメリカから見ると、石破氏と高市氏のどちらが首相になるほうが望ましい結果だったのでしょうか。

互いの国の政治に口を出すのは得策ではない。総裁選は接戦だったようだね。彼らはみな、自民党の何が問題になっているのかを認識していた。政治というものは、日米を問わず複雑なものだ。だからこそ、それぞれの国に任せるのがいい。

日本もアメリカも独自に自国の指導者を選び出す。しかし、誰が日本のトップになっても、日米は協力し合う。これからもそうだと確信している。

――今年8月22日、アメリカの外国人記者協会(FPA)が主催した記者会見で、あなたは「アメリカが、ロシア・ウクライナ戦争とイスラエル・ガザ戦争、大統領選で手一杯の状況にあることは『中国にとって絶好のチャンスだ』」と指摘しています。中国が台湾に脅威を及ぼすべく挑発的な行動に出る可能性があると、警鐘を鳴らしていますね。

岸田文雄前首相は、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%まで増額するよう指示した。アメリカも防衛費を増額する必要がある。中国の脅威に直面しているからだ。

中国は8月下旬、(軍機で長崎県沖上空の)日本の領空を侵犯したり、(軍艦で鹿児島県沖の)日本の領海内に侵入したりしている。長年にわたって台湾に対してやってきたように、アメリカとその同盟国に圧力をかけているのだ。日本が強くなれば、インド太平洋全域における対中国防衛にプラスに働く。

アメリカとイギリス、オーストラリア3カ国による安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の潜水艦プロジェクトのようなものに日本は加わりたいのか? 日本とアメリカ、インド、オーストラリア4カ国によるアジアの戦略対話「QUAD(クアッド)」に韓国を招き入れて拡大すべきか? そうした点を考えることが重要だ。

そして、誰もが考えなければならないのは、極めて重要なプレーヤーである台湾との同盟をどのように強化するかという点だ。中国の習近平国家主席は台湾を征服したいと考えているが、そんなことを許すわけにはいかない。

「アジア版NATO」以外にも方法はある

――石破氏は「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」の構築を提唱してきました。アジア版NATOは必要だと思いますか。

NATOは、(対ロシア防衛という)志を共有する欧州の国々が強力な集団防衛組織を構成するという考え方に基づいており、歴史上最も成功している政治的軍事同盟だ。「アジアは欧州とは違う」と人々は言う。確かにそうだが、私たちには対中防衛という共通の利害がある。よりよい協調の道をもっと探るべきだ。

だが、NATOというモデルに飛びつく必要はない。アジア(の安保協力)がそうした形(の政治的軍事同盟)に発展することはありえないかもしれない。

だからといって、安保協力は、日米同盟や米韓同盟などの2国間同盟にとどまらない。もっと多くの方法がある。例えば、日本と韓国、アメリカの3カ国が合意した共同訓練などの実施が好例だ。私たちはこの合意を礎に3カ国間の関係を発展させることができる。

合意の実現に当たっては、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と岸田首相が大いなる政治的勇気を奮う必要があったが、3カ国にとってメリットは計り知れないほど大きい。申し分のない第一歩を踏み出すことができた。

とはいえ、まだすべきことは多い。中国の脅威が今後短期間で、さらに高まる見通しだからだ。中国は南シナ海の海域(や島々など)の領有権を主張しており、その範囲は南シナ海の8割超に及ぶ。おそらく最初は台湾に焦点が当てられるだろうが、そうなれば、南シナ海にも脅威が及ぶ。対中抑止政策を維持するための最善策は何かを考えなければならない。

日鉄のUSスチール買収は「感情論」で語られている

――日本製鉄のUSスチール買収計画についてお伺いします。全米鉄鋼労働組合(USW)が買収に反対しており、トランプ前大統領は買収阻止を明言しています。ハリス氏もバイデン大統領にならい、激戦州のブルーカラー層を意識し、買収に後ろ向きの姿勢を見せています。アメリカにとって日本はアジアで最も重要な同盟国です。買収が問題を引き起こすとは考えにくいのですが、すべては「政治」のなせる業なのでしょうか。

もちろん、政治的な思惑によるものだ。主に中国のせいで、世界では鉄鋼の生産過剰が続いており、USスチールの財務状況は芳しくない。買収により、USスチールの経営は強固になる。だからこそ、このような形で政治が介入してくるのは残念だ。

とはいえ、USスチールの労働者が日鉄本社に対し、「アメリカの雇用を減らすつもりはないと確約してほしい」と主張するのは当然だ。日鉄は、より効率的な鉄鋼製造の技術を有しているのだから、アメリカの労働者を雇い続ければ、すべてがうまくいく。

アメリカの多くの産業が、中国などとの競争で困難な状況に陥っている。USスチールの苦境も、(アメリカの製造業が)長年放置されてきた結果だ。

しかし実際のところ、興味深いことに多くの鉄鋼労働者は買収に賛成している。仕事を失わずにすむと考えているのだ。つまり、買収が難航しているのは、この問題が感情論で語られるからだ。私が買収の可否を決められる立場にあったら、「条件付き」で買収を許可する。

――日鉄によるUSスチール買収は、アメリカの鉄鋼産業にとってもプラスということですよね?

これは、アメリカ鉄鋼産業をより現代的なものにするかどうかという問題だ。最終的には、さらなる改良が進むだろう。

アメリカの鉄鋼メーカーは長年多くの制約を課されてきたとはいえ、なぜ成長できないのか解せないが、日鉄によるUSスチール買収は経済効率がいいように見える。少なくとも何らかの方法で、アメリカ人の雇用も守られそうだ。そうした総体的なメリットを考えれば、私だったら買収にゴーサインを出す。

ハリス氏はUSスチール買収を認める?

――次期大統領は買収を認めるべきだと思いますか。

そうだね。十分な条件が整っていればの話だが。買収審査の遅れを見ても、最終的な決着が大統領選以降か、大統領就任式(新年1月20日)の後になるのは間違いない。

――ハリス氏が大統領になった場合、買収を認めると思いますか。

その可能性はある。

――ハリス氏は9月25日、MSNBCに出演し、日鉄の買収について問われ、次のように答えています。「最も重要なのは、アメリカの労働者によるアメリカの鉄鋼製造能力を維持することだ」と。この言葉の真意は?

労組向けのアピールだ。買収にどのような態度で臨むかを示しているのだろう。ひるがえって私は、今よりはるかに効率的な方法でアメリカの鉄鋼が製造され、コスト削減により、アメリカの鉄鋼製品の国際競争力が高まるよう願っている。それがアメリカに必要なことだ。

日鉄にはそれを実現させるだけの資本があるが、USスチールにはない。

※後編では大統領選挙の見通しや「ポスト・トランプ」の共和党について聞く

(肥田 美佐子 : ニューヨーク在住ジャーナリスト)