中嶋監督が行ってきたマネジメントの“すごさ”と“限界”、そして電撃退任がチームの“復活のきっかけ”になる可能性を考察する(写真:時事)

25年ぶりのリーグ優勝、46年ぶりの3連覇――オリックス・バファローズに黄金期をもたらした中嶋監督が“電撃辞任”を発表した。今季は5位に沈んだとはいえ、監督初年度から優勝を果たし、選手に寄り添う優しいリーダー像や、若手抜擢の姿勢を見せた手腕を評価し、退任を惜しむ声は多い。

しかし、今季チームを見ていると、少なくない選手に「ゆるみ」や「たるみ」が見られた。いくら名将といえど、限界もあるのだろうか。いや、選手に寄り添う監督だったからこそ……なのかもしれない。ビジネスの世界で、「部下に寄り添うリーダー」が、ずっと成果を出せるとは限らないように。

本稿では、中嶋監督が行ってきたマネジメントの“すごさ”と“限界”、そして電撃退任がチームの“復活のきっかけ”になる可能性について、ビジネス・マネジメントのプロとともに振り返りつつ、考察していきたい。

監督初年度から3連覇、黄金期をもたらした功労者

中嶋監督は1987年に阪急へ入団。その後、西武ライオンズ、横浜ベイスターズ、北海道日本ハムファイターズでプレーし、2007〜15年はファイターズのバッテリーコーチも兼任していた。

引退は2015年で、その後はファイターズのフロント業務を担当し、2018年は1軍バッテリー兼作戦コーチとして現場へ復帰。同年限りでファイターズを退団して、2019年にバファローズの2軍監督を務めると、翌2020年は成績不振のため辞任した西村徳文監督に代わって監督代行へと就任した。

そして正式に監督へ就任した初年度の2021年、2年連続で最下位に沈んでいたチームを率いて25年ぶりの優勝へと導いた。同年は、同じく最下位から優勝を果たした東京ヤクルトスワローズと日本シリーズで戦い敗れるも、連覇となった翌シーズンは同じマッチアップを制して26年ぶりの日本一に輝いた。そして2023年シーズンも優勝し、3連覇したのは冒頭にも触れた通りである。

この3年を振り返ると、まず初年度は「ラオウ」杉本裕太郎の飛躍が大きかった。前年に1軍で放ったホームラン数はわずか2本ながら、2軍時代から目をかけていた中嶋監督が4番に抜擢すると、32本を放って本塁打王を獲得した。他にも、サードへコンバートした宗佑磨(ショートから外野にコンバートされた過去を持つ)、2年目の紅林弘太郎といった若手が活躍を見せた。

2022年は主力の離脱などもあり前半戦を5位でターンするも、盤石の投手陣と3人の捕手運用、吉田正尚を軸に中川圭太ら新たにブレイクした選手の活躍もあって福岡ソフトバンクホークスとの激しい優勝争いを制した。


(編集部作成)

2023年はオフに吉田正尚が退団したものの、新たにライオンズから森友哉を獲得。首位打者を獲得した頓宮裕真や育成ルーキーの茶野篤政といった新顔に加え、投手では山下舜平大などの活躍もあった。ふたをあければ一度も月間負け越しがなく、独走での3連覇を果たした。

常勝チームがゆえの「慣れ」がゆるみと転落の要因に?

輝かしい3連覇から、2024年は5位に沈んだ。やはり勝負の世界で勝ち続けること、選手個人ではなく、チーム全体として結果を出し続けることがいかに難しいか、バファローズを見ていて感じた人も多いだろう。

主力の退団や負傷離脱もあったが、今季は連覇を果たしてきたがゆえの「ゆるみ」も転落の要因だったと考えられそうだ。中嶋監督自身、退任の理由について「慣れ」として次のように述べている。

「今まで通りにやってても、人って慣れるじゃないですか。慣れという部分が今年は強く出てしまった。初めに言っていたのは全力疾走であり、攻守交代であり、そこはしっかりやってくれと。最下位からのスタートだったので、その最下位のチームがそれができないのはおかしい。勝ったチームはやらんでいいのか。どれだけ言っても改善されなかった」(デイリースポーツ『なぜ?オリックス・中嶋監督が明かした電撃辞任の理由「どれだけ言っても改善されなかった」チームに見えた変化に納得いかず最後の喝』、10月6日)

この点については、中嶋監督の特徴である「若手抜擢」と、選手の自主性を重んじ、「強制」するのではなく「寄り添う」姿勢のマネジメントが、最初は有効に働いた一方で、4年間の政権のなかで裏目になった部分もありそうだ。

まず、選手に寄り添う「優しいリーダー」について。ビジネス界でもトレンドと化している感があるが、どういう長所があり、また短所があるのか。

組織づくりや人材マネジメントに詳しい、経営コンサルタントの横山信弘氏は、「あくまで一般論として」と前置きしつつ、優しいリーダーのメリットとデメリットについて次のように話す。

「メンバーに寄り添うリーダーは、組織の緊張感を和らげ、各人が持っているポテンシャルを発揮しやすくするメリットがある。大事なプレゼンの前に、練習に付き合って優しくフィードバックするのと、厳しくフィードバックするのでは、後者だと不要なプレッシャーを与えてしまうこともあるだろう。

一方で、強いて言えばメンバーのポテンシャル以上の能力を引き出すことが、優しいリーダーだと難しいかもしれない。というのも『過大な期待』を寄せることや適度なプレッシャーが、未知の力を引き出すことが往々にしてあるからだ」(横山氏)

もちろん3連覇という成果を残した中嶋監督が、ただ優しいだけのリーダーというわけではないだろう。実際、過去にはセンターを守っていた中川圭太が緩慢な守備を見せた時に、試合が終わる前に途中交代し、暗に喝を入れたこともあった。

なおこの試合後、中嶋監督は懲罰交代ではないことを記者たちに説明し、中川をしっかりとフォローしていた。昨今はハラスメントに対する目も厳しく、必要以上におびえてしまい、ただ「優しいだけ」のリーダーも多いことを考えると、中嶋監督の選手マネジメントは、相当にハイレベルなのは間違いない。

しかし、そうは言っても、過度に厳しいスパルタ型のマネジメントでない、選手に寄り添う時代に即した「優しい」姿勢が、先ほど触れたようなゆるみを生むほころびとなった可能性は、ゼロではないはずだ。これは決して中嶋監督の能力を否定するものではない。ただ単に、「人間とは慣れる生き物である」ということなのだ。

一方、若手抜擢はネガティブに働きうることも

一方で、若手抜擢についても考えたい。

一般に若手抜擢は、“血の入れ替え”によって組織の新陳代謝を促す効果があるとされる。その一方で、抜擢された人材がある種の“選民意識”を持っておごってしまったり、現在活躍しているメンバーやベテランからの反発が生まれたりするデメリットもある。

今季のバファローズでも、今季は中嶋監督が審判に抗議している際に、ベンチで選手たちが談笑している様子をカメラが映したことがあった。当然、ファンから疑問や批判の声が殺到したわけだが、談笑していた選手たちがある種の“選民意識”を持っていたのかは定かではないものの、“緩み”のある選手がいた可能性は否定できないだろう。

横山氏は若手抜擢で上記のような事態に陥らないポイントを、次のように話す。

「どうしても周りを差し置いて引き上げられた若手は『実力を買われて、抜擢された』と思ってしまうもの。そこでリーダーとしては、つねに謙虚な姿勢を持ち続けるように啓蒙し続ける必要がある。要は、あくまで『期待』しているだけで、まだ『信用』しているのではないことを伝えるべきだ。

また、組織やチームで何かを成し遂げる際は、ベテランの活躍も欠かせないことから、抜擢されなかった人やベテランへのケアも丁寧に行う必要がある」

「成功の呪縛」といかに向き合うか

4連覇を逃し、来季からは新監督が指揮を執るバファローズ。今年の悔しい経験をばねに、黄金期を途絶えさせないようにするにはどうすればいいのか。

横山氏は、ビジネスの世界でトップに君臨し続ける企業とそうではない企業の例を出しつつ、「過去をリセットできるかどうか」が分かれ目だと話す。

「業界トップに長く君臨する企業の特徴は、過去の成功体験をリセットできること。過去はあくまで過去で、前年に活躍したからといって、そのメンバーが今期も活躍できるとは限らない。

例えばある建設会社では、福岡の支店が全国ナンバーワンの成績を何年も続けていたが、やや業績が落ちてきたタイミングで成績トップと2位の営業を、他の支店へ異動させた。これに奮起した福岡支店の他メンバーが活躍を見せ、その年も支店としてナンバーワンの成績を残した。

一方、過去をリセットできず守勢に入ってしまい、活躍したメンバーの優遇や忖度をしてしまえば新陳代謝できず、成績がじわじわと落ちてしまう。いわば『成功の呪縛』にとらわれないマネジメントが、組織を勝たせ続けるためのポイントだろう」

新監督とチームが、どのように成功の呪縛と向き合うのか。黄金期が続くかどうかは、この点に懸かっている。

そして中嶋監督は、もしかすると誰よりもこのことを理解していたのかもしれない。選手に寄り添う、優しい監督である中嶋監督が辞任すれば、選手たちに与えるインパクトはとてつもなく大きいはずだし、結果的に、過去の成功体験もリセットされるだろう。「過去をリセットしろ」と、自身の退任をもって、選手たちに伝えた……今回の事件からは、そんな強いメッセージが感じられる。

来期、オリックス・バファローズはどんな順位になるのか? ひょっとしたら、また強いバファローズに戻り、「あの時の電撃退任は、最後の“ナカジマジック”だったんだなあ……」と思う日が来るのかもしれない。

(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)