スズメ(写真:古屋正善氏)

スズメなど身近に見られる生きものがどんどん減っている――。環境省生物多様性センターと環境NGO、研究者、市民らが全国約1000カ所で2003年から続ける生態系のモニタリング調査のまとめが1日公表された。

8つの分野で植生、鳥類、哺乳類、淡水魚、底生生物、藻類、サンゴ礁など広範な生きものを調べた。20年間続けて初めて明らかになった異変もある。私たちが慣れ親しんできた鳥やチョウは見られなくなってしまうのか。

農地や草地の鳥が急減

この調査の正式名称は「モニタリングサイト1000」(通称「モニ1000」)。生物多様性保全施策に活用するために、研究者や市民の協力を得て環境省が行ってきた。2024年4月時点で、参加者は研究者、市民調査員あわせて5120人。膨大なデータや報告書は5年に1度、まとめて公表される。前回は2019年11月に公表された。

今回のまとめで注目されるのは「里地調査」。2005〜2022年度の18年間に合計325カ所で約5700人が調査にあたった。かつては、国土の約4割を占める里地(里地里山とも呼ばれる)の調査は不可能と言われた。そのほとんどが私有地だからだ。調査を受託した日本自然保護協会が全国にめぐらすネットワークを通じて調査が可能になった。


「里地調査」では、出現頻度の高い鳥類106種の個体数を記録したところ、このうちスズメやツグミを含む16種は、1年あたりの減少率が環境省のレッドリストの「絶滅危惧IB類」「絶滅危惧II類」に匹敵する値を示した。

こうした調査と同時に、研究グループによる解析も行われた。農業・食品産業技術総合研究機構(つくば市)の片山直樹主任研究員らの研究グループは、2009〜2020年に得られた「モニ1000」のデータから47種類の鳥を選んで3つのグループに分け、記録個体数の変化を比較した。

その結果、農地、草地、湿地など開けた場所を繁殖期に利用するグループ(カルガモ、カワセミ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、ヒバリ、ムクドリの7種)が、森林の鳥(21種)と里山の鳥(19種)に比べ、減少率が高かった。この7種の鳥は、気温上昇が顕著になった2015年以降に急減したという。

また、里地調査では、記録されたチョウ類181種のうち、出現頻度が低い種を除いた103種の33%に当たる34種の記録個体数も急減していた。


森のウグイスの減少はニホンジカの影響か

チュン、チュンと鳴きながらチョコチョコ動き回るスズメは大都市にもいるが、水田や草地が広がる里地では電線に群がる風景が見られたものだ。当たり前だった景色が変わっているのだろうか。

「ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ」。低山でも高原でも春先から夏にかけて、ウグイスのオスによるさえずりが聞こえる。声は聞こえども姿は見えずで、姿は見えないことが多い。それもそのはずで、ウグイスは藪の中にいることが多い。


藪を好むウグイス(写真:古屋正善氏)

森林・草原調査では、ニホンジカが生息する森林でウグイスが減少していることがわかった。森林の下藪がニホンジカに食べられてしまうと、居場所がなくなってしまうかららしい。シカが多い調査地点の中には、ウグイスがまったく記録されなくなってしまった場所もあるという。

「モニ1000」のうち、沿岸域の139カ所で行われた「シギ・チドリ調査」では、市民調査員が、シギ・チドリ類の種類の数と個体数を春、秋、冬にカウントし、分析した。今回のとりまとめで扱った最新の2022年のデータの最大個体数を前回とりまとめ時の2017年データと比較すると、春と冬は約30%、秋は約20%減少していた。

2003年からの「モニ1000」の準備段階に行われた調査を含め、2000年のデータと比較すると、減少率は約50〜60%に達した。

湿地の減少は人間にとってもリスク

減少が目立つのは、砂浜に生息するシロチドリやミユビシギ、干潟に生息するハマシギ、メダイチドリ、水田で見られるタシギなど。シギ・チドリ類が減少し続けるのはなぜか。とりまとめ報告書は、湿地の減少とともに湿地にいてエサになるゴカイ、貝類、昆虫などが減っていることを挙げている。


シギの仲間、トウネン(写真:古屋正善氏)

認定NPO法人・バードリサーチによると、シギ・チドリ類の多くは、繁殖地であるロシアやアラスカと越冬地の東アジアやオーストラリアを行き来する渡り鳥。バードリサーチの理事兼研究員の守屋年史(もりや・としふみ)さんは「シギ・チドリ類は世界的に非常に危機的な状況にあります」と指摘する。

しかも、シギ・チドリ類の減少の背景にある湿地の減少は、人間にとって将来のリスクを増す現象だ。

守屋さんは「国際的に湿地を保全するラムサール条約の定義では、湿地には砂浜、干潟、マングローブ林、水田も含まれます。湿地には炭素を吸収・固定し、豪雨時にはスポンジのように水を貯える遊水・保水機能があります。いったん掘り返したり埋めたりするともとに戻すのは難しい。湿地の減少は長期的には食料を確保できなくなることや頻発する豪雨災害などの被害を減らせないという問題につながる。このままでは、鳥類どころかたくさん人が死ぬ事態にもなりかねません」と警鐘を鳴らしている。


2022年5月に大阪・夢洲の万博会場予定地にいたチュウシャクシギとハマシギ。この場所は人工島・夢洲の造成途中にできた湿地だが、会場整備の工事で消失する。環境団体は万博期間中の代替の湿地の確保や万博終了後の湿地や干潟の復元を万博協会や大阪市に求めている(写真:日本野鳥の会大阪支部長、納家仁氏)

里地里山で生きものが減っている理由

今回注目された里地里山における生きものの減少について、モニ1000の結果とりまとめに検討委員として関わった大阪府立大学名誉教授の石井実さんは、水田生態系の変化に着目する。

もちろん、里地里山の変貌は化石燃料や化学肥料の登場により、1950年代に始まっている。里山の木々は薪炭に、落ち葉は堆肥に、草地の草は田畑の作業に必要な牛馬のエサになり、水田の数倍の面積の里山林が水田稲作を支えた。その里山林の価値が1950年代以降下がり、里山は荒れた。


岩手県一関市の里池里山の風景 (写真:佐藤良平氏)

農業の方法も大きく変わった。「水田をずっと一年中維持するのではなく、稲があるときだけ水を入れる。お風呂みたいな感じで使うときだけ水を入れる形になった。昔はメダカが泳いだ水路がなくなり、パイプラインができて蛇口をひねると水が出る。冬は土だけになり、水田は乾田化した。ニホンアカガエルは冬に山から降りてきて水田に産卵したものですが、乾田では卵を産めません。また、苗を植える段階で、農薬を苗の体に浸透させてしまう新しいタイプの農薬を使うようになった。水生昆虫はそれで減ってしまう」(石井さん)

スズメなどの鳥が減っている背景には、農業の変化もある。エサとなる昆虫などの減少に影響されたと考えられる。シギ・チドリの減少は、砂浜、干潟、水田を含む「湿地」の減少が主な要因だ。生物多様性を維持・保全するには、産業や土地利用のあり方という人間社会の基本を考え直さなくてはならない。

(河野 博子 : ジャーナリスト)