稲本潤一&今野泰幸――日本を代表するボランチふたりはなぜ、地域リーグの南葛SC入りを決めたのか
ベテランプレーヤーの矜持
〜彼らが「現役」にこだわるワケ
第7回:稲本潤一&今野泰幸(南葛SC)(1)
百戦錬磨のキャリアを積み上げながら、たとえステージが変わっても、今なお現役として戦い続ける30代後半〜40代の選手にスポットを当てた同連載。今回は日本代表でも中心選手として活躍し、一時代を築いたふたりのトッププレーヤー、南葛SCの稲本潤一と今野泰幸を直撃。現役にこだわる理由や、迫りくる"引退"について、それぞれの考えを聞いた――。
南葛SCの稲本潤一(右)と今野泰幸(左) photo by Sano Miki
――おふたりは、2022年に同じタイミングで南葛SCに加入されました。キャリアで初めて、地域リーグでのプレーを選んだ理由を教えてください。
稲本潤一(以下、稲本)前所属のSC相模原を契約満了になった時に、最初にオファーをいただけたことは、僕にとって重要なポイントでした。正直、カテゴリーとしてはJリーグ5部に相当するので、まったく抵抗がなかったと言えば嘘になります。でも、岩本さん(義弘/(株)TSUBASA代表取締役兼南葛SC代表取締役専務兼GM)からクラブの話を聞いて、チームが上位を目指そうとする姿勢もすごくしっかりしていると感じたので、そこまでは悩まなかったです。
また、既存の選手のなかに、川崎フロンターレ時代のチームメイトでもある楠神順平ら、知っている選手が何人かいたのも大きかった。チームが志向するサッカーも、当時は川崎時代に選手とコーチという立場で仕事をさせてもらった森一哉さんが監督だったので描きやすかったですしね。今ちゃん(今野)が同じタイミングで加入するのは知りませんでしたね。
今野泰幸(以下、今野)僕は、イナさん(稲本)が入るんじゃないかって噂はうっすら聞いてましたし、それは心強いなって思っていました。僕がプロになる以前の、2000年のシドニー五輪での活躍も見ていたし、憧れの選手でもあったので。
稲本 それ、メディア向けのコメントやろ?
今野 いや、いやホントですよ! プロになった時も、イナさんと明神さん(智和/現ガンバ大阪ユースコーチ)を足したような選手になりたいって雑誌のインタビューでも言っていましたから。
稲本 そ、そうなん......それは、ありがとう(笑)。
今野 この先は得点もできて、守備もできて、攻守にダイナミックなプレーができるボランチが求められる時代になるだろうなって思っていたし、イナさんはまさにそのすべてを備えた選手だったので目標にしていました。なので、同じチームでプレーできるとわかった時はすごくうれしかったし、学びたいという気持ちにもなりました。
ただ、それは加入したあとの話で、南葛を選んだのは、それ以外にほぼ選択肢がなかったから、というのが正直な理由です。2021年シーズンを終えた時にはもう1年、ジュビロ磐田でプレーしたいと思っていたというか。J1に昇格もできたし、カップ戦もあって試合数も増えるし、ってことも想像しながらもう一度、J1のステージを戦えることを楽しみにしていたんです。
でも、契約満了を告げられてしまい......まだまだ現役を続けるつもりでいたので、かなり焦りました。それでも、何かしらオファーはあるでしょと思っていたら、Jクラブからのオファーはひとつもなかった。
稲本(Jクラブは)年々、30歳オーバーの選手に厳しくなってるよな。当時何歳だった?
今野 38歳。30代の選手に......ましてや40歳に近づいている選手への風当たりが厳しくなっているのはわかっていたけど、こんなにも引きがないの!? と驚くくらい不人気でした(笑)。でも、自分としては身体的にも動ける自信があったし、まだまだ戦えるって情熱もあったからどうしようか、となって。
とりあえず、契約満了になったことをジュビロにリリースしてもらったんです。そしたら、南葛SCとクリアソン新宿(JFL)の関係者の方が直に連絡をくださって。迷いに迷った結果、南葛を選びました。その時点でチームを選べる立場にはなかったので、カテゴリーは気にしていなかったですが、最終的には元プロサッカー選手が何人かいることや、イナさんも入るんじゃないかって噂を聞いていたことが決め手になりました。
――今野選手はガンバ大阪時代、よく40歳まで現役を続けたいとおっしゃっていました。そういう数字も現役を続けるうえでの指標になったのでしょうか。
今野 えっ!? そうでした? ぜんぜん覚えてない! 僕、そういう目標は結構、その時々でコロコロ変わっちゃうから(笑)。でも、そのタイミングでは引退の「い」の字も想像していなかったです。それに、引退後の生活もまったく想像できなかったので、サッカー選手でいられるのなら、どこででもプレーするつもりでした。
稲本 今ちゃんの加入を聞いたのは、僕が南葛入りを決めたあとやったけど、結果的に今ちゃんをはじめ、クニ(関口訓充)らが加わってくれたのはうれしかったよ。実際、チームメイトになって今年で3シーズン目やけど、全然動けるし、チームのプラスにもなってくれていますしね。さっき、今ちゃんは僕を立ててくれたけど、今ちゃんのほうが僕より代表キャップ数も多いわけで、そうやって積み上げてきた経験値は間違いなく自信を持っていいものだと思う。
今野 いやいや、イナさん、僕、日本代表では1分くらいしかピッチに立っていない試合もめちゃ多いので、キャップ数はあてになんないです! 岡田武史監督が北海道コンサドーレ札幌時代からのよしみで気を遣ってくれたのか、それで試合数を稼げただけです。
稲本 気を遣ってはないはずやけどな。でも日本代表に選ばれていないと、その可能性すらないと考えたら、当然必要とされる理由はあったはずだし。もちろん、南葛の若い選手にもいい選手はいっぱいいるけど、経験値という面では間違いなく足りていないからこそ、今ちゃんの存在は心強い。
――南葛SCでのシーズンも3シーズン目に入りましたが、当面の目標であるJFL昇格はここまで果たせていません。あらためて、このステージを戦う難しさをどういったところに感じていますか。
稲本 もう、めちゃめちゃ難しいです。Jリーグの難しさとはまったく異なります。
今野 わかる。本当に難しい。
稲本 正直、加入にあたって岩本さんに話を伺って、僕なりにいろんなことを想像してきたつもりやけど、このカテゴリーを勝ち抜く難しさは想像を遥かに超えてきた。その理由はいくつかあるんですけど、まずは環境面かな、と。
そこは、他のチームも同じやろうって言われちゃうと思いますけど、試合ごとに芝生のグラウンドもあれば、人工芝のグラウンドもあって、人工芝の質によっても全然、感じ方も違うし、そのつど、そこに合わせてサッカーをしなければいけない難しさは間違いなくある。加えて、アウェー戦は特に、遠征先で過ごす環境やそこへの移動時間、行き方を含め、環境に左右されてサッカーの質が変わる部分も大いにありますしね。
あとは、"vs南葛"への他のチームの特別な対抗心、モチベーションもすごく感じる。今年に関して言えば、新監督に就任した風間八宏さんのサッカー論がYouTubeなどでもめちゃめちゃ流れている分、試合を追うごとにより対策をされやすくなっている気もします。
――JFL昇格までの道のりも関東リーグで優勝すればいい、というわけでもない。
稲本 そこは本当に大変です。実際、JFLに昇格するためには単にリーグ戦で優勝するだけではなく、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(以下、地域CL)で1、2位にならなくちゃいけない。しかも、その地域CLも予選リーグと決勝リーグを、中1〜2日で戦いながら勝ち上がらないといけない。
今野 全国社会人サッカー選手権(以下、全社)で3位に入賞して、同じく地域CLに出場して1、2位を獲るって方法もありますけど、今年は関東予選の準決勝で負けてしまいましたしね。今年で3シーズン目ですけど、もはやどうやって昇格すればいいのか、わかんない!
稲本 言いきった! 今ちゃん、今、迷走してるしな。
今野 そう。絶賛、迷走中です(笑)。正直、何がベストなのか、わかんなくなってきた部分もあります。
稲本 これだけプロの世界で勝負してきた僕が言うのもなんやけど、運の要素もめちゃめちゃある気もする。
今野 まさに! だから、より迷走しちゃうんだと思います。
稲本 南葛の練習環境はこのカテゴリーでは恵まれているほうなので、風間さんのサッカーに不可欠な、ボールをつなぐことひとつとっても、練習ではみんなしっかり成長できていると思うんです。でも試合になったら、話が別というか......正直、さっき言ったようなグラウンドの問題とか、環境に影響を受けるところもすごく多い。
あと"関東"というのも大変です。他の地域を見ていると、比較的、同じような顔ぶれがリーグ戦を戦って、地域CLに出場している印象ですけど、関東は地域CLを目指すチーム数が異常に多いので。
さっき、今ちゃんが話した全社の関東予選では、僕らはSHIBUYA CITY FCに負けたんですけど、彼らは東京都社会人サッカーリーグ1部のチームで、言うなれば自分たちよりカテゴリーは下なんです。でも、全社に出場できる力があるということですから。カテゴリーによるチーム力の差はほとんどないなかで、勝ち抜く難しさもあると思います。
ただ逆に、このリーグを勝ち抜くことさえできれば......たとえば、2022年にJFLに昇格を決めたブリオベッカ浦安(2022年の関東リーグ1部では6位だったが、全社で優勝。地域CLも制してJFL昇格)が昨年のJFLで2位になったことからも、ある程度戦える気はするので、とにかくJFL昇格が最大の難関です。
(つづく)◆稲本潤一と今野泰幸が語る、風間八宏監督のサッカー>>
稲本潤一(いなもと・じゅんいち)
1979年9月18日生まれ。大阪府出身。1997年、ガンバ大阪の下部組織からトップチームに昇格。若くしてチームの中心選手として奮闘した。そして2001年、アーセナルへ移籍。以降、フラム、WBA、カーディフ、ガラタサライ、フランクフルト、レンヌでプレーし、2010年に帰国。川崎フロンターレに加入した。その後、北海道コンサドーレ札幌、SC相模原に在籍し、2022年に南葛SC入り。その間、日本代表でも活躍。世代別代表では、1995年U−17世界選手権(現U−17W杯)、1999年ワールドユース(現U−20W杯)、2000年シドニー五輪に出場。A代表では、2002年、2006年、2010年と3大会連続でW杯に出場した。国際Aマッチ出場82試合、5得点。
今野泰幸(こんの・やすゆき)
1983年1月25日生まれ。宮城県出身。東北高卒業後、北海道コンサドーレ札幌入り。1年目から出場機会を得て、2年目にはチームの主軸として存在感を示す。2004年にFC東京に完全移籍。ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)、天皇杯などの栄冠獲得に力を発揮した。そして2012年、ガンバ大阪へ移籍。2014年のリーグ制覇をはじめ、数々のタイトル獲得に貢献した。その後、2019年夏、ジュビロ磐田へ移籍。2022年に南葛SCに加入した。日本代表でも常に中軸として活躍。世代別代表では2003年ワールドユース(現U−20W杯)、2004年アテネ五輪に出場。A代表でも、2010年、2014年とW杯に2度出場した。国際Aマッチ出場93試合、4得点